第5話 石峻、乱を見て涙し、学びを誓う。


焼き払う。

軍師的には、これをやって初めて一人前。

むしろ、焼き払ってない軍師なんて素人ですよ、素人。


古今東西、軍師と言うのは火に愛され、火を愛し、焔で劫火を引き起こしてなんぼ。


という訳で、やってまいりました関市に着火。

警戒したところでね、軍事力が先の敗戦でスカスカになってる街なんて簡単ですよ。

レンさん以下、遊牧騎兵の皆さんに協力していただけば『可燃物』なんて一瞬です。


おっと、誤解しないで下さいね。

僕は、別に、街を焼き払ったわけじゃない。

軍師といえど、道を知る士大夫ですからね。


無辜の民に非道なふるまいなど、心身共に健全な士大夫としてあり得ませんよ。

いや、職業軍師なんで必要ならやりますけども。

今回は必要ないんで、やりません。


というか、自分で火をつけるって貴方。

盗賊じゃないんですから、やるわけないじゃないですか。

落ちぶれたといえども、私とて三公を輩出する石家の三男坊。


失礼、今は僕ですが。僕は、別に頭がどうかしているわけじゃない。

花嫁泥棒するような性格の悪い名門子弟でもないんです。

むしろ、孝道と仁と愛の精神の論理を纏った君子。


火をつけるのは、自分の仕事じゃないんですよ。

アホに、火をつけさせてなんぼ。

というわけで、街の住人と蓮氏族以外の遊牧民を煽ってぽい。


火種がくすぶっている街に、憎悪の焔が着火するのに要したのはたったの一週間。

という訳で、城外というか市場から離れたところで僕らは巨大な炎が上がるのをゆっくりと見学しています。



「すげぇ、勿体ないなぁ……っていうか、本当に、火を放ちやがったし」


「何をいうかと思えば、レンさん。彼らは、悪徳を焼き払っているにすぎません。むしろ、これは清めの焔」


「あれが?」


「ええ、あれが。見てください、彼ら自身の手で燃やしているあれを!」


そこで、僕はふと悲しい事実に思い至る。


「ああ、でも、燃えているんですね……」


屑茶とはいえ、茶が焼かれる。

文化的な士大夫としては、涙せずにはいられない。

軍師とは、なんと業が深いものだろうか。


「単、自分で引き起こしておいて……」


「いやいや、僕ではありませんよ。彼らの心が引き起こしたのです」


「正直に言いなさいな。どうよ、今の気分」


「最高ですね。この上ない達成感すらある」


しいて言えば、酒と饅頭で飲茶したかった。

しかし、僕は士大夫。

人の不幸と言う蜜の味を堪能するには、どうにも人倫の精神が強すぎる。


それにしても、本当に単純だった。

たぶん、王林都督のおかげだろう。

なにしろ、あの方は『マトモ』な軍人だった。


開祖陛下、太祖陛下の二代と今上陛下に忠誠を誓った武官。

能力はさておき、誠実で、まじめで、宮中政治が苦手な士大夫。

そりゃ、辺境防衛に飛ばされますわ。


そして、真面目に辺境防衛に取り組みますよね、気質的に。

という訳で、節度使閣下の軍隊が『睨み』を利かせることで北方の治安も保たれたわけで。

その軍隊を僕と蓮氏族がさっくり首ちょんぱしてしまえば?


怖い軍事力が消滅。むき出しの富がそこら中に。挙句、気にいらない他者がすぐそばに。


いやぁ、抑圧されていた『暴力』を開放するのなんて簡単ですよ。

遊牧民と農耕民がただでさえ火花を散らしているのに、抑制するべき権力が不在。

これで火をつけられない軍師とか、恥ずかしくて死んじゃう。


というわけで、僕らは都市暴動を引き起こしました。

彼らが、火を放っています。

僕は何もしていない。いや、煽りはしましたが、火をつけろなんて言っていない。


現場の暴徒が、僕らの意向を忖度して、略奪したり、倉に火を放ったり、はたまた物事をぶっ壊したりしているだけ。


「うーん、実に『自然』な暴動ですね」


「なぁ、単。これ、自然か? どうみても……」


「いやぁ、これは自然ですよ。仕掛けるならば、人工的に対立と不和を煽る必要があるんですけど、王林都督がお膳立てしてくれましたからねぇ……」


そして、こいつのおかげで討伐軍は相当に苦労するはずだ。

なにしろ、駐屯するべき都市が不穏。

敵の将が優秀であれば優秀である程、後方の安寧に意識を割かれるに違いない。


よしんば、そこらを無視する無能なり猛将でもそれはそれで一向にかまわない。

脇が甘い人を刺し殺すのは、宮中のお作法だ。

士大夫にとってみれば、そっちの方が得意なのだから。


「ところで、単。一つ良いかな」


「はいはい、レンさん。なんなりと」


「なんだって、あんな迂遠なことを? 別に自分で焼けばよくないか?」


うん、ただ焼くだけならばその通りなんですけどね。

僕は軍師として焼くことにした訳で、となるとただ焼くだけじゃダメ。


「そこには、必然があるんです」


「私には、さっぱりだ。わからない」


本心から嘆くような声に、思わず僕は感心して頷いていた。

それが本心か、演技かは知らないが、僕も合わせておくべきなんだろう。

物分かりの良い知識人として、これは義務だ。


「レンさん、あなたは心清い人ですね」


「は? 私が、なんだって?」


「いい人ですね。本当に、いい人だ」


じっと凝視すれば、相手は困惑顔。

やはり、ここは詩文の一つも作るべきか。

しかるに、遊牧民族風のやり口を僕は知らない。


自分では色々なことを勉強してきたつもりだった。

だが、まだまだ知らないことだらけだ。

これからも、軍師として、士大夫として、励むべきだった。


そのためには、知らないことを知ることから。


「レンさん、できれば、貴方について学ばせてください」


「首の掻っ捌き方でも?」


「ええ、それが必要ならば」


レンさんから僕が学ぶべきことは余りにも多い。

三人行けば、必ず我が師有り。

士大夫たるもの、いかなることからも学ばなければ。


「単って、ほんと、わからないなぁ」


「士大夫ですからね。そういうものですよ」


「……その心は?」


「君子は豹変するんですよ」


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