蛇足編、筆頭騎士と春の姫君


 美味しそうな焼きたてパンの香りと、布越しに感じる朝の光。

 天蓋の付いているベッドは向こうから見えないようになっているけれど、朝食を運んできたのはシルエットからサラさんじゃないことが分かる。

 早起きして儀式の練習をしたいから、朝食は部屋で軽くとりたいってサラさんに言ったんだけど……。


「ジャスターさん?」


「おはようございます我が姫君。サラ殿ではなく申し訳ございません。お着替えの手伝いが出来ず……」


「だ、だいじょうぶです! いつもひとりで着替えてますから!」


「ふふ、そうでしたね。失礼いたしました」


 笑って部屋を出て行くジャスターさんの気配から、たっぷり10数えて、そっとベッドから抜け出す。

 まったくジャスターさんったら、乙女の寝起きに突撃してくるなんて!


「着替えたら呼んでくださいね」


「はーい」


 慌てて起き上がった私はスポーンと夜着を脱いで、部屋着用のワンピースを頭からスッポリとかぶる。鏡を見ながらパパッと寝ぐせを整えるとジャスターさんを呼んだ。


「相変わらず早いですね」


「今日は外に出ないし、お化粧は必要ないからいいんです!」


「そういうことを言っていると、サラ殿が泣きますよ」


 確かに、出かける時以外に化粧をしない私は、サラさんからいつも「軽くでも良いので、お化粧をしてくださいまし!」とお小言をもらってしまう。

 一応『四季姫』であるから、外見も気をつけて欲しいってことみたい。いつも適当だから言われてもしょうがないのだけど、面倒なんだよね。


「そのサラさんは?」


「双子たちが生まれて、上の子たちが手に負えないようです。助けて欲しいと連絡がありまして」


「そっかぁ、儀式の練習が終わったら私も手伝おうかな」


「それがよろしいかと。姫君はあやし上手ですから」


「さすがに慣れました」


 子どもというのは、あんなにポコポコ生まれるものだろうか。

 まぁ、親子とも元気だから大丈夫なんだろうけど。


 するとジャスターさんは、肩に落ちた銀色の髪を後ろに流し、紫色の瞳を細めて私をじっと見ている。


「姫君は、いつかあのように子を抱くことを考えたりしないのですか?」


「わ、私にはまだ、早い、ですし!」


「ふふ、そうですか」


 いつからだろう。

 彼が筆頭騎士になってから、私のことを「姫君」と呼ぶようになって。

 気がつけば、宝石のような瞳を甘やかに光らせて、私のことを見ている。

 眼鏡ごしからでも分かる、愛おしげな視線に何度気が遠くなったことか。


 無言でパンを頬張っていると、なぜか私の隣に座るジャスターさん。

 そのまま軽々と抱えられ、膝抱っこ状態になる。なぜだ。


「食べづらいです」


「そうですか」


 細く見えるけどしっかりと鍛えられた逞しい胸板と、しなやかな腕の筋肉に包まれ、私はそのまま食事を続行することとなる。

 なんなら「あーん」とかもされてしまう。


「もう! 子どもじゃないんですよ!」


「知ってますよ。子どもだった姫君のお世話をしたのは、ほとんど自分なのですから」


「じゃあ、なんでこういうことするんですか!」


 最近、サラさんとセバスさんが父と母の所へ行くことが多くなった。

 新しく塔の関係者を増やそうかとジャスターさんに相談すれば、しばらくは大丈夫だと言って、こういう……抱っことかしてくるんだよね。

 成人もして、母から『春姫』の仕事を引き継いでやるようになって、仕事をしている「女性」なのに。


「いや、ですか?」


「いやじゃ、ないですけど……恥ずかしいです……子どもじゃないんだから」


「子どもじゃない、ですか」


 顔が真っ赤になっているのが自分で分かる。

 俯いていたら指先で顎を掴まれて、クイッと上を向かされる。

 ふぉぉ!! 美形の破壊力しゅごぉぉ!!


「そのとおりですよ、姫君」


 嘘みたいに整っている顔に、ふわりと花のような笑顔を浮かべ、彼は唇をよせて甘く囁く。


「子どもじゃない姫君だから、こういうことをしているのですよ」


 エルフの血なのかなんなのか。

 ジャスターさんの壮絶な色香にあてられた私は、すっかり茹で上がってしまうのでした。




 こんな美形と普通に対応していた先代『春姫』の母を、密かに尊敬しておりますです。



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