第42話 石峻、火種を五感で感じる


軍師という連中は、僕以外悉く邪悪である。


貴公子たる自分自身を別とすれば……軍師の有害性など歴史が物語ると言っていい。その一例が三十六計とかいう信じられないほど多数の計だ。


本当に恐ろしいことだ。


僕は心からの確信をもって言うのだが、軍師というのは本当に酷いことしか考えない。本当だ。本当に、酷いんだ。


僕が邪悪であるとか、非道であるとか、人倫を知らないと、そういうことではなく……例えば、天下三分の計による緊朝焼き払い計画も……基本の理論から何一つ外れちゃいない。


混水摸魚に始まり、趁火打劫に至り、最後は隔岸観火。


軍師的正攻法に基づく、至極単純な火の作戦である。独創性も創造性も乏しいという点で、僕は大いに恥じ入るべきなのだろうか。否、誇るべきなのだろう。それは、僕の全うさを意味する。


祖国をボロボロにする才能が乏しいのだ。僕は士大夫としては誇りと共に受け止めよう。この辺、根本的に善なる士大夫である僕には限界があるのだとしか思えない。糞父上が、僕のことを誤解しなければ『どうして緊朝を焼き払うことがあろうか? いや、あるまい!』である。


ともあれ、今はお水をぐーるぐると回すばかりだ。


暫くすると火をガンガンつけて、もうしばらくするとそれを対岸からお弁当でも使いながら見学すればいいのだが……今が、一番、手と足を動かす時期なのだろう。


僕の見るところ、この調子であれば天下はまず三分割される。覇者なき中つ国をどうするかは……まぁ、僕ではなく新しい覇者の仕事だろう。僕の仕事は、覇者の傍で軍師的安全保障をきちんと達成すること以外の何物でもない。


そういう訳で、今後のためにも『緊朝の黄昏』をこの目で見ておくことに意味がある。


中央に向かう道中の旅路は、実に楽しい限り。

なにしろ、街道が整備されている風景を傍目に見ながらの関所通過。


道中、関所を守る兵士らの数を数えるだけでも大忙し。蓮氏族の騎兵に任せたいところなのだが、蓮氏族の兵士は『兵士とは一人である』という基本的な数え方しかできないのだ。


……必要なのは、兵士とは『部隊として、何人分の戦力か』という数え方ができる輩なのだが。


蓮氏族のように、遊牧民であれば一人が一人の戦士たりえる。だが、農耕民族では戦闘訓練を受けている兵士と、そうでない兵士の差が巨大すぎるのだ。


槍を持って立っているだけの一人と、袁瑞将軍の率いる部曲の歴戦兵一人はたぶん、兵士としての数え方を変えねばならない。


無能は、頭数を数える。真の専門家は、中身こそを数えるのだ。


「やっぱ、関の兵は減ってないよなぁ……」


僕のは独り言なのだが、傍で馬を並べている遊牧民が不思議そうな顔で口を挟む。


「単の兄貴? 当たり前じゃないんですか?」


「何が?」


「いや、兵隊を減らしていないってことじゃないんですかねぇ。だって、関ですよね?」


「うん、そうその通りです。兵隊を関においておくっていうのは、脅威が存在しているっていう認識があればこそですよね」


これで、僕の計略を緊朝が疑うなり、看破しているなりであれば……関に兵士を配置しているというのは『正しい』。


けれども、それでは矛盾するのだ。

僕は確かに『関の兵』は『減ってない』と語ったが、それ以外については別の見方を持っていたりするのである。


具体的には、通行の手続きを行う文官共だ。


戦時を想定するのであれば、緊朝に限らず農耕社会では『組織』の骨となる文官なくしては兵糧一つとっても手配がままならない。


……冗官整理で、まさか、削ったのだろうか。


「いや、いくら何でもないか」


だって、それは『冗官』じゃない。皇帝陛下が削るのは、無駄な官。つまりは、お偉いさんだ。旧敵国の王族と宰相と緊朝王族とその宰相を同一の領域に『共存』させ、そのための王府を二つ並置し、更に実務を担う王朝官僚群の郡県朝を別に置くシステムこそが無駄というやつだろう。


正直、在地の兵力を温存しつつ、要衝要衝は確実に中央が統制するという開祖・太祖の枠組みで大司馬の制度は緊朝が天下を取るに足るだけの組織力を提供している。


これを削るなんて、それこそ、反乱を誘発するが如き愚行中の愚行。まぁ、あり得ない話さと僕は哂う。


だって、境界防衛のために必要な兵士は残しながらも、その兵士を支えるための大黒柱たる文民組織を解体するなんて……どんな軍師だって、敵にこんな動きを取らせるのは不可能だと断言できる。


整理するなら、それこそ並立している王府だ、官府だ、令外官といった連中だろう。


「その割には、僕のように北夷校尉なんて新設するからなぁ……。冗官整理の勅は、流石に形だけか?」


この時、僕は知らなかったのだ。


……否、僕は英邁過ぎたのだ。


まさか、と僕の過ちを認めよう。僕は、他人が僕の三分の一程度は知性があると誤解していた。予断だった、と反省するにやぶさかではない。


糞父上の如き、愚昧な連中。あんな連中が、一つまみどころか。……王朝中に跋扈していたのだ、という事実を僕は知っていた。けれども……知っているのと、本当に理解しているのは別物だと認めなければならない。


どうして、とは問うまい。


ただ、僕の『期待以上』に士大夫層はどうしようもなかったのだ、と弁解させていただければ幸いだ。


更新三年の春、都へ向かう道中で僕は知る。


……緊朝が南方で、『農民反乱』が勃発したという知らせを。いや、即座に鎮圧されたらしいですけどね。


流石に、腐っても鯛。緊朝が現地軍は、ぼこぼこに農民反乱軍を撃砕粉砕だったとか。


とはいえ、とはいえ、火花は散ったわけで愉快痛快でもある。幸先が良すぎて、僕は本当に笑うしかない。


燻る火種は十分! きっと、少し油を注ぐだけで、ほど良くお料理ができることだろう。僕の包丁さばきも、何れ、出番があるに違いなし。



全く、腕がなって仕方ない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る