第40話 帝、民を想い勅を下す

皇帝陛下は、民の負担に心を痛めるお優しいお方でした。

先帝、太祖陛下がその気質を愛おしんだ由縁です。

そして、開祖陛下が大いに危ぶんだ部分でもありました。


なにしろ、彼は『善良』だったのです。


これでも、名門の当主であれば……『幸せ』な一生を送ることができたかもしれません。身を修め、道理を貴び、高貴な血柄としての義務を忘れない人生。


世が世でなければ、きっと、彼は本当に良い『士大夫』たれたことでしょう。不幸なことに、彼の職業は『天子』でした。


これで、責任感も軽い人物であれば……まだしも。


即位し、三年目にもなれば朝議の席にも慣れ親しみ、かつ袁瑞という忠臣の貢献も相まって皇帝陛下には『親政』への自信が湧いてくるものでした。


そして、太祖陛下が愛するだけにあって……『地頭』は決して悪いお方ではありません。


なればこそ、皇帝陛下は『民の負担』ということに深い関心をお持ちでした。生まれながらの皇族ともなれば、権力に責任感が伴うということを自覚し、かつ、積極的に引き受ける気概と心構えを持っています。


天より、人民を委ねられたという天命の自覚。これが天子の天子たる由縁。己の責務を果たさねばならない。


だからこそ、彼は『下々の負担』を軽んじるためには税を省くことが大切であることを知っています。


周囲が『ぼんくら』であることを期待した今上は、この点で……『彼女』や袁瑞を別にすれば誰一人として想像もできない美徳の持ち主だったのです。


善にして、聡明。なにより、真に博愛を知る仁の人。


だからこそ、彼は、悪意なく『下々の負担軽減』を朝議で押し進めていきます。


更新3年の春、皇帝は勅令を下します。


曰く、『民力休養』、『冗官整理』、『治山治水』。


この勅令を聞いたとき、輔国大将軍袁瑞は歓喜のあまり万歳を叫びました。


『彼女』は平和の果実が十分に実るであろうことを想い、心から素敵な笑顔を浮かべました。





最後に、単軍師こと僕は……『陛下』の気質を見誤っていたことを天に詫びていました。いや、ほんと、これは考えていなかったなぁって。


「緊朝、割と良君に恵まれるっていうか……うーん、すごいな」


正直、ここまで『まとも』だっていう時点で驚きだ。


宮中から漏れて聞こえてくる噂からして、酷いものがなかっただけに……多少はマトモかと想定していたけれども、これほどマトモとなるとちょっと困る。


いや、僕個人としては全く陛下に含むところがないわけで。こういう類の人間を苦しめるっていうのは、本当に心苦しい。だけど、陛下の資質は平和にとって『最悪の存在』としか言いようがないのだ。


「暗君であれば……天下三分の計も失敗したかもしれない。だけど、こうも英邁な資質を見せる?」


そりゃ、ダメですよ、陛下。


三公を輩出する名門石家の生まれとはいえ、僕は三男坊だったから『持たざる側』の渇望も知っているんですよ。


『民力休養』は、きっと民の評判はいいでしょう。でも、それはつまり、民の富に依存しなければいけない大多数の官吏からは『憎悪』の念を抱かれてしまう。


『冗官整理』なんて、軍師たちが辛うじて降伏させた旧敵国の人心を露骨に刺激すること甚だしい暴挙。勿論、『無駄な役人による過酷な搾取』を減らそうという意味では……仁なんだろうけど。


でも、それは、最悪の方法だ。


だって、既得権益を取り上げるってこと。


間違っても、即位したばかりの天子が行える『次元』を越えてしまっている。民を酷使できず、しかも余剰だったり重複している官吏を整理だ。官界に走る激震、想像するだけで愉悦がたぎる。


挙句に、『治山治水』とくればもう笑うしかないだろう。民力を酷使せず、役職を整理し、そして民のために出費。


宮中雀が、どれだけ壊れることか。


きっと、この『治山治水』案件で大量の汚職が生まれることだろう。だって、官僚機構の各閥は失った既得権益の補てんをどこかに求めなければならず、唯一自由になりそうな利権はここだけなのだから。


さて、問題。


己の意気込む新政策で、官僚共が腐敗・汚職したとなった時、真っ当な天子と官僚はどんな関係になるでしょう。


僕は答えを知っている。青史曰く、火の試練、である。


これは、驚くしかない。


だって、僕がまいたのはあくまでも種火。


僕が種をまき、素敵な欲深い士大夫たちが油を注ぐことで焔が起こるものだと僕は期待していたのに。


現実ってやつは、想像以上。


なんと、僕が蒔いた火種の上に、天子自ら油を注がれるわけだ。士大夫だって、負けずと油をどしどし放り込んでくれることだろう。


思えば、緊朝は開祖の火によって打ち立てられた王朝である。


きっと、この天朝は……よく燃える様にできているんだろう。それが、天命ってやつに違いない。


「僕のやるべきことも、きっと、定まっているんだなぁ」


僕を迫害する祖国を焼くつもりだった。それは、必要に迫られての行動だ。僕としては、生き延びるための緊急避難というべきそれ。


別段、含むところは何一つ他にないのだから。でも、覇者たる祖国の天命が『焔』だった。これはもう、焼くのは僕の意志の問題ではない。きっと、天が求めるのだ。


天が望むのであれば、僕は、士大夫としてなすべきをなすだけ。残念だが、お綺麗な陛下にはお綺麗な火葬を贈呈せねばなるまい。これも天命だ。


天は、なんと、残酷なんだろうか。

涙が途切れないよ、ホント。

なにしろ……僕はただ、己の義務を果たすしかないのだから。

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