第六章 輔国大将軍府北庵義従

第41話 石峻、故郷へ向かう

拝啓、親愛なる故郷の糞父上様。お元気ですか、まだ、生きていますか?


そんなことを想うのは、貴方の愚息です。ああ、謙遜が過ぎました。もっとも出来が良かった三男坊、石峻です。


ああ、思えば随分と久しぶりに糞父上の事を考えます。廃嫡された愚兄はどうしていますでしょうか。父上に似ていた次男坊ということもあり、父上が『兄弟間で待遇差をつけない』ように努力した結果、無事に増長した例の兄上。


ホント、救いのない話ですよね。長兄は良い人だっただけに、僕も残念です。ああ、そうだ、忘れる前に。


『今、会いにゆきます』


ぽくり、ぽくり、と馬の蹄が道を進む音に紛れて南進する僕らは総勢1000騎。ちなみに、誤解しないでほしい。別に緊朝を侵略するとか、僕が直接に放火するとか、どこかを略奪するとか、そういう予定は一切ございません。


なにしろ、僕らは『官軍』なのだから。

士大夫中の士大夫である僕の名誉と尊厳にかけて誓うならば、騙りではなし。

正真正銘、歴とした緊朝官軍なのである。


号して、輔国大将軍府北庵義従!


全ての馬を白馬で揃えし、精強な蓮氏族の遊牧騎馬戦士集団である。ちなみに、僕も官軍の校尉様である。輔国大将軍府に属する北夷校尉単石だ。


北庵公こと蓮大人が、偉大な緊朝のお役に立ちたいということで、袁瑞大将軍に私淑させている義を知る義従……ということになっている僕の手駒である。


袁瑞将軍は、僕らに白馬義従とかいう名前をつけたかったらしいが、そんな負けそうな名前は丁重にお断りしておいた。僕は軍師であるからして、当然、吉兆も占えるのだ。


僕の見立てでは、白馬義従だと強そうな感じなのだが、どうにも軍師の罠に嵌ってしまう未来が見えたのだ。勿論、僕ほどの士大夫になれば敵軍師の罠とて食い破れるが……君子危うきに近寄らずである。


かくして、蓮大人の公式官位である北庵公由来の義従ということで、北庵義従を名乗った僕と1000騎は緊朝の天徳を慕って軍事奉仕に赴くのである!


という建前だ。


実際のところは、袁瑞将軍を『北から動けなく』しておいて、その間に震旦情勢をキッチリとこの目でしかと確認することにある。


火付け前には、ちゃんと確認が必要だからね。これは、他の人には任せられない。中々難しいが、自分でやるしかないのだ。


大事を共に語れる友が欲しいところなのだが……蓮大人といい、レンさんといい、遊牧社会の人々は戦士としてはともかく、焔という芸術に対する理解は通り一遍なので難しい。


ちなみに、僕の今の格好は……遊牧民スタイルだ。


竹林の賢者となるべき僕としては甚だ遺憾なのだが、胡服を纏い、遊牧民の格好をしている。さもないと、貴公子石峻としてのオーラで身元が暴かれかねないのでやむを得ないだろうが。


とはいえ、幸か不幸か北夷校尉なんて『僕の顔を見知っている連中』に比べれば属僚の属僚の更に下の官位。羈縻政策の一環で、名目的に官軍に組み込まれた遊牧民の一校尉なんて、わざわざ誰も確認しない。


おかげて、草原に転じた元震旦の民を装えば問題なし。道中の関所は、袁瑞将軍の官符一枚で全て正面から堂々と通過だ。


輔国大将軍、万々歳ってね。なにしろ、道中、駅できちんと歓待迄受けられるとくればさながら安楽旅行。かつて北を目指すときはこの僕が泥を啜って山賊狩りをしたものだが……南進は楽でいい。


全く、持つべきものは権力を持つ『御神輿』ってやつだ。






輔国大将軍府が居宅。その日、いつものように叔父と談笑していた『彼女』はふとしたことから言葉を詰まらせる。


「叔父上、今、なんと?」


「ん? だから、最近は宮中雀を黙らせるために手配りが忙しいと……」


「違います、その前! その前です!」


「前? あ、ああ、例の義従を南に送ったという件か」


何か、『彼女』が口を挟む前に袁瑞将軍は先回りして語る。


「断っておくが、連中が裏切るとか、暴れるとかそういう可能性は入念に検討した。ハッキリ言っておくが……むしろ、あれは踏み絵だぞ」


義従、私的な部曲に近い兵力集団。


差し出せ、というのは一つの忠誠確認だろう。


実際のところ、たかだか1000騎の騎兵。小さくはないないが、しかし、軍事的にはたかが知れている。軍事の専門家である袁瑞将軍としては、何一つ問題がないと確信できるほどだ。


「禁軍一軍で5000。質が同等だとしても、1000程度ではな」


案じるな、とばかりに袁瑞将軍は笑ってみせる。なお、それに比例するように『彼女』の表情は険しくなっていくばかりなのだが。


「第一、戦力と言うよりは……物見だろう。指揮官などは遊牧民かも疑わしい。北庵公が飼っている元中つ国の亡命者か逃散者と見た」


「緊朝の流儀につうじたものを?」


ぴくり、と。


彼女は眉を動かし、露骨に顔を顰める。まぁ、確かに、と袁瑞将軍は『彼女』の疑念を自分なりに理解する。


『宮中礼法を心得てはいるか』という点では、校尉に任じた例の指揮官に期待するのも酷だろうが……。


「まぁ、限度はあろうがな。とはいえ、そういう人物を指揮官に据える時点で『服属』を一応は守る意思があるという証明だ。こちらに関心があり、探るということは……当面にせよことを荒立てたくはないのだろう」


蓮氏族にしてみれば、なるべく礼儀正しくやっていこうという姿勢なのだろう。輔国大将軍として、袁瑞はそれを飲んだ。


別段、何一つおかしな話ではない。1000騎ということは、大方、中原の情勢を探るとかもやるのだろうが……『陛下の治世』を良く彼らが見れば、おのずと北方も静まるだろう。


良いことだ、と袁瑞将軍は信じている。


「叔父上、叔父上は本当に乙女心を知らぬお方ですね」


「何?」


「どうして、せめて、私に一目でも見せていただけなかったのですか!」


震える『彼女』の抗議に対し、袁瑞将軍は少し戸惑いつつ対案を出す。


「なんだ、気晴らしに見たかったのか? いいとも、次の交代期が一年後だ。随分と先になってしまうが、その時には必ず、出立する連中の馬揃えを見学できるように……」


「叔父上の、馬鹿っ! 唐変木のわからずや!」



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