第8話 石峻、袁瑞将軍を恐れ、死を覚悟す

更新2年のその日。

鎮北大将軍にして使持節都督たる袁瑞将軍が北部に着任。

この一事は、小さからぬ余波を周囲へと齎していく。


具体的には、とても楽しい。


「……うわぁ、これは酷い」


思わずお茶を片手に僕は自分の天幕でお腹を抱えてしまう。

嗤いすぎた余り、咽てしまったほどだ。

僕を嗤い殺させんとする高度な攻撃だったとすれば、それは危うく成功するところだった。


袁瑞将軍、僕をここまで追い込むとは恐るべき将帥なり。




着任早々、袁瑞将軍を待ちかまえていたのは王林都督の遺骸。

真っ先に前任者の死体を見せられたい士大夫も稀だろうに。

幸先の悪いことだと彼が眉を顰める間もなく問題が続発だ。


第一に、『鎮北大将軍』という肩書がまずかった。

これで『征北大将軍』であれば『外で暴れるだろう』と高をくくれたのだろうが……。

北部の守護という名目で、使持節都督がお出ましだ。


北部の諸太守までもが袁瑞将軍の幕府詣で。

先帝、太祖陛下の外戚としても権勢を誇りし袁家の威勢は今上の御代にあっても益々盛強ということらしい。


うわべだけは。


凄く単純にいうと、今は更新2年。


更新2年である! 改元された理由は、代替わりによるもの!

つまるところ、今上が即位されてから一年とちょっとしかたっていない訳だ。

葬式したり、服喪したり、色々と儀式を終わらせたばっかり。


代替わりに伴うゴタゴタがいよいよ本格化する頃合いである。

それはもう愉快痛快な人の不幸という蜜を楽しむ歌劇の開幕。

悲しいかな、石家という特等席のチケットを糞父上に破られなければなぁ……。


過ぎたことを悔いても仕方ない。

糞父上殿は、何れ機会を見てきっちりカッチリ焼けばいいのだ。

兎にも角にも、一大舞台の季節という事実が肝心である。


京域どころか、京城を出ることさえ諸侯は憚る時期と言ってよい。

こんな時に、『先帝の外戚』にして軍事貴族たる袁家のご当主が『まとまった兵力と権限』をもって辺境に赴任なんて愉悦の種しかないでしょうに。

というか、宮廷雀が良く許可したなぁと心底から驚愕すらする次第です。


席次争いをする必要がない超然主義?

そんなことはないでしょ、あり得ない。

むしろ、既得権益を守るために断固踏みとどまるべき局面でのご退去!


これ、この袁家の羽振りの良さ、間違いなく絶対に宮中に通報されてるよね?

というか、それ、されてないはずがないよね?

まぁ、されてなくて商人に手紙を託してあるんですけどね?


『辺境の臣、忠、伏して袁家の傲慢を憂いる旨を申し上げます……』ってやつだ。

ちなみに、王林都督と一緒に死んだ尉の名前と印章をぱちって僕が書きました。

少し字を汚く書くのが大変でしたが、まぁ、それっぽいっしょ。


他にも、色々と頑張った。本当に、道は一日にしてならず。

効果を発揮するまでには悲しいぐらい時間がかかるけれども、決して悲観することはない。

軍師っていうのは、根気強い軍師我慢力も必要だから。


策っていうのは、それを完成させるまでが大変なんですよ。

ほんと、ほんと。

火計だって火種を用意して、燃えやすいように時機を見計らうの本当に大変……らしい。


悲しいことに、半人前軍師の僕は軍師火計免状を習得できていないので、いつかちゃんと国を焼かないといけないのだけど。


結論から言えば、袁瑞将軍閣下は全く動く気配がないんで僕もぐーたらします。

いやぁ、討伐軍が怖いんでね。

素直にお茶と馬を貿易で交換していますよ。


この前、たまたま馬が安かった時に買い集めた軍馬。

そして、今、軍馬が値上がり中!

お茶は袁瑞将軍の軍隊が補給路を守るおかげで治安改善により流通量が増加中。


いやはや、袁瑞将軍様々ってね。


ただ、この全てが表面上の動きに過ぎないんですよ。

なにせ、僕は士大夫にして不幸にも職業軍師なんです。

軍師的警戒心の持ち主と言ってもいい。


油断する軍師の末路は首ちょんぱ。

僕のような貴公子の首を失う等、天の損失は間違いない。

天命に非ざる死を避けるためにも、身を修める必要があるのはむしろ理。


士大夫の中の士大夫、貴公子の中の貴公子、王朝の誇る竹林の賢者石峻と称えられし僕の名誉と誇りに誓って適当なことはできない。


そして、万事に入念な警戒を怠らないで袁瑞将軍を注視していた僕はついに真実を手にする。


袁瑞将軍閣下の着任と暫く見守って監視して、嗅ぎまわった末の結論は『真っ黒』だ。


「……いますね。やはり、残念だが居るとしか思えない」


ああ、やっぱりか。

可笑しいと思ったんですよ。

袁瑞将軍のような外戚が、何故、都落ちまでしたのか。


都に置いておけない何かが、彼の手元にあったということ。


なるほど、なるほど、なるほど?


袁瑞将軍閣下は懸命にぼろを出さないように取り繕っていらっしゃるわけで。

かの御仁、個人的に存じ上げているわけではないにせよ……権門のご当主がそこまでして『守ろう』というものともなれば。


それは、それは、たいそうな御仁が対象となるわけで。

ことの重大さは察して察するに余りあるわけで。

きっと、それは、緊朝を綺麗に燃やしてくれるに違いない。


僕は思わず愉悦と歓喜の渦が自分の中で弾けるのを感じざるを得なくなる。

全く、全く、全く! なんと、なんと愉快なことだろうか!

よもや、そんな、手ごまが! 手札が! 自分に都合のいい流れが!


ほくそ笑み、僕は笑い転げる。


全く、袁瑞将軍閣下。

貴方は何と恐るべき強敵だろうか。

二度も、この、僕を……追い込むとは。


卿を、僕をして笑い死にさせかけんとする好敵手と認めよう!

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