第7話 石峻、官軍に敗れ王威に慄く

僕の名前は石峻、字は白楽。

緊朝が三公、石家の三男である!

つまり、敗北を知らない名門貴公子である。


そして、今日、生まれて初めての敗北を……楽しむものである。


文通仲間から、特に深い理由はないけど兵隊さんを運動させたいというお手紙を頂戴した僕は、お世話になっている蓮大人に相談。


彼らに、運動場を提供することにしました。

なんて慈善活動!

頂戴するささやかな薄謝はお茶。


もちろん、黒茶・白茶とより取り見取り。

都督用の貴重品ですかね? 京師でも、滅多に飲めないような恩賜のお茶っぽいものまであって僕も幸せ。


つい先日、関市で不運にも自然に勃発した暴動で品薄の茶葉を官庫からね、引っ張り出してもらって支給してもらうやつですよ。


という訳で、どきどき北方辺境運動会! 優勝者の商品は、腐りかけの王林都督!

一応、塩漬けにはしているんですが、何分、岩塩しかないもので。

涼しい時期ならいいんですが、もうね。そろそろ春の訪れでしてね。


臭い。

いや、香木とか突っ込んでますよ?

最大限、僕も士大夫として努力はしたんです。


そろそろ引き取ってもらわないと無理だなぁって時に、やっと茶番劇の段取りが付いてホッとしましたよ。


こうして始まる大決戦!

動員された農兵、傭兵、守備兵、職業兵士、合わせて1000!

迎え撃つ蛮族は、獰猛な蓮族の遊牧騎兵1000!


普通であれば、もちろん、遊牧騎兵の圧勝ですが今日は違う!


なにしろ、討伐軍は北部都督府が王師!

遊牧民族が手にする弓は、天朝の王威にひれ伏すばかり。

北部都督府の軍勢へ、遊牧民の矢はどれほど放たれようとも届かない!


四半刻ほど弓戦が続く大激戦なるも、ただの一本とて敵陣には届かないのだ。

北部都督府の忠勇な軍勢を前に慌てふためく遊牧騎兵ら。

これが王師の武威である!


そして、僕は傍でお茶を飲み直す。


流石に、そろそろ農繁期なんで兵隊さんを長く拘束するのも悪い。

激戦モードになったし、ということでお互いに示し合わせていったん集合。

お昼ご飯前には終わらせたいという意向により、早めに決戦である。


王師が太鼓と笛でリズムをつけ、キラキラと輝く武具を手にずしん、ずしんと圧倒的存在感と共に行軍を開始。


迎え撃つは、蓮氏族の大人が娘、蓮公凛。

大いに意気を挙げ、剣を振るって諸氏を鼓舞するも……将兵の意気は王師に飲まれて甚だ丁重。

北部都督府の武威はいよいよ健在であることを北辺に示せりというやつだ。


臆するものかと一騎打ちに賭けた彼女は馬をかけさせ、官軍より飛び出してきた騎兵と剣を交えることたった二合。

持ってきた剣を取り落とし、叶わぬとばかりに彼女は逃げ出していく!


おお、何たることだろうか!

ここに、北部を荒らしまわしてた蓮氏族は忠勇なる緊朝北部都督府官軍兵士らの武威を前に怯え、逃げ去るしかないのである!

かくして、敗軍の将たる王林閣下の遺骸もまた官軍の手と帰するところとなる……。


「百戦百勝鋼鉄無敵軍師こと麒麟児単石すらも、ここに敗れたり、と」


「単軍師、単軍師、さっきから何を呟いてるんだ?」


レンさんに問われた僕は、きっちりとお答えする。


「報告書の内容を予想しまして」


「この茶番劇の、か。なんだか、くだらないことをした気分になる」


下らないとは、何たること。

北部都督府は面子を守れる。

僕らは、茶葉と情報を得る。


誰もが幸せになれる、公正にして最も厳粛な士大夫の平和である。

王林都督の遺骸を故郷に送り返すという人倫的任務も含むものだ。

確かに、ちょっと嘘はある。とはいえ、大義のためには許されるだろう。


という訳で、蓮氏族には茶番劇の手配をお願いした。偽装敗北……というか、演技をお願いした手前、一応、取り分は半々なのだが。


足りなかったのだろうか?

いや、馬鹿な真似をするのが詰まらないだけか?

少し迷った末に、僕はどちらともとれる軍師的弁解を選んでいた。


「ですが、やってくれるとレンさんたちを信用していました」


「信用? 単軍師が?」


「ええ。信用していましたとも」


「似合わないっていうか……うそでしょ」


酷いことを言われたとばかりに僕は表情を曇らせ、軍師的表情で糾弾を受け止める。


「ともあれ、これで見事に我々はお茶っ葉をゲットです。ちょうど茶葉が高騰していますし、これで軍馬を買い占めて遠征軍を迎え撃ちましょう」


「で、実際どうなんだい? 勝ち目はあるのか?」


「禁軍含めた3万の討伐軍。将軍閣下は使持節都督格の鎮北大将軍。まぁ、いっちゃなんですが……これ、戦うまでもなく勝ってますよ」


情報を聞き出すというか、都督府を上手くやれば引き出すのもそこそこ簡単。

いやぁ、やっぱり王林都督の死骸は人を謳わせる逸材でした。


「敵情は分かっています。まぁ、やれるのでは?」


「単軍師、単軍師が大言壮語する方ではないとは……。ただ、いくら何でも……」


レンさんが眉を顰め、苦言を呈してくるのも道理ではある。

禁軍含めた緊朝の正規軍が7軍。

真面目に戦争するとなれば、北部に名を轟かす蓮氏族とてただでは済まない。


だけど、あのさぁって軍師的に言いたいのである。

一体全体なんだって、軍師が真面目に決戦をするというのか。

軍師は戦争のしもべではあるが、それは戦争という環境を必要とするからだ。


言い換えれば、別に、真面目に正面衝突とか軍師がやるわけないでしょ。

軍師なんだから、相手を謀殺なり何なりしますよ。

最悪、焼けば何とでもなる。


邪悪な先人たちは、いつも困ったときは火を使っていた。

艦隊を焼き払い、村落を焼き払い、城を焼き払い、時に軍隊も焼いた。

畑も焼いたし、酷い時には桟道だって情け容赦なく燃やした。


困ったら火計!

困る前に流言飛語!

基本はいつも予備計画!


軍師的に考えて、戦い方は幾らでもある。

そして、今回は……もう鉄板と言っていいぐらい鉄板なのだ。


「袁瑞将軍閣下を個人的に存じ上げているわけではありませんがね。中つ国というか、中央流の考え方は分かります」


「具体的には?」


「袁瑞将軍のような強力な将軍に、『成功』されたくない人間だらけってことです」


「人頼みはよくない。単軍師、それは、弱さだ」


「弱い人間でも、強い人間を刺すことはできますし、楽ならばそれが一番では?」


「……訂正」


はぁ、というようにレンさんはため息を零す。


「軍師って、こわいわ」


うん、と僕は頷く。


「そうですね、軍師って酷いですよね」


軍師が息をして考えているというだけで、僕もすごい怖い。

ほんと、僕以外の軍師を全員首ちょんぱにするべきだと思う。

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