35、帰り道での出来事
四季の影響があまりなく穏やかな気候のこの町でも、春にしか咲かない花々が咲き乱れているため、住人たちは色の洪水に沸き立っていた。
「春姫様! ありがとうございます!」
「異界の姫に祝福を!」
「春の姫に感謝を!」
この世界に来て間もない少女が、懸命に頑張り儀式を成功させた。町での歓待は辞退していたが、それは彼女の控えめな性格ゆえだと騎士は語っているため、それさえも微笑ましいと住人たちの好感度はうなぎ登りに上がっている。
その騎士二人も溢れんばかりの中年の魅力を振りまき、熟練の騎士としてキレのある立ち振る舞いではあった。しかし、年齢的に姫の騎士……伴侶候補として相応しくないと口さがなく言う人もいた。
ところが彼らの忠誠心は凄まじく、「姫に近づきたくば、我らの屍を越えてみせろ」という力強い言葉で、この世界に新たなる『姫の騎士』としての在り方が広まりつつある。
「若い騎士にはない萌えがあるのよね。オッサンには」
「何かおっしゃいましたか? 姫様」
「何でもないよ。アサギ、退屈していない?」
『きゅ!』
膝の上で自分のモフモフ尻尾にじゃれていたアサギが、顔を上げて楽しいよアピールしているのが可愛すぎて撫で回したい衝動に駆られる。
「姫様、外から声援が」
「おっと、ちゃんと手を振らないと……」
慌てて外に向けて手を振ると、それだけで歓声が大きくなる。おお、すごいな姫パワー。
私はドレスじゃなく動きやすい青いワンピースを着ていて、馬車の窓が小さく中がよく見えないことをいいことに楽にしていた。
「絵師たちが悔しがっていましたね。姫様の絵姿なら、さぞかし愛らしく描かれて大人気になるでしょうに」
「そこまではまだ、無理……」
先代の春姫みたいにいかにも「お姫様」という感じの容姿なら良かったけど、ちょっと自分には荷が重い。ぶっちゃけ恥ずかしすぎる。想像するだけで倒れそうだ。
「キラ君は自国に報告しに行ったけど、いつ頃帰ってくるのかな」
「一週間もかからないと思いますよ。姫付きの騎士様は塔への帰還する移動の魔法陣が使えるそうですから」
「え? それなら私たちだけなら早く帰れるってこと?」
「レオ様が言うには、塔に姫様がいる状態じゃないと発動しないそうです」
「なにその便利だけど不便なやつ」
「不思議ですよね。神王様の決まりごとというのは」
私の言葉にサラさんも首を傾げる。確かに神王の恩寵にしても、可愛い『麟』のアサギを遣わすとかも謎が多い。なんというかとってつけたような、行き当たりばったりのようなやり方に思えるんだよね。
大歓声を背中に受けながら町を出ると、馬車はスピードを上げていく。窓からは並走しているレオさんとジャスターさんが見えて、たまに目が合うと手を振ってくれるのが嬉しい。
「ところで、キアラン様にも愛称をつけられてのですね」
「キアランさんって呼びづらくて、キラ君にしたんだけど……本人も許してくれたからいいかなって。ダメ?」
「いえ、姫様が君付けするのは珍しいと思いまして」
「うーん、キラ君には失礼かもしれないけど、弟みたいな感じなんだよね」
「弟、ですか?」
「なんか可愛いじゃない? ツンツンしていて」
「そう、でしょうか……」
サラさんはしばらく考えていたけれど、ふと私に問いかける。
「その騎士になったキアラン様は、どのような恩寵を受けられたんですか?」
「ええと、確か『支援』と『命中』かな? キラ君は剣より弓とかが得意なんだって」
「あら、そうだったんですか。今回の行軍では剣を携えてましたよね」
「強いこだわりがあったみたいだよ」
恩寵が判明した時、レオさんから「お前、後方支援が得意のくせに、なんで前衛みたいなことをやっているんだ?」って言われたキラ君は恥ずかしそうに「……騎士といえば剣だろう」と言ってたのが可愛かった。
そんなこだわりがある剣なのに、これからは得意なものを伸ばしていくそうだ。若いっていいね。
「そんな訳の分からないこだわりで、姫様を危険にさらすことになったら目も当てられませんからね」
似たようなことをレオさんとジャスターさんも言ってた。皆やっぱりキラ君に厳しいなぁ。
これから頑張って! お姉ちゃんは応援しているぞ!
馬車にゆられながらサラさんと談笑していると、不意にアサギが私の膝をてしてし前足で叩く。
『きゅ!!』
「どうしたの? アサギ」
「姫様、魔獣です」
馬車は停まり、サラさんが窓の外を見て教えてくれる。ジャスターさんがハンドサインで馬車に待機と知らせて、そのまま傭兵団と一緒に馬で駆けていった。レオさんは私の守りで馬車の近くにいるみたいだけど、ジャスターさんだけで大丈夫なのかな……。
「ねぇ、サラさん。なんでこんなに魔獣が出るの?」
「おかしいですね。この道は常日頃、国の騎士達が見回っているはずなのですが……」
「魔獣よけもあるんだよね?」
「ええ、もちろんです」
『きゅー!!』
さらに私の膝をてしてし叩くアサギを抱き上げると、何度も私に訴えるように鳴いている。どうしたと顔を近づけたら、なぜか頭突きされた! 痛いよ!
『ハナ! ハナ!』
「え!? なに!? 誰の声!?」
「姫様どうしました?」
『ハナ! ボクだよ! アサギだよ!』
「サラさんどうしよう、アサギの声が聞こえて……」
「落ち着いてください姫様。神王様の遣わされた『麟』ですし、何か訴えたいのではないですか?」
どうやらサラさんにはこの声が聞こえないみたい。腕の中のアサギはつぶらな瞳で私をじっと見ている。可愛い。
『このままだとぎんいろがあぶないの』
「銀色……ジャスターさん?」
『つよいのにおねがいするの。はやくたすけきゅ……きゅー……』
「アサギ!?」
力を使い果たしたのか、くったりと腕の中で力が抜けるアサギ。慌てて揺り起こそうとするのをサラさんが止める。
「動かさずに寝かせてあげましょう。姫様、『麟』は何と?」
「そ、そうだ。ジャスターさんが危ないって。はやく強いの……レオさんに出てもらわないと」
「ですがレオ様は姫様の守りを」
「ダメ!! レオさん!! ここはいいから早くジャスターさんを!!」
私は馬車の窓を開けると、ありったけの声を出してレオさんに指示を出す。けれど私の言葉に彼は頷かない。
「ダメだ姫さん。俺はここを動かない」
「アサギがそう言ってるの。助けにいかないとジャスターさんが……」
「ダメだ」
どうすれば良いのか分からない。怖い。大切な人がいなくなるのが怖い。
震える両手をを祈るように組み、泣きそうになりながらも短く息を吐いて気合を入れる。
次の瞬間、私は馬車から飛び出した。
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