第44話 石峻、士大夫的義務感に覚醒す
校尉は下っ端と言えば下っ端ではあるが、一応は立場のある官位である。
自分用の天幕というか、個人的な空間ぐらいは持ち得る訳で……単石こと悲劇の士大夫石峻は今や懸命に頭をひねっていた。
爺共こと、先人軍師の罠。
存在を悟った以上、考えなしに放火などできたものではない。
火計というのは、敵を焼くものだ。
愚かな敵に、敵自身を火だるまにさせるのは愉快!
我が事ともなれば無様さに吐き気を催すにたる。
何たる非道だろうか。
許され難い極悪非道な企みとしかいえない。
「創業は易く守成は難し、だな」
難しい話ではない。世の中の理だ。
石峻は、この点では断言できる。
名門石家の三男坊として、当事者なのだから。
糞父上が偉大なご先祖から継承した石家は、今や、継承者問題に直面する始末。
全ては、長男を毒殺するような次男を増長させた一門の長が悪いのでは?
ついでに言えば、正義の心で次男を告発した三男を叱責する狭量さもダメ。
おかげで、僕は不幸にして緊朝を焼く破目に陥った。
つらい。実に辛い。僕も士大夫として涙を流そう。
でも、結局は僕自身の平穏のためなのだ。
情け容赦なく、きちんとしっかりこんがり焼こう。
それこそ、灰の一つに至るまできっちりと。
いや、それはともかく。
結局のところ、永遠なるものは存在しないのだ。
『辰砂を飲めば不老不死の仙丹』だ?
それはね、軍師的嘘ですよ。
僕、知っている。
どうせ、軍師的仙術とやらである。
敵を毒殺するために、先人軍師共がでっち上げたに違いない。
もしくは、謀略のために必要な金を巻き上げるための方便。
一番かわいい場合でも、御典医を脅迫するための材料だろう。
絶対に、マトモな動機じゃない。善なる心を持ち合わせぬ軍師……つまりは、僕以外の軍師以外にあり得ない発想だ。
軍師って性格の非道極まりない連中が、これぐらいは茶飲み話程度の感覚でやらかすことを僕は知っている。
政敵を毒殺抹殺とか、軍師大好き。
間違いない。
軍師の僕が保証だ。
……どうにも、動揺で思考が揺れがちだが冷静さを取り戻そう。
こと、軍師という生き物はそれぐらいに邪悪なのだ。
太祖陛下が軒並み撲滅しようとするのも実に道理。
僕以外の軍師が滅びれば、天下万民のためにきっと素晴らしいことに違いない。
だが、軍師共っていうのは唯々諾々と駆逐されるほど素直だろうか。
連中、『黙って素直に排除』されることを是とするほど善良じゃない。
むしろ逆に、それをきっかけとするはずだ。
「否、絶対にしかけているだろ。それぐらいは、やる」
というか、やらない方が怖い。
あの老人たち、老獪極まりない輩。
ハッキリ言って、僕のような清く正しい士大夫には理解できぬ輩共。
困った老人共だろうが、軍師という種族なのだから間違いない。
蟲毒の毒も可愛い真性の邪悪な毒。
薬も過ぎれば毒となる?
これは逆なのだ。順序が完全に逆。
軍師という毒を、統一という難病のためにやむなく頓服したのだ。
そう、軍師は頓服薬。
要するに、本当にヤバいとき以外は劇薬すぎて飲めたものじゃない。
「さて、問題は、あの老人共の仕掛けた罠か」
どうも、僕は、この辺をきちんと考えていなかった。
認めよう。
僕も、士大夫として他の軍師共が駆逐される喜びに浸っていた、と。
砂糖菓子で騙されていた童も同然だ。
恥じ入ろう。反省し、真摯にこの失敗を噛み締める。
屈辱も、恥も、汚名も、とどのつまり、生きていればこそ。
全ては、雪げば良い。
だから、僕は頭を回す。
緊朝の体制に埋め込まれた軍師の仕掛けを探るべく、三日三晩、頭を酷使。
軍師的智謀術の限りを尽くし、軍師的看破術を併用し、軍師的思案に耽った末に導かれるただ一つの答え。
それは、余りにも強烈極まりない。
「あの、糞爺ども……焼かせることまで想定済みか!」
緊朝が燃えやすそう?
可燃物だらけ?
火矢一発で、大炎上間違いなし?
違う、違うのだ。
「連中、最初から……『破壊消火』のつもりで……!」
山焼きの手法と同じだ。
一部を敢えて、焼き払う。
そのために、燃やすところを設定。
裏を返せば、他所には延焼しない仕組み。
これは、緊朝の火種は……最初から仕組まれた策謀だ。
「くそっ、これに火をつけると……」
燃え上がるだろう。
中途半端に。
或いは、今上帝の首ぐらいは取れるかもしれない。
だが、それでは、全く意味がないのだ。
『火種』は無数にばらされているが、ばらばらの火は燃え尽きるのも一瞬だ。
新領地を焼き払ったところで、開祖、太祖の二代にわたって整備された緊朝の古い本国領域は無傷で残りかねない。
僕は、緊朝の根幹にこそ灰となってほしいのだというのに!
「ひでぇ。あの老人共、なんてことを企むんだ」
本国領域のために、新たに支配する地域に敢えて火種を仕込む?
それ、外敵を得て団結するっていう目的?
脆弱さは、意図された脆弱さなの?
軍師ひでぇ。
これが、僕でなければとても受け入れがたいものですらある。
しかし、軍師的マインドがあれば……理解できてしまうのだ。
軍師共であれば、これぐらいのおもちゃは仕掛けるだろう、と。
決意と共に、僕は呟く。
「だが、好きにはさせませんよ。まだ、舌も足も手もあるのですからね」
軍師諸芸を使うことはいくらでも可能だろう。
さしあたっては……そうだ、と彼は手を打つ。
「『忠君愛国』、だな」
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