第45話 石峻、死者の策動を看破す


軍師は邪悪な生き物である。

なにより、軍師というのは我儘だ。

それも単なる我の強さというものにとどまらない。


天上天下唯我独尊。


天下を、己の遊び場と心得て久しいのである。

己の舞台において、主役を奪おうとする輩は天敵でしかない。

競合相手となりえる相手は、自分を殺し得るだろう。


軍師であればこそ、軍師の危険さは知悉しえるもの。

故に、彼らは同類の存在を許容し得ない。

『原則』的に。


ただ、緊朝開祖の元に集った偉大な軍師たちは……そういう意味では、変り者だったといいえるのかもしれない。


悪い意味で。


中原の統一。

それは、甘美な果実である。

青史に名を刻む。


それは、彼らにとっても夢なのだ。

ささやかな夢どころか、主人公となれるともなれば。

軍師的本能を押し殺すことも……不可能ではなかった。


困難ではあった。それは、軍師にとって苛烈極まりない。


相互に喰らい殺さんと機を伺う相手と上っ面の友誼を結ぶならば、軍師としてよくやる。

理由? 至極、極めて、明快だ。

誰だって、油断する間抜けを討つ方が手間もかからないものである。


敵を誘引するのは策を要するが、友を呼び出すのは手紙一枚で事足りる。

従って、殺すと決めた相手とは殊更親密になる。

軍師的社交術基本中の基本でもあった。


しかし、真に歩み寄り同盟を為すというのは……


本性を偽り、己を押し殺し、本意ならざる妥協を行うのだ。

殺し合いは、殺意を薄皮一枚抑えること。

まぁ、牽制程度ということだ。


具体的には、埋伏の毒を相手の腹心なり愛人なり親友なりに混ぜ込んで、時あれば暗殺できるぐらいのソフトなアプローチ。


これで殺される奴は、軍師として軍師力が足りないのだから、やられる奴が悪い。


練達の軍師が本気を出せば、暗殺も『暗殺と分からぬ形』で整えられる。

当然、疑われることすら禁忌だ。容疑者として挙げられる時点で、謀略としては失敗というほど徹底してやっと一人前。


当然だが、抹殺対象の正妻と嫡男を巻き込むのは初手からの王道だ。

お家騒動に偽装すれば、部外者の軍師は疑われずに済むから当然である。


抹殺対象の排除を『当然』と世間に理解させるためには、周囲から対象を孤立させる必要もある。

つまり、名声を抹殺することから始めなければならぬ。

流言飛語も長年の流布と発酵によって毒性を強化するのは忘れてはいけない。


要するに、だ。

丁寧な仕事こそが、軍師の本分である。


こういう真面目で職人肌の軍師共が、奇跡的に『殺意』を抑え込み、緊朝の天下統一に貢献したとしよう。


彼らは、どうするだろうか?

即座に殺し合いを始めるか?

一部は躊躇いなくそうした。


我慢できない邪悪な軍師の暴走?

否。

牙をむくのは、基本的には『善良』な類の若い軍師に限っている。


老人たち、それも、生き抜いて、生き抜いて、修羅と化した軍師共はもう少し欲深い。

彼らは、同類の血に浸って勝ち抜いてきた蟲毒の中の蟲毒であった。

……そして、長い人生で愉悦という至福の快楽も味わい尽くしているのだ。


さて、問題。

軍師をして、邪悪と言わしめる老軍師共が最後に願うのはなんだろうか?

答えは、意外なことに『忠君愛国』だったりする。


具体的には、『偉大な軍師』としての名声が欲しいだけだったりするが。

要するに、他の連中よりも自分が有能であるということを歴史へ刻みたいだけだったりする。


まぁ、生き残って畳の上でくたばるという贅沢よりも、だ。

『賢者』として名を残したいという我執に囚われるのである。


そんなわけで、緊朝開祖陛下の帷幕に仕えし邪悪な軍師共は、『自分が緊朝の敵となれば、いかがするか』ということを考え始める。


次代の太祖が、自分たちを危険視していることをも理解した上で、彼らは『だからどうした』と笑いとばす。


殺そうと思えば、彼らは太祖と殺し合えただろう。

だが、それでは、『賢者』として名を残せないのだ。


自分たちを重用しないであろう愚者。

まぁ、『太祖』なのだが。

その末裔をのたうち回らせれば?


歴史は、彼らを『悲劇の名臣』と称えるだろう。

だが、それだけでは『つまらない』のだ。

それでは、ただの、名臣とどまり。


青史に前人未到の偉業を為すには、『破壊と再生』の物語を為さねばダメだ。


極端な思考で以て、老軍師共はマッチポンプを企む。

王朝に意図的な脆弱部を折り込み、発火させ、太祖の末裔を炎上させつつ……開祖の系譜が王朝を救済なり再興なりし、『建国の賢者たちの仕掛け』と歴史に賞賛されたい。


そんな欲望と共に、老軍師共は種をまいたのである。


「なんて、邪悪なんですかね。信じがたい蛮行だ」


僕、石峻は憎悪と嫌悪も露わに吐き捨てる。

ホント、士大夫として天下国家をおもちゃにする老人たちの感性には反吐が出るほど。

お亡くなりになったんだから、墓の下で安眠していてほしいものだ。


現世を生きる若く将来有望、前途洋々、貴公子中の貴公子、士大夫の理想と模範とでもいうべき僕を苦労させるなど許されざることだと悟ってほしい。


「これだから、軍師という生き物共は好きになれないんですよ……」


全く、とため息を零しつつ、だからこそ、僕は彼らの策を無効化するために万策を練ったのである。


老人共よ。


あなた方は、賢者ではなく。


『緊朝』を誤った諸悪の根源として、歴史に名前を刻んで差し上げる。


「だからこそ、頑張らねば」


僕も軍師だ。

負けてばかりでは、いられない。


「今上帝を、『全力』でお支えすれば、やれますかね?」

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