3、詰んだ騎士選び




 そうはいっても『姫』として頑張るためには『騎士』が必要らしい。どうすればいいのかを唯一の話し相手であるサラさんに聞いてみることにした。

 ひと仕事終えたサラさんは、笑顔で質疑応答に付き合ってくれている。ありがたい。


「サラさん、騎士を選ぶ時の注意点とかって分かります?」


「え? 騎士様でございますか? すみません。私は塔に入るのも初めてでしたので、そこまでは……」


「ですよねー」


 しょんぼりとする私に、サラさんはさらに申し訳なさそうな顔をする。


「神王様から選ばれた『四季姫』が塔に入ると、塔が光るので世界中が認識します。その時に我こそはという人間が騎士様になることを目指して、塔に向かうのですが……」


 ふむふむ。それなら春姫である私の所にも、騎士になりたい人たちが来てるってことかな?


「歴代の春姫様たちは言葉も通じず、心を病んでしまうことが多かったそうです。なので、春の塔が光っても騎士になろうとする者は少なく……」


「あ、それなら少ないその人たちに騎士になってもらうとか」


「すみません。私は嘘をつきました。騎士様候補は一人も来ておりません」


「おぅふ」


 ダメじゃないか。詰んでいるじゃまいか。ちくせう。

 先ほど壁に投げつけた『チュートリアル』を力無く拾い上げると、ふたたびページをめくってみる。


  自分を知りましょう。

  貴女は『フィアテルエ』に呼ばれた時に力を得ています。

  こちらの神……『神王』から『恩寵』を受けたのです。


 恩寵かぁ……サラさんと意思疎通ができるのは、その恩寵とやらかもしれないな。


  貴女が持っている『神王の恩寵』は

  ひとつめ『言語理解能力』

  ふたつめ『身体能力強化(免疫抗体強化)』です。


 ……ん? どゆこと?

 この『言語理解能力』っていうのは、アレよね。言葉が通じるってやつよね。あと文字も読めるっぽい? それは後で確認するとして。

 次の『身体能力強化(免疫抗体強化)』ってなんぞや?


「ねぇサラさん。神様からもらう力って知ってます?」


「はい。神王様から選ばれた四季姫様が授かる御力のことですね。騎士様も稀に授かることがあるそうです。もしや春姫様の言葉が通じるのも、神王様の恩寵でしょうか?」


「あ、やっぱりそうなんですね。あともう一つ『身体能力強化』ってあって……」


「え、あ、そ、そそそうですか。よ、よろしゅうございますかと」


「サラさん?」


「は、はははははい!?」


 あまりにも動揺するサラさんに、さすがの私も気づいてしまう。この能力のことについて大事なことが分かってしまう。


「サラさん、正直に言って」


「なななななんでしょう!?」


「この『身体能力強化』っていうのは、どんなものなんです?」


「……はい。それは、元気な人、と」


「元気な人?」


「病気などになりづらく、健康であるということですね」


 つまり、何だ。私はこの異世界で言葉に不便をせず、健康に過ごせますよってことか。

 まぁそうだよね。最低それがないと、平々凡々だった私が異世界で生き残れる可能性は米粒ほども発生しなかったよね。うんうん。


「ちなみに、他の姫ってどういう恩寵があるんですか?」


「例えば冬姫様は『剣聖』という恩寵を受けられているとか。秋姫様も芸の才能がおありで、夏姫様も学問では素晴らしい成績をおさめられたそうです」


「へぇ……そりゃ、さぞかし人気でしょうね」


「ええ、それはもちろん! 騎士になりたいという若者たちが、毎日のように塔に詰めかけているとか……いないとか?」


 言葉の途中で私の表情に気づいたのか、サラさんは音量を絞っていく。いいんですよ。お気遣いありがとうございますサラさん。うふふ。


「ただでさえ春姫は不人気なのに、私の恩寵じゃ……」


「そんなことございません! 貴女様は歴代の春姫様とは違い、穏やかさを持ってらっしゃいます!」


「ありがとう。サラさん」


 そりゃ私はサラさんより年上なんだから、十代の姫より落ち着いてなきゃダメだろう。でもサラさんにとって私は娘みたいなものって言ってたからなぁ。


「そういえば、なんでサラさんは私が姫だって分かったんですか?」


「お気づきになられてなかったんですか? ああ、この部屋には鏡が無かったんですね。こちらにご案内します」


 そう言ってサラさんが案内してくれたのは、部屋に二つあるドアのうちの一つだ。開けると洗面台、仕切りがあってトイレ、奥にはお風呂が見える。

 あ、トイレが水洗っぽい。お風呂は猫足のバスタブで可愛いけど外から丸見え状態だ。部屋と同じ石造りの広いベランダという感じ。


「露天風呂……みたいでいいかもね」


「春姫様、こちらの洗面台に鏡があります。ご自分の額を見ていただけますか?」


 言われるがままに私は鏡を見る。少しクセのある黒髪は肩につくくらい。伸ばした前髪は横に流しているので少しおでこが見えている状態だ。そこに違和感を感じる。


「ん? なんか青いのがある?」


「額に浮かんだ『姫の証』こそ、貴女様が春姫様であるということです」


「へぇー」


 私の反応が薄くて残念そうな顔をしたサラさんだったけど、そこは別の世界から来たということだから勘弁してほしい。むしろこの印はずっとあるものなのかな。一生とか言わないよね?


「それは神王様に選ばれたという素晴らしい証なんですよ。ですが役目を終えられた時に、その証は消えてしまうのです」


「役目を終えた時って、いつですか?」


「ご結婚され、お相手の方と結ばれた時です」


 おぅふ。一生ものでした(はぁと)。

 しょんぼりしつつ、もう一度鏡で確認する。青い花のような形だなと眺めつつ、いつものように目尻のシワを撫でようとしてふと気づく。


「あれ? シワが……」


「どうしましたか?」


 そういえば、自分の顔全体に違和感を感じる。肌が明るい? シワが見えない?

 鏡を見ながら自分の顔をペタペタ触る。もしかしたら鏡がおかしいとか?


「サラさん、この鏡って……」


「あ、すみません! 鏡が汚れてました?」


 慌てて鏡を覗き込むサラさんの顔は鏡ごしでも変わらない。ということは、変わったのは私?

 まさか、これが『身体能力強化』の恩恵とか? そういえば慢性的な肩こりが感じられないし、起きた時に頭痛も腰痛も無かった。良いベッドだからかと思っていたけど、これはもしかしたら……。


「まさか、この肌つやの良さで若く見られてたりして……」


 それにしても十代は若く見られすぎだろうと、しばらく私は鏡とにらめっこするのだった。




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