124、求められるもの
ジークリンドさんはキラ君の修行と、ナジュム君の恩寵『侵食』について調べたいとのことで、神界大図書館へと出向いたのは先日の話だ。
ナジュム君が幼い頃、秋姫の代わりに受けた命に関わる傷を『侵食』を使って生き残り、その代わりに成長が止まっていた。
恩寵を使い続ける必要があったその傷も、『春姫』の見習い騎士になることで回復し、このままゆっくり成長していくだろうと予想されていたのだけど……。
「なぜナジュム君は急に大きくなったの? そんな急に成長して大丈夫なの? 体調とか悪くなってない?」
成長痛とかめっちゃ痛かったんじゃないかとアワアワしていると、ジークリンドさんが思いきり噴き出した。
「春姫たん、ププッ、そういう心配なの? ブッフォ」
「だって、いきなりこんなに伸びちゃったんですよ!」
「あの、春姫様、僕は大丈夫ですから……」
オロオロとする褐色肌の美青年は、ピンクがかった髪をふわりと揺らして困り顔をしている。うん。儚げな美しさに浄化されそうです。
「それでナジュム君は、どうして急に成長したの?」
「大図書館で調べたのですが、どうやら僕は恩寵を使って『時間に侵食』したとのことでした」
「時間に……だから傷はそのままで成長が止まっていた?」
私の言葉に、ナジュム君はコクリと頷く。
「はい。それを知ったジークリンド先生が、それは世界の『理(ことわり)』に反したことではないかと教えてくれたのです。大図書館の管理人さんに調べてもらって、大丈夫だろうと『侵食』を使いました」
ナジュム君にとってレオさんは師匠で、ジークリンドさんは先生なのね。
それにしても、あの管理人さんなら変なアドバイスはしないだろうけれど……。
「一応聞くけど、恩寵で何に『侵食』をしたの?」
「世界の『理』に、です」
「なっ!?」
その瞬間レオさんが動いて、ジャスターさんがおさえているのが見える。もしかしたらレオさんは、ジークリンドさんに攻撃しようとしたのかもしれない。ナジュム君の「剣の師匠」として。
私だって驚いた。まさか神王でさえも支配できない『理』に『侵食』するとか、そんな危険なことをさせるなんて!
するとナジュム君は、私たちに向けて真剣な表情で告げる。
「これは僕が決めたことです。誰のためでもない、僕のためにしたことです」
「でも、危険なことでしょ?」
「承知の上です」
それならばと許すことはできないけれど。
「できれば、危険なことをするなら前もって教えてほしい。助けることはできなくても、側にいるから」
「……はい」
なぜか少し怯えたような顔をするナジュム君。どうしたと彼の視線を追えば、ものすごーく不機嫌そうなレオさんと苦笑するジャスターさん。
「筆頭、彼も見習い騎士であるなら身内ですよ。おさえてくださいね」
「わかってる」
うん。ぜんぜんわかってない顔してるねレオさん。
するとジークリンドさんが、何事もなかったかのように話を続けていく。
「そうなんだよね。ナジュム君は世界の『理』に反して成長が止まっていたけれど、正しくすることで本来の姿になったんだ。それと同時に、彼は『侵食』したことで『理』の一部を読み取ったみたいだよ」
「へ?」
「春姫たんの弟くんのことを大図書館で調べようと思っていたんだけど、ナジュム君が分かるみたいなんだよねぇ」
それまで静かに聞いているだけだった晴彦が、突然立ち上がると切羽詰まった声でジークリンドさんに問う。
「本当ですか!?」
「本当だよ。だから君がなぜここに来られたのかも分かったよ」
穏やかな口調で語るジークリンドさん。
そうだよね。ここに来れるのは女性……しかも「乙女」だけだ。晴彦が来れたということは……。
「まさか……」
「そう。そのまさかだったんだよ。春姫たんの弟くんは……」
「晴彦は……」
そこでレオさんがポンと手を叩く。
「なるほど。お前、童t……」
「んなわけあるか! このエロオヤジが!」
素早いツッコミを入れる晴彦を見て、自分の弟がオトナだということを知らされひとり静かにショックを受ける私。
うん。そうだよね。成人しているんだもんね。
「そんなん高校で卒業してるし!」
な!? 高校生!? そういうのお姉ちゃん許さないんだからー!!
「コーコーセイっていうのはよく分からないけど、そういうことじゃないよ。この世界の『理』は、初代春姫の魂を求めていたんだ」
「初代、春姫の魂を?」
もしやアサギが言っていた『カケラ』というのは……。
「魂の色や形が初代春姫と同じものであれば、神王様の嫁にしようって魂胆だったらしい。そこで呼ばれたのが春姫たんや弟くんだってことだよ」
「なんでだよ!! 俺は男だ!!」
「まぁ、魂の形に性別は関係ないからねぇ。その額の印が証拠ってやつだよ」
うがーっと頭を抱えている晴彦の背中をさすってやりながら、私はジークリンドさんに助けを求める。
「あの、男でも『姫』の資格というのは……」
「そもそも『春姫』に限っては人間の持つ魂が重要であって、清らか云々は必要なかったってことみたいだねぇ」
男でも来ちゃうくらいだからねぇって言ってるけど、なぜかレオさんが私をガン見している。心なしか涙目なんですけど、一体どうしたことか。
「姫さん、まさか……」
「大丈夫だよレオ君、我らの春姫たんは清廉潔白純真無垢だから安心してね」
「おい、なんで知ってんだよ爺さん」
「あはは、秘密だよ♡」
なにやらやり合っているお爺ちゃんエルフと筋肉騎士から遠ざけるように、ジャスターさんとナジュム君が私にお茶セットを差し出す。
「ささ、姫君はこちらで休憩しましょう。お茶でもどうぞ」
「故郷のお茶が届いたので、よろしければ弟様も」
あ、もしかしてビアン国のお茶かな? 香りもよくて美味しいんだよね。わーい。
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