125、いつか会いに行くよ
黄金色の草原が広がる中、ひとり立っている私は思わず歌い出しそうになるのを必死に我慢する。
『相変わらずだね、ハナ』
「神王様、お久しぶりです」
『そうだね。久しぶりだね』
悠久の時の中、『神王』で在り続ける彼にとっては時間の感覚が違うのかもしれない。
それでも私は彼と友人のように、家族のようにやり取りをしたかった。
「姉さん、その子は……」
「あ、晴彦もいたんだね。この子は『神王』っていって、この世界の神様みたいな感じ?」
「そんな軽く……神様みたいじゃなくて、そのまま神様でしょう? 失礼なこと言ったらダメだよ姉さん」
『ふふ、外見は晴彦のほうが似ているけれど、中身はハナのほうがそっくりだ』
黄金色の髪を風になびかせ、楽しげに笑う少年に私と晴彦はキョトンとした顔を見合わせる。
「似ているっていうのは、初代の春姫ですか?」
『そうだよ晴彦。君はもうこの世界について理解しているみたいだね』
「え!? 早くない!?」
「チュートリアルに色々書いてあったのを、ジークリンドって人に質問しただけだよ」
「ああっ!! その手があったか!!」
すっかり読む気を無くしていた『姫読本』を放置していたけど、あの本の内容を知識の権化?みたいなジークリンドさんに聞くって手立てがあったよね。
おバカ! 私のバカチンがーっ!
『どのみち、ハナと晴彦が揃わないといけなかったから、この世界のことを知るのは遅くても良かったと思うよ』
「そう言っていただけると……」
「説明書は読まないタイプだもんね。姉さん」
ゲームでセーブできるのが教会だと知らなくて、何度もオープニングを見ていたのは私ですが何か?
『さて、どうしたい?』
「どう、とは?」
晴彦が首を傾げている。
私は前に聞かれているから、答えは用意しているけれど、晴彦にとってはこれが初めてのことだろう。
『君は、もとの世界に帰りたい? それとも残りたい?』
「……え?」
神王の質問に驚いた晴彦は、私の顔を見て何かに気づいたようだ。
ゆっくりと深呼吸すると、彼は真っすぐに私を見て言った。
「姉さんは残るんでしょう?」
「もちろん」
「俺の助けは、いらない?」
「私は晴彦が幸せになる選択をしてほしい」
「そっか……」
悲しげに笑った晴彦は、神王に視線を向ける。
「俺が元の世界に戻ったら、姉さんはどうなってますか?」
『あちらの世界では、ハナの存在がなかったことになっている。晴彦が元の世界に戻ると、ハナの記憶は無くなるよ』
「俺は、姉さんのことを忘れたくはないです」
『それだと辛くなるんじゃない?』
穏やかな笑みを浮かべたままゆったりと語る神王に、晴彦は真剣な表情で返す。
「姉さんと血が繋がっている俺だからこそ、絶対に、忘れたくはない」
『わかった。晴彦の希望どおりにするよ』
「あとこの世界にいたら、神王から後ろを狙われそうだから」
『バレたか』
な、なんですって!? 神王に晴彦の操を狙われちゃうとか、ダメよダメダメ! お姉ちゃんが絶対に守ってあげますからね!
でも、二人の間に愛があるなら男同士でもしょうがないかなって思うよ。愛に国境も性別もないからね。えへへじゅるり。
「姉さん、ヨダレ」
『ハナは清々しいくらい自分に正直だよね』
いやぁ、それほどでも。
朝起きると、客室で泊まっていたはずの晴彦がいなくなったとセバスさんから報告があった。
慌てて探そうとする塔の皆さんに「もとの世界に帰った」と伝えれば、号泣したのはサラさんだった。
「姫様の、唯一の、家族である、弟様が……」
「泣かないでサラさん、私は大丈夫だから」
私だって馬鹿じゃない。彼がずっと私のために動いてくれていたことも、この世界に来てしまうくらいに愛してくれていたことも知っている。
弟であり、従兄弟だった晴彦。
だからこそ彼は帰ったのだ。
「姫さん……」
「レオさん、晴彦は私の居場所を作ってくれているの。違う世界で生きているけれど、私の居場所を守ってくれているの」
私も、晴彦も、お互いのことを忘れない。
生きているかぎり、ずっと。
「その繋がりは妬けるな」
「家族の絆は、姫と騎士の繋がりと同じくらい強いんです。しょうがないのです」
「そうか。よかったな、姫さん」
「はい!」
にかっと笑う私の濡れた頬を、レオさんは優しく撫でてくれた。
何度も、何度も。
ハンカチでたまに鼻を拭いてくれたりもした。
何度も、何度も。
遠く離れていても、ずっと想っているよ。
たまには思い出してほしいな。
お姉ちゃんは、ずっとずっと大好きだからね。
いつか、会いに行くよ。
待っててね。
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