9、お絵描きしたいんです



 サラさんの持ってきた美味しい夕飯を食べる。

 鶏肉っぽいバター風味のソテーと、硬めのパン。野菜タップリのスープは塩コショウで味が整えてある感じで、シンプルだけど野菜の美味しさがギュッと詰まってて美味しい。硬めのパンを浸して食べるのにハマってしまった。

 お肉もナイフを軽く当てるだけで柔らかく切れる。肉汁もジュワッと流れるのをやっぱりパンでぬぐって食べた。


「あ、こういうのってお行儀悪いですかね?」


「いいえ、マナーとしては残さず綺麗に食べるというのは良しとされていますよ。それにここまで綺麗に食べていただけると、作った人間にとって嬉しいことでございます」


「良かった。サラさんの料理美味しいから、ちょっと多くても気がつくと全部食べちゃいますね」


「ありがとうございます」


 料理上手な人って本当に尊敬する。一人暮らししていたけど、結局あまり自炊してなかった私。

 手軽にできる炒め物とか煮物はいいんだけど、揚げ物だけは無理。怖いのもあるけど残った油の処理が面倒でねー。

 え? ノンフライヤー調理器? なにその文明の利器、知らない子だよ。


「はぁ……」


「どうしました?」


「いや、何でもないです」


 何でもないわけではないんだけどね。

 食欲が満たされて落ち着くと、昨日壁に叩きつけてしまった本が気になってくる。やっぱり読まなきゃダメなんだろうなって考えると憂鬱になるよ。さすがに床に置きっぱなしではないけど、サイドテーブルに置いたまま放置状態だ。

 私のうんざりした顔と、目線の先にあるのものに気づいたサラさんが問いかけてくる。


「あの、不思議な本が気になりますか?」


「え? 不思議って?」


「表紙の模様が、前と変わってます。姫様に関わるものですから神王様から与えられた神具だと思うのですが……」


「確かに神様がくれたものっぽいですけどね。私の母国語が書かれてますから……でも、中身が……」


 私の嫌そうな顔を見て、なぜかサラさんが慌てている。


「姫様! 無理に読まなくても良いのですよ! なんとお可哀想な姫様!」


「え? サ、サラさん?」


「故郷の言葉で書かれていれば、思い出してしまいますよね。きっとご家族が恋しいことでしょう……いいのです。傭兵団長のレオ様が来られるまで、しばらく塔でゆっくりと過ごしましょう! サラがずっと姫様のお側に付いておりますから!」


「あ、ありがとう、ございます?」


 突然始まったサラさんの愛情の暴走に翻弄されながらも、とりあえず本を読むのは後にして、今日はゆっくり寝ようと思った。

 家族と離れたことは寂しくないけど、もし私が二度と帰って来ないって知ったらどう思うのか、少しだけ気になったりした。

 そんなことを考えたからか、その日に見た夢の中で、私は小さい子供だった。

 まだ将来漫画家になれるって、信じている頃の夢。

 大好きな絵をたくさん描く、そんな幸せな夢。







 翌日。

 昨日の夢で、私は猛烈にお絵描きがしたくなった。だから今日は例の本を読まず、お絵描きに勤しみたいと思う。

 朝食を持ってきてくれたサラさんに、絵を描くための道具を購入できるか聞いてみる。


「ええと、紙とペンに使うインクは高価なものなんだっけ?」


 一応、この世界に来た時に漫画を描く道具は持ってきてるけど、これを使い切るわけにはいかない。高価だと言いながらも、サラさんは前に私が欲しいって言ってたのを覚えてて、なんと紙とインクを取り寄せてくれていたのだ。さすがサラさんだね!


「ふむふむ。少し厚手だけど、思ったよりも紙の表面がすべすべしている。インクも質がいいね」


「お気に召されましたか?」


「うん。ありがとう、じゃない。ありがとうございます。サラさん」


「もう話し方は崩してくださいませ。それにお礼は要りませんよ。姫様のご要望はこれでも少ないくらいなのですから」


「ん、じゃあお言葉に甘える。でも贅沢はできないよ。これって国のお金で買ったものでしょ?」


「はい。ですが、四季姫様たちがいなければ、世界に四季が巡らなくなってしまいます。国としての大事を担う人物である姫様は、尊き御方なのですよ。もっと贅沢をしても許されますのに」


「姫って柄じゃないし、これは娯楽みたいなものだからねー」


 そう言いながら早速ペンで一発描きをしてみる。デフォルメ版のサラさんだ。


「まぁ、これは可愛らしいですね。女の子……ですか?」


「サラさんだよ」


「あらあら、私はこんな小さな子じゃありませんよ」


 調子に乗った私は、ついでにレオさんも描いてみる。昔からこういうデフォルメのイラストは得意だったんだよね。しかもちゃんと特徴をつかめていると思うんだけど。


「これは、レオ傭兵団長ですね! とてもお上手です! 自分のは分からなかったのですが、他の方の絵を見ると、確かにその人だと分かりますね!」


 興奮したサラさんは、何度も頷きながら私の絵を褒めまくる。ちょっと恥ずかしいけど嬉しいな。


「そうそう。紙とかインクなんだけど、なんで高価なの? 作るのが大変だからとか?」


「確かに作るのはそれなりに大変ですが、問題は原料になる木材と石が、魔獣の出現が多い区域にあるのです」


「魔獣……確か、凶暴になった動物みたいなの、だっけ?」


「ええ。人の住む近くには傭兵もいますし、姫様たちが移動する道などは定期的に魔獣を駆除しているのですが、それらの原料は人里離れた山奥にありまして……」


 なるほど。魔獣を駆除する人手が足りなくて、紙やインクは後回しになってるんだ。


「その原料を取りに行く時って、どうやってるの?」


「職人が傭兵を雇い、魔獣を駆除してもらっているようです。ですがその人材も姫様たちを守るだけで手一杯ということもありまして……」


「ふむふむ。人里離れるから魔獣が多く、駆除する傭兵を集めるのにもお金がかかる。人里離れるために大人数の遠征費もかかるかぁ」


「本当に姫様は聡明でらっしゃる」


「いや、想像で言ってるだけだし、勉強はできないほうだったよ?」


 勉強嫌いだから大学も行かなかったしね。今考えたら行けば良かったかなって思うけど、後悔はしてないかな。社会人になってからめちゃくちゃ勉強したし、プラマイゼロって思ってるんだよね。


「ありがとう。大体分かったよ。それじゃ、お絵描きしてるね」


「かしこまりました」


「出来上がったら見てくれる?」


「もちろんです。楽しみにしておりますね」


 サラさんの笑顔が眩しい! その眩しい光でしっかり光合成?できた私は、書庫から持ってきた本を取り出す。

 ふふふ。出来上がりをサラさんに見せたらどんな反応するのか、楽しみだなぁ。


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