36、邂逅と返される騎士
動きやすいワンピースにして良かった。
後ろでサラさんの声が聞こえたけど、ごめんなさい! レオさんを動かすにはこれしか方法がないの!
「何だこれ……!!」
驚くくらい身体が軽い。これまでも『身体能力強化』の恩寵を感じることは多々あったけど、地面をひと蹴りするたびに身体が浮いて飛んでるみたいに進んでいく。耳でびゅうびゅうと風の鳴る音がして、どれだけの速さで走っているのかちょっと怖い。
「なんつー速さだ!! もどれ!!」
「やだ!!」
馬に乗って追いかけてきたレオさんの声に、私は思い切り反抗してやる。
アサギが言ってたことを全部信じた訳じゃない。それでもどこかで私は恐れていた。
「怪我とかやだ!! 傷つくとかやだ!!」
「姫さん!! 頼む、俺が行くから!!」
「誰も、どこにも行かないでよ!! 私をひとりにしないで!!」
堰を切ったように溢れる涙はそのままに、ただ無茶苦茶に走る私のお腹に温かいものがグルリと回された。フワリと浮く身体は気がつくと高い位置にいて、一瞬何が起きたのか分からなくなる。
「ひとりに、するかよ……」
「ふぉっ!?」
思いきり抱きしめられた私は、ほんのりと香るシトラスになぜか心臓がギュッと掴まれたような気持ちになる。なんだなんだ? 一体どうしてこうなった?
「飛ばす。しっかりつかまってろ」
「え? 馬? うまぁあああああ!?」
つかまりどころが分からず、そのままレオさんの胸元にしがみつく。ふぉぉ!! きょ、胸筋がぁぁ!!
数分も走れば徐々になんともいえない臭気が漂い、思わず私は顔をしかめる。
「魔獣特有の臭いだ。そんなに強敵ではないはずだが……」
そう言ってレオさんが馬を歩かせ、私もやっと周りを見ることができた。
前と同じ、四つ足の牛みたいな魔獣一頭に対し、四人体制で傭兵さんたちが戦っている。危なげないその動きにホッとしていたけど、銀色の髪を慌てて探す。
「ジャスターさんは!?」
「分からん、奥へ行くぞ」
平地で戦う彼らよりも、少し先にある林に入ったところでも戦闘が行われているらしい。再び馬を走らせるレオさんにしがみつきながら必死にジャスターさんを探す。
「どこ!?」
「落ち着け、アイツがそう簡単にやられる訳が……」
私を安心させようとしたレオさんの言葉が途中で消える。
林の向こうに見えたのは見慣れた銀色と、さらに向こうからくる魔獣は数十体以上の群れになっていた。
あれ? ここは?
輝く黄金色の草原の中、私は一人で立っている。何だろうこれ、デジャブ……?
「らん~♪」
『これ以上はいけないよ、ハナ。異界より招いた選ばれし春の姫、遠野ハナ』
気分良く歌おうとしたのを止められて少し不機嫌になった私は、声のする方向を見るけど誰もいない。
男性のように低い音だけど、女性のように柔らかな感じで性別不明の声だ。
「誰? それにここは? 魔獣……そう、魔獣はどうなったの!?」
思わず声を荒げると風景が歪む。何が起きたのか分からず、ただ泣きそうになる私に再び声が落ちてくる。
『落ち着いて、大丈夫。まだ彼らは無事だよ』
「まだってことは、これから大変なことになるんでしょ? 戻らないと、私、またひとりになっちゃう……」
『ハナ、小さなハナ、あの場所に戻ったら死んでしまうかもしれないよ。ここにいれば怖くないよ』
「でも……でもレオさんとジャスターさんが……」
『君は死にたいの?』
「死にたくないよ! でも、ひとりで生きるくらいなら、大切な人たちと一緒にいたいの。死ぬかもしれないけど、それでも、私はそうやって生きたいから」
『……そう、君はそっちを選ぶんだね。可愛いハナ』
「そっち?」
『ほら、これをあげよう』
不思議な声と一緒にゆっくりと上から落ちてきたのを手に取る。それは小さな金色のプレートで、文字が書いている。
「何が書いてあるんだろう? えっと『千剣万化』?」
『これは、彼から返されたもの。でもハナから渡しておいて』
「渡す?」
『ハナを介して渡せば、それはもう……』
え? 何? 聞こえないよ?
黄金色の草原が、風にあおられてザーザーとノイズみたいになって声が聞こえない。
私は思わず耳をふさいで、ひとり草原の中にしゃがみこんだ。
「どうした姫さん!?」
「え?」
顔を上げれば、整った顔に無精髭がやけに色っぽいレオさんが心配そうに覗き込んでる。ふぉっ! か、顔が近い!
慌てて周りを見れば、魔獣と戦う傭兵さんたちがあちらこちらに見える。おかしいな、さっきまで林の中にいた気がしたんだけど……。
「急に動かなくなるから驚いた。林の奥にも魔獣がいるみたいだから、奥へ行くぞ」
「は、はい。……あっ」
思わず握りしめた手の中にあるもの。なぜか分からないけど、手を開いたらダメな気がした。
「レオさん、手を出して!」
「あ? 何だ?」
これはもう直感だ。きっとこれは他の二人の騎士じゃない。だって……。
「えーと、これ何だっけ、あれ、あれだよ千剣ばん、ばん何だっけ!」
「……姫さん、何でそれを知ってる?」
「とにかく! はい!」
レオさんの春姫の騎士である印を持つ方の手を握ると、私は持っていた何かがレオさんに渡ったのを感じた。辛そうに顔を歪めたレオさんだったけど、すぐに柔らかな表情になる。
「姫さん……ハナって姫さんの名前だよな」
「名前? はい。ハナですよ」
「そうか……ハナか……」
その時、林の中から銀色が飛び出してくる。剣を振るいながらも多くの魔獣を斬り伏せていくその姿に、私はこんな時なのに思わず見惚れてしまう。
数十頭の魔獣に怯むことなく、ただ冷静に生き残る術を模索するジャスターさんがそこにいたからだ。数体斬ったところで、彼は私とレオさんに気づく。
「筆頭!? 姫君!?」
「ジャスター、姫さんと助けにきた!」
「何を馬鹿言ってるんですか! 筆頭はもう……ここは自分に任せて逃げてください!」
あの多くの魔獣をどうやって任せろというのか。私は助けを求めるようにレオさんを見上げると、彼は野生的な笑みを浮かべて力強く言った。
「任せろ。俺は強い……ジャスター! ここを代われ!」
「くっ……!! 分かりました!!」
レオさんが馬から飛び降りると同時にジャスターさんが素早く馬に乗り私を支える。そして、紺色の髪をなびかせてレオさんは魔獣に向けて走り出す。
彼の周囲にきらめくのは銀の刃。
それは、ありえない数の剣だった。なんで? どこから出てきたの?
「筆頭……あの恩寵を……?」
ジャスターさんが呟くと同時に、レオさんが吠えるように叫んだ。
「いくぞ!! 『千剣万花』!!」
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