33、姫の恩寵の謎
さて、いよいよ塔に戻ろうというところで問題が発生していた。
キラキラ騎士こと、キアランさんが未だダウンしていたのだ。高熱が続いて下がらないらしい。
宿の一室に集まっているのは私とサラさん、そして二人の騎士だ。アサギはソファに座る私の横で、丸まった状態で寝ている。白いモフモフの尻尾に顔をうずめているのが可愛い。
「あの騎士さんは、私を守るために傷を負ったんです。だからどうにかしてあげたいんですけど……」
「姫様、なんど慈悲深い……ですが、魔獣との戦闘後にしっかり傷を洗浄するのは常識なんですよ」
「あの状態になるのは子どもに多いのですが、それは森にいた魔獣の戦闘した跡地で泥だらけで遊ぶからです。大人はそんなことしませんからね」
「体力があればここまでひどくはならないはずだ。鍛え足りないんだろうな」
おお、皆さんなかなか厳しいご意見ですね。
それでもこのまま高熱が続くと、命に関わるかもしれないというのが医者の見立てらしい。どうしよう。
「私の恩寵みたいなのがあれば、そんなこと心配しなくていいのにね」
「姫君、それはどういうことですか?」
「えっと恩寵のところに『身体能力強化(免疫抗体強化)』ってあるんだよね。病気になりにくいし、代謝もいい。ここに来てから怪我の治りも早くなったんですよ」
普通なら一週間は痛むだろう擦り傷が、翌日にはほぼ塞がっていたんだよ。ドジだからしょっちゅう転んだりする私にとって、ありがたい恩寵だなって思う。まぁ、強力なものじゃないけどね。
そう話すと、ジャスターさんは眼鏡を指で押し上げて思案げな様子のまま呟く。
「……それは、聞いたことがないですね」
「なぁ姫さん、あの恩寵にそんな注釈がついていたのか?」
「そうですよ。でもレオさんも鍛えてそうだし、傷とかすぐ治っちゃうんじゃないですか?」
「そんなことはないぞ。実際この前の魔獣と戦ったのはまだ傷が塞がっていない」
レオさんはそう言って青い騎士服の袖を捲ると、手首から肘にかけて爪で引っかかれたような痛々しい傷があり少し血が滲んでいる。
「いつもはこんな傷を受けないんだが」
「筆頭の傷は、姫君が部屋から出てたことに動転したやつですよね」
「う、うるさい」
ジャスターさんの言葉に赤くなっているレオさん。そんな……私が迂闊にも飛び出したからこんな傷に……。
申し訳ない気持ちで自然とレオさんの手を取り、その傷をもっと見ようと顔を寄せて「あれ?」となる。
「な、なんだ姫さん、こんな傷はよくあることだ。心配すんな」
自分の手を握ったままじっと動かない私に、慌ててレオさんが声をかけてくるけどそれどころじゃない。
「傷、薄くなってません?」
「は?」
私の言葉を受けてレオさんも自分の腕を見る。赤く腫れぼったい状態だった傷が、今は薄いピンク色になっている。明らかにさっきの傷とは違う。
「なんだ、これ」
戸惑うようなレオさんに、ジャスターさんも驚いたように見ている。
みるみる色が薄くなる傷に私が手を離すと、その傷はそのままの状態になった。
「まさか、姫さん……もう一回手を握ってみてくれ」
「は、はい」
再びレオさんの手を恐る恐る握る。しばらくすると、すっかり傷がみえなくなってしまった。白く傷跡が残るものの、傷としてはほとんど目立たない。
「……おい、ジャスター。俺に『鑑定』だ」
「はい。かの者を詳らかに『鑑定』」
レオさんの腕の傷痕をしばらく見ていたジャスターさんは、小さく息を吐いた。
「出てきたのは『完治した傷の痕』というものでした」
「他には?」
「注釈として『春姫の恩寵による手当て』とあります」
「この件はここにいる四人以外に漏らすな」
「はい!」
「もちろんです!」
「え? ええ!?」
急な展開に私はついていけてない。レオさんとジャスターさんが真剣な顔で説明してくれる。
「この世界には魔法がある。しかしそれは魔獣の核や特別な宝石に魔法陣を組み込んで発動させるというものだ。火をつけたり水を出したり生活に根付くものも、そういう魔法があるからだ」
「もちろん、傷をふさぐ魔法というのもありますよ。ですがそれはあくまでも石に組み込まれた魔法陣ありきの魔法なんです」
「……つまり?」
「こんなことできるとバレた時点で、姫さんは将来どこかの国で幽閉されるの確定ってことだな」
「いやです!!」
「姫様、サラがそんなことにはさせませんよ」
「サラさあああああん!!」
すぐさま慈愛の女神サラさんに泣きながら抱きつく私を、レオさんとジャスターさんが微妙な顔で見ている。ふはは羨ましいだろう。サラさんは豊満だから、顔がうまい具合にハマると息ができなくなるんだぞ。むぐぐ。
すると外から子供の泣いている声が聞こえてくる。私たちが今いる部屋は一階で、レオさんが透明の『鉄壁』を使って部屋を囲ってくれていたんだけど、外の音は普通に聞こえてくるんだよね。不思議。
窓から外を確認していたジャスターさんが、私を見て提案する。
「姫君、外で怪我をしている子供に恩寵を使っていただけますか?」
「いいですけど……あの、さっそく秘密がバレるんじゃ?」
「大丈夫です」
なぜか自信満々のジャスターさんが連れてきた子は、二歳くらいの愛らしい男の子だった。その子のお母さんはサラさんが気をひいてお茶やお菓子を出している。素晴らしい連携プレーである。
すでに傷の消毒はされているようだけど、膝を擦りむいたらしくジャスターさんに抱かれながらもぐずっている。可愛い。そしてジャスターさんは子供の扱いが上手い。
「姉の子を世話していた時期があるんですよ。……ほら、お姉さんと握手しようか?」
「あーしゅ!」
私を見てにっこり笑う男の子に悶えつつ、手を握って「治れー」と念じる。ところが傷の状態はまったく変わらない。
「あれ? どうしてだろう?」
「……なるほど」
頷いたジャスターさんは、胸ポケットから何かを取り出して「かの者の傷に癒しを与え給え」と呟くと、男の子の傷はみるみるうちに綺麗になった。
「これが回復魔法?」
「高価なものですが、私と筆頭は不測の事態に対応できるよう持っていたんです」
「なるほどな。これなら誤魔化せるか」
さすが腹黒と続けようとしたところで男の子を押し付けたジャスターさんは、髪やら何やら引っ張らせてレオさんに悲鳴をあげさせる。
一連の流れを見て思わず「腹黒……」と言いそうになり、ジャスターさんに笑顔を向けられてた私はお口チャックするのでした。
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