12、先代の春姫の話



 ドアをノックして、ジャスターさんが先に入る。続けて入った私の視線の先には、それはもう見事な金髪碧眼の美女がいた。これは、ちょっと、なんというか……。


「アメリカ? ロシア? 私と同じ国じゃない?」


「あん? 姫さんは先代と同じ故郷じゃないのか?」


 私の呟きにレオさんが即反応する。さすが傭兵団長、耳がいいですな。


「私の国は、世界の中でも小さな島国なんですよ。そこでは黒髪黒目が普通で、オシャレで様々な色に髪を染める人がいましたね」


 その姿絵は、まさに「等身大」という大きさだった。きっと背も高かっただろう。いや、私は小さくはないぞ。日本人の平均身長の……はずだ。

 絵の中の寂しげに微笑む彼女に、後から入ってきたジャスターさんは眩しげに目を細めながら静かに口を開く。


「先代様と姉は、言葉はなくとも身振り手振りで日常のやり取り出来たそうです。ある日、たまたま姉の持っていた本を見た先代様は、印刷について教えてくれたそうです」


「印刷って、もしかして……」


「もちろん我が国にも印刷という技術はありました。しかし、先代様の示されたのは一文字ずつ型を作り、入れ替えして文章を作っていく……」


 活版印刷のことだと、私は学生時代の知識を掘り起こす。


「私は姉からの手紙を切っ掛けに、すぐさま上の掛け合ってこれを実現化するよう説得しました。おかげさまで十年たった今、我が国だけではなく周辺国も印刷技術が上がりました」


「相変わらず、紙やインクは不足してるけどな」


 レオさんは肩をすくめて言うと、その横でジャスターさんは苦笑している。そうか。彼がレオさんの隊にいるという、印刷について詳しい人か。なるほどね。


「それで、日記というのは……」


「この机の上に置いてあります。ただ、かなり脆くなっているので、気をつけてください」


「脆くなっている?」


「よく分からないのですが、これは先代様が元々持っていた物です。異界から持ち込んだものに関しては劣化が早いようですね」


 部屋の隅にある小さな机の上には、一冊の「ノート」が置いてあった。知らないメーカーのものだけど、これは明らかに「私の世界」の物だと分かる。

 思わず高まる鼓動をしずめるように、何度か深呼吸する私。


「姫様、ご無理をなさらず」


「大丈夫よ。ありがとう」


 心配するサラさんに返事をすると、私はノートを机に置いた状態のまま、ゆっくりとページをめくっていく。

 先代の春姫は英語圏の人だった。英語のままでも少しは読めるけど、しっかり内容を理解したいから恩寵の力に頼らせてもらうことにした。

 最初から数ページは、混乱、不安、絶望、涙で滲んだインクで書かれている文字に、私は胸が詰まる。そしてジャスターさんのお姉さんらしき人とのやり取りで温かい気持ちになる。


「ジャスターさんのお姉さんには、とても感謝していると書かれています」


「そうですか! それは、良かったです!」


「ですが……」


 その後は、文章もおかしい。妙なことが書かれているわけではなくて、文法がおかしくなっている。最初のページは混乱していても、読めば理解できるものだった。


「彼女が……先代の春姫の恩寵って、どういうものだったんですか?」


「植物に関するもののようでしたね。歴代の春姫は皆、植物に何かしら関わるものだったそうです。ですが、言葉が通じないため、それが正しいのかは分かっていません」


 そうやり取りしている間にも、ノートは端から砂のように崩れていく。最後のページの「ありがとう」と書かれた文字も……。


「ああ、ごめんなさい。これ……」


「きっと先代様の日記も、今代の春姫様を待っていたのでしょう。お気になさらず」


「こうなるような気がして、急いで来てもらったんだ。悪かったな姫さん」


 申し訳なさそうな顔のレオさん。たぶん、書いてある内容が私の負担になるかもって思ったのかな? 大丈夫……とは言えないけど、いくつか知れたこともあったから読んで良かったと思うよ。


「最後に、ありがとうって書いてありました」


「そう、ですか」


 ジャスターさんの、もの問いたげな様子に気づかないフリをする私。先代の彼女が記したノートの中には、何度も同じ内容が書かれている部分があった。これはたぶん、異界の人間である私が持っているべきものだろう。

 とりあえず今、私のすべきことといえば……。


「さて、レオさん」


「あん?」


「私にジャスターさんを紹介したということは、彼も騎士になってくれるということでしょうか」


「おう!」


「はぁっ!?」


 私の問いかけに笑顔で応えてくれたレオさんだけど、当事者であるはずのジャスターさんはすごく驚いている。あれ? そういうことじゃないの?


「レオ団長、一体どういうことですか」


「ん? 俺は姫さんの筆頭騎士になるから、副団長であるお前もついて来いってことだろ?」


「何を恐ろしいことを言ってるんですか! こんなうら若き愛らしい少女である春姫様に、よりにもよってこんな無骨で粗忽なオッサンが騎士とか、頭沸いてんじゃないですか!? さったと水でも浴びて清めてらっしゃい!!」


「誰がブコツでソコツだ!! これは姫さんたっての願いなんだぞ!!」


 後ろで「ぶほっ」と咳き込んだのはサラさん。ジャスターさんの言葉がツボに入ったらしい。ブコツでソコツって、上手いこと言うね。さすが副団長。


「オッサンを騎士にする願い!? どこの馬鹿がそんなこと願うんですか!!」


「馬鹿ですみません……」


 二人の言い合いを黙って見ていた私だけど、さすがに馬鹿呼ばわりは悲しい。しょんぼりと口を挟むと、ジャスターさんは青ざめた顔で私を見た。


「す、すすすすすみません! 春姫様のことではなくてですね」


「だって、歴代の春姫は色々あったでしょ? そんな春姫になった私の騎士になってくれる人なんかどこにもいないのに、優秀な傭兵のレオさんは騎士になってくれるって言ってくれたんです」


「ああ、そんな、春姫様……泣かないでください……」


 いや、泣いてはいない。ただしょんぼりしているだけだ。それでもジャスターさんには泣きそうな顔に見えたらしく、私の後ろで控えているサラさんからは冷たい空気が流れてくる。怖い。


「うちの姫様に何ということを……」


「ジャスター、お前こんな小さな姫さんに……」


「ご、誤解です! 春姫様、謝りますから!」


 取り乱すジャスターさんを見上げて、背の低い私は上目遣いのまま首を傾げて恐る恐る言ってみる。


「それなら、ジャスターさんも私の騎士になってくれますか?」


「うぐっ……も、もちろんです」


 やった! 二人目の騎士、ゲット!

 嬉しくてフニャッと笑顔になった私を見て、なぜか口元に手を当てて横を向くジャスターさん。

 その横でレオさんとサラさんは「反則だ……」と呟きながら、床に膝をついて呻いているのが謎だった。



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