37、花と騎士と寂しがりやの姫
それは凄まじい光景だった。
最初、ジャスターさんは私の目を隠そうとしたけど、それを拒否して私はレオさんの動きを見続ける。
周囲に浮いた剣を両手に取り、それを振るえば数本の剣が続いて魔獣に刺さっていく。そこで噴き出すのは血飛沫じゃない。大量の花が咲いては散っていく。
春の象徴である青い花が咲き乱れる中、剣を振るい続けるレオさんの青い騎士服は魔獣の血に汚れることはない。花の香りが魔獣特有の臭いを消しているのがありがたい。この調子ならあっという間に魔獣は倒されるだろう。
そんな大活躍のレオさんを、ただただ呆然と見ていた私はぽつりと呟く。
「すごい、これはすごいです……消臭効果のある恩寵だなんて……」
「ブフォッ!!」
馬に乗っている私を後ろから支えてくれているジャスターさんが思いっきり噴いてるけど、いやいやだってすごくないですか? この辺りめっちゃいい匂いしてるんですよ?
さっきまでの魔獣臭い状態が嘘のようです。
「花咲(はなさか)騎士レオさん……花の騎士レオさん……」
「ブフォーッ!!
さらに後ろで激しく噴いているジャスターさん。いやいやここは二つ名を与えるのにもってこいの状況じゃないですか! しっかり考えますよ! 私だってたまには姫らしいことをするのです!
「そうだ! いっそのこと、フローラル・レオとか!」
「何を言ってやがる」
「ふぉっ」
気づけば仏頂面のレオさんが戻ってきている。どうやら残りの魔獣も傭兵さんたちが倒したらしく、遠くからも勝利の雄叫びを上げるのが聞こえてきた。
「レオさん、おかえりなさい!」
馬から飛び降りた私を危なげなく抱きとめてくれるレオさん。ふぉぉ、花の良い香りがふぉぉ。
思わずテンション上がってハグしちゃってるけど、我にかえると恥ずかしくなってそっと離れる。ジャスターさんは「自分も汚れてなければ……」と言ってるけど、もうやらないよ? やらないからね?
「け、怪我はないですか?」
「俺は平気だ。ジャスターは?」
「大丈夫ですよ。傭兵たちも大丈夫だと思いますが、何かあれば回復魔法の石を渡しましょう」
「頼んだ。姫さま戻るぞ」
「はい!」
「叱られるのを覚悟しとけよ」
「……はい」
恐る恐る馬車に戻った私は、サラさんに号泣されて「叱られた方がマシだった!」と猛省するのでした。
うわーん! ごめんなさーい!
魔獣の後片付けもあって、次の村までたどり着かずに野営することとなった。
レオさんが『鉄壁』を張って、ジャスターさんが周囲を『鑑定』して安全を確かめていく。ところで安全の『鑑定』なんて出来るんだと感心していたら、普通はそんなことできないらしい。……ですよね。
どうも私といい騎士たちといい、春チームの恩寵は変だ。塔に戻ったらもっと検証しないとね。
夜、焚き火を囲んで私たちは話し合っている。
ジャスターさんの『鑑定』によると、魔獣は大発生したわけではないとのことだ。山の雪が解けたことで今まで通れなかった道が通れるようになり、山から魔獣たちが降りてきた。
そして魔獣たちは、神王の力を持つ『麟』のアサギを狙ったそうだ。
「魔獣は力を欲する存在です。きっと『麟』を食べて力を得ようとしたのでしょう」
「ちょっと待って、もしかしてこれからも魔獣の襲撃があるかもしれないってことですか?」
「分かりません。どうやら姫君の司る『春』は、特別なもののようですね。……この世界に春がくるのは何百年ぶりかのことですし、これからどうなるかは読めません」
「俺がいれば、大抵の魔獣は倒せる。この恩寵は回数制限ないみたいだしな」
「回数制限?」
「あー、あのな、前のやつは一日一回限定だった。あんな風に花が出たりもしなかった」
言いづらそうにしているレオさん。私は気にしてないですよ。過去の姫(おんな)とか……なんちゃって。
とりあえず前に仕えてた姫と駆け落ちしたとかは、絶対に内緒だよ。かの高潔な騎士に憧れているサラさんが悲しむからね。
そんなサラさんは馬車で私の寝床を作ってくれている。アサギは一度起きたけど、まだ疲れているみたいだから馬車の中で寝かせておくことにした。
ところで、ジャスターさんはレオさんの過去を知っていたみたいだね。銀髪に紫の瞳を持つ美形さんをじっと見ていると、ふわりと微笑まれた。はぅっ、不意打ちは卑怯なりっ。
「それにしても筆頭はズルいです。姫君の名を持つ恩寵を得るなんて」
「お前の恩寵に花って入るのもおかしいだろうが」
「そうですよ。『花鑑定』なんて花しか鑑定出来なさそうだし、『交渉花』なんて変な花の名前みたいだし……」
私が神妙な顔で話しているのにレオさんは吹き出し、ジャスターさんは何とも言えない表情になっている。何よ。言い出しっぺはレオさんでしょうよ。
「先ほどの筆頭に対しての言葉といい、もしや姫君は……」
「何ですか。変じゃないですよ。私は至って普通で真面目な女なんですからね」
「まぁ、そういう事にしておこうぜ」
「ふふ、そうですね」
ニヤニヤしながら私を見てくるレオさんと微笑むジャスターさんに、思わずイラっとして二人の形の良い鼻をつまんでやる。
すると二人に片方ずつ手を取られ、そのまま抱き寄せられた。
「え? え? なんですか?」
驚く私の耳元で、優しく交互に囁かれる。
「大丈夫だ姫さん。俺たちがいる。ひとりにしない」
「ずっと一緒にいますよ姫君。嫌だと言われても離れませんからね」
「……うん」
あの時、夢中になって叫んだ言葉を思い出し、恥ずかしさのあまり顔を赤くする私。
でもしばらくすれば、自然と目からポタポタ雫が落ちて、しゃっくりも止まらない。
怖かった。怖かったよ。
皆が無事で良かったよ。
少し寒い、春の夜。
優しい春の騎士たちは、ひとりは嫌だと泣く寂しがりやの姫に、ただ温もりだけを与えてくれていた。
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