四季姫、始めました~召喚された世界で春を司るお仕事します~

もちだもちこ

プロローグ



 真っ白な雪に覆われる森の中。

 唐突に現れた黒い大きな箱のような物体を前にした私は、ほぅっと白い息を吐く。

 黒い箱のくぼみに指を軽くかけて、そっと手前に引くとそれは椅子になる。そこに座り、机のようになっている場所の下に手を入れて「よいしょ」と気合を入れて上に持ち上げた。

 現れたのは、白と黒の鍵盤。持ち上げた蓋の裏には譜面が付いていて、それを元に鍵盤を操作していくのが私の「お仕事」だ。


「姫さん、今回はトチるなよ」


「わ、分かってるわよ!」


 揶揄するようなことを囁いてくる外野の声に、思わず強めに返してしまい慌てて口をつぐむ。

 いかんいかん。今は儀式の途中なんだから集中しないと。

 昔から初見の譜読みは苦手だったのに、まさかここでやる羽目になるとは……と心の中で愚痴を言いながら、寒さでかじかむ手をさする。

 ペースはゆっくりにしよう。間違えないように焦らずゆっくりと、だ。

 一音目の鍵盤を押すと、置いてある譜面はゆっくりと下に流れていく。あとはその譜面通りに「弾いて」いけばいいだけだ。曲は毎回違う。クラシックのような時もあれば、ジャズのように複雑な音の組み合わせの時もある。

 簡単なように見えるけど、最初の頃は失敗ばかりしていた。間違えたら最初からになってしまうので、従者として来てくれた人たちには何時間も待たせたりとか迷惑ばかりかけていた。


「ふぅ、今回は簡単で良かった」


 この寒さでどうなることかと思ったけど、なんとか間違えずに弾き終わる。

 その瞬間、私の足元からみるみる雪が解けていき、雪の下から見える土にはうっすら緑も生えてきている。


「やったな姫さん! 成功だ!」


「さすが我らの姫!」


「わーい! あたたかくなってきたー!」


 喜ぶ「騎士」たちの様子に、私は知らず笑顔を浮かべる。


「ありがとう皆! 来月もよろしくね!」







 ここは、人の手によって一年ごとに季節を変える世界。

 世界の端、東西南北には4つの塔があり、そこには「姫」と、かの者に従う「騎士」たちがいた。

 北は冬、武に長けた姫。

 西は秋、楽を愛でる姫。

 南は夏、学問を尊ぶ姫。

 東は春、姫になった者は皆等しく狂っていくという。


 春。

 それは、眠るような白い時の終わりにして、鮮やかな生命を生み出す始まりの季節。

 花は咲き乱れ、鳥は歌い、すべての生き物が眠りから目覚める季節。

 人々が焦がれてやまないその季節の姫は、この世界から選ばれることはない。


 異世界召喚。

 誰が行うわけでもなく、この世界の神が呼ぶという異世界からの姫。

 姫は世界の宝だとされるものの、異世界の姫でも同じだといえるのだろうか。

 家族や知り合いと別れて、右も左もわからない世界に放り込まれた哀れな人を。


 偶然が偶然を呼び、私はこの世界『フィアテルエ』に呼ばれてきた。

 お恥ずかしながら、遠野花奈(トオノハナ)三十五歳の独身は、異世界で季節を管理する塔の「春姫」として「お仕事」させていただいてます。


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