34、三人目の騎士
「ありがとうございます。姫様」
「ううん、サラさんの手荒れが治って良かったよ。痛そうだったから」
お礼を言うサラさんの手はツルツルモチモチになった。嬉しそうな彼女の様子に私も自然と笑顔になる。
「さて姫君、どうやらその『手当て』は騎士と塔の関係者にのみ有効のようですね」
「検証、ありがとうございます」
「それで、どういたしますか?」
ジャスターさんは、すでに私の答えを知っているようだ。レオさんも苦笑しているし、サラさんは不満そうだけどきっとなんだかんだ私の行動を許してくれるだろう。
「ありがとう」
そう言って私は、にっこりと笑ってみせたのだった。
とはいえ。
高熱に苦しむ彼が、果たして私の騎士になってくれるのか。それが問題だ。
「私のことを下働きの子だと思ってたみたいだし、双丘が豊満な美女が好きみたいだし、難しいかなぁ……」
それでも死ぬよりはマシだよね。きっと。
ぶつぶつ言いながら、かの騎士の寝ている部屋に入る。レオさんとジャスターさんは彼のベッドの側に控えてて、サラさんはドアの近くにいてくれる。
「キラキラ騎士様、起きてください」
「う……ん?」
壁側を向いていた彼が寝返りをうち、それによって汗で濡れた金髪と整った顔、細いながらも鍛えてあるらしい胸元から腹筋までが丸見えになってしまうぐふっ。
「おっと危ないな」
「お腹を冷やさないようにしましょう」
二人の騎士により、目にも留まらぬ速さでキラキラさんの露わになった肌は布に包まれてしまった。ちょっと残念とかは思っていない、思っていないぞ。色っぽいなとは思ったけどね。……ごめんなさい。
「だれだ……むすめ……か?」
「はい、そうですよ騎士様。お見舞いに来ましたよ」
「わたし、よりも……おまえは?」
「え?」
「けがは、なかったか?」
「……はい」
なぜか私は泣きたくなった。この人は偉そうな態度で人と接しているけど、貴族でもないただの平民である「娘」をずっと心配してくれていたんだ。
こんなに熱で苦しそうなのに他人を思いやれるなんて……。
「姫さん、こいつを助けよう」
「そうですね。早く元気になってもらわないと、塔は人手不足なんですから」
「……はい!!」
目から溢れそうな涙を手の甲でぐいっと拭って、自分の頬を叩いて気合を入れる。
青いドレスがどこからか吹く風にふわりと揺れて、『春姫』の姿で私は額の印が見えるように前髪を持ち上げ、懸命に呼びかける。
「キラキラさん、キアランさん、私が分かりますか?」
「むすめ……あおいふく……?」
「黙っててすみません。私は『春姫』です」
「はるひめさま……」
熱で浮かされ、ぼうっとした様子のキアランさんだけど、体を起こそうとしたところレオさんに支えられて起き上がる。かなり辛そうだけど、もう少しだけ我慢してほしい。
「あなたを助けたい。だからどうか私を信じて騎士になってくれませんか?」
「たすける? なぜだ?」
「あなたは私を助けてくれた。だからあなたを助けたいの」
はっきり言ってこれは賭けだ。レオさんの傷やサラさんの荒れた肌を治すことはできたけど、病気を治せるかは分からない。
それでもこのままだと命が危ないのだから、ここはなんとか助かってほしい。
私の必死な思いが伝わったのか、キアランさんは私から目をそらすように横を向くと何やら「つらい」とか呟いている。レオさんが「分かるぞ。つらいよな」とか言ってて、そんなにつらいのかこの世界の病はと私は怯える。
恩寵が『身体能力強化』という健康的なもので良かった。うんうん。
「……筆頭騎士、支えててくれるか」
「おう、今回だけだぞ」
「心得ている」
レオさんが手伝って、私の前に跪いたキラキラな騎士は少し掠れた声で言葉を紡ぐ。
「姫の騎士として家名を捧げ、四季ある限り忠誠を誓います」
「あなたの意思、確かに受け取りました」
その瞬間、私の額から青い光が放たれて周囲を青く染めていく。眩しい光がおさまれば、そこには春を象徴する青い軍服を身に纏う金髪碧眼の美青年騎士が鎮座している。
熱のせいか赤い頬にそっと触れると、みるみるうちに苦しげだったキアランさんの呼吸がゆっくりになってくる。
「これは……」
「姫さんの恩寵だ。どうやら病にも効くみたいだな」
「恩寵だと? まさか、そんなことが……」
整った顔を曇らせる金髪の騎士に、ジャスターさんが穏やかに問う。
「それでどうしますか?」
「聞いただろう? 私は娘……春姫様に家名を捧げた。この方の望まぬことはしない」
「家名とは……どういうつもりだ?」
「言葉の通りだ。私は家名を捧げ、ただのキアランとなる。行軍中のことを思い返せば、この方が国に縛られるようなことを避けた方がいいと思ってな」
「おやおや、思った以上に使えそうですね」
「……お手柔らかに頼む」
家名を捧げて大丈夫なのかと聞けば、キアランさんは四男だから家を継ぐとかはないらしい。でも、曲りなりとも『姫』の『騎士』になったため、両親が何かを言ってくる恐れがあるそうだ。
しかし、家名を捧げて騎士になった彼は、家どころか国にも縛られることはなくなるそうだ。
「あの、私が春姫じゃなくなったら、キアランさんも貴族に戻るの?」
「戻ることもできるだろうが、私はもう貴族に戻る気はない。なぜなら……」
「なぜなら?」
「娘……いや、貴女様は平民でもがっ!?」
急に横からキアランさんの口を塞ぐレオさんに、良い笑顔のジャスターさんがバスタオルを持っている。
「新米騎士君、汗をかいただろうから風呂にいくといいですよ。湯の準備もできています」
「姫さんの側に汗くさい男は似合わないぞー。ほーら、いってこーい」
レオさんが犬に取ってこーいをさせるようなトーンで言うと、口を塞いだままお風呂場へ連れて行ってしまう。
病み上がりだけど大丈夫かな?
「お風呂に入ってすっきりしたほうが良いでしょう。姫様はお疲れでは?」
「緊張したから、お茶がほしいかも」
「サラ殿が準備してくれていますよ。さぁ、参りましょう」
「ありがとう、ジャスターさん」
「ふふ、どういたしまして」
遠くから「自分で脱げる!」とか叫び声が聞こえたけど、サラさんがパウンドケーキを持ってきてくれたところで諸々吹き飛んでしまう。
ドライフルーツが入っているやつだ。ブランデーがちょっときいてて大好きなやつだ。
キアランさんが騎士になってくれて、元気になって良かった。
お茶もケーキも美味しいし、本当に良かったよ。もぐもぐ。
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