第35話 石峻、平和を味わう


関市の開催日に合わせ、僕はたっぷりと秋の恵みを喰らって育った軍馬ら……ではなく、あまり調教されていない農耕馬を沢山抱えながら北部の居住地を歴訪していた。


一応、育てるのは蓮氏族の部族民に委託していたが……僕個人の貴重な財産だ。


とはいえ護衛として、レンさんの手勢を借りているので襲ってくる強盗が居ても大丈夫。まぁ、軍隊とか出てこない限りはだが。


この点、輔国大将軍万歳だ。


ご苦労にも、きちんと兵士を巡察させているし、大規模な部隊単位ので脱走を許していない。ほんと、袁瑞将軍ってのはこの辺で治国の才能に恵まれている。


下手な将だと、平和で帰郷を望む兵隊を扱い損ね、大発火するのに……対策がばっちり。帰郷を希望する王師の兵は、返している。それも、結構神経を使ったやり方で。


間抜けは従軍歴に応じて機械的に帰郷させるが、ここ北部のやり方は『出身地』ごとに帰郷だ。ご丁寧にも、従軍歴に加えて遠方の集団ほど早めに返している。


気心の知れた集団を、まとまって、着実に問題を起こさずに帰らせるという手法。


おまけに、こちらに馴染みや家族ができた兵士には北部諸州での定住地開墾を支援。

呆れたことに、なんと当分は兵役に伴う恩賞と称して一切の課税を免除の上で、『帰郷用の旅費』相当ながら生活費を支給。


おかげで、兵士たちは第二の人生を比較的摩擦を避けながら企図することができている。

輔国大将軍という地位にあるならば、当然の知性だろう。こういうのがいるから、僕だって何も天下三分の計なんて考える必要があるのだし仕方ない。


「ただ、これは……袁家だからできることだ」


たぶん、費用の大半は袁瑞閣下の懐から出ている。補填のめどもないだろう。持ち出しが殆どに違いない。


部曲の兵が3万。流民や王師7軍の将来に必要な経費を払える資力。いやはや、宮中雀でなくとも袁瑞将軍というのは『国家の中の国家』足りえる要素を存分にお持ちだ。


勿論、僕は袁瑞将軍という人物を調べれば調べるほどに義理堅いことを見抜いた。彼は、裏切りと死であれば、己の死を従容として受け入れる。


士大夫と言っていい。僕なんかも士大夫だが、僕のような士大夫を失うのは天の損失なので袁瑞将軍流の真似はできないが。




とこ、とこ、と馬と護衛を連れて道を歩くたびに『帰郷していく兵士』の一団を見るのにもすっかり慣れてしまった。


秋は空も情緒を帯びているようだし、収穫前の実りが豊かな畑を見るのも中々楽しい。

軍縮というのは、本当に大したものだ。

刈り入れを急ぐのではなく、育つまで待つということができるだけで『変化』を感じられるのだから。


なにより、収穫以外でも人々が働いているのが見えるのは感激的だ。

北夷が服属し、国境が安全になると分かった瞬間、一気に『開墾』や『流民定住』というへ在地の豪族らが乗り出している証拠というわけである。


「やっぱり、駄馬の方が売れ行きはいいわけだなぁ。軍馬のお得意様は、当分、袁瑞閣下のところと禁軍様々か」


財布が有限である以上、在地権力者らが何に出費するかは彼らの優先順位を明確に物語る。


これまであれば、軍馬を求めた。戦争に行くならば、よく調教された戦闘用の軍馬でなければダメだから。けれども、遊牧民が手塩にかけた軍馬と言うのは『ぼったくり価格で買い叩いても』なお高い代物。


早い話が、軍馬を購入するというのは戦を念頭に置けばこそ。流石に、長い戦争を経験しているだけに用心深い豪族らは軍馬と駄馬を半々で買うが……気の早いのは農耕用以外はいらないとまで仰るほどに気が早い。


豪族層、騎士階級が歩兵化してくれる……とまで願うのは流石に願望が過ぎる。だけれども、僕は願うのだ。


どうか、この平和を満喫してほしい、と。


どうか、失うには大切すぎるものを沢山持ってほしい、と。


そうして、願わくば、『豊か』になってほしい、と。

目に余る富こそが、僕の願い。

人々が豊かになるということは、それだけで素晴らしいことなのだから。


「富、蓄積、そして……いや、ここからは願望だとも思うんだけど」


平和というのは、素晴らしいことが多い。

取り分け、富が生み出されるのは最高だ。

きっと、間違いなく『誰もが富を求める』ことだろう。


浮いた軍事費の分配を、公正公平に誰が行えるだろうか?

朝廷の宮中雀が、きちんと地方の実情に合わせて予算を割り振れるだろうか?

即位して2年目の三代目様は、おっきな建築物をつくりたいという衝動に抗えるだろうか?


「三つが三つ、そろって問題なしになることなどありえない。まぁ、ただ人の身ではどれがどうなるか……とは中々断言しがたいけど」


でも、だからこそ分かる。

皆が皆、平和を喜んでいるのが肌で感じられるからこそ、僕は確信できる。


「胡蝶の夢だと知った時、彼らはどうするだろうか」


この幸せな日々の夢は、本来は薬なのだろう。でも、度を過ぎて夢を飲めば……猛烈な毒となりうるのだ。


誰もが、さぞかし幸せな気持ちだろう。

それこそ、官吏だってそうだ。

税収を思えば、今後は遥かに良い展望だ。


僕が思うに、来年や再来年程度で顕著に増収とはいかないのだろうが……数年も掛ければ、郡県体制が施行され、定住者を戸籍に編入して租庸調を取りたい放題。


当然、官吏の席もこれまで以上に増える。


北部は、依然として袁瑞将軍の権勢が強いが……緊朝の中央部にいけばいくほど、戦時体制の解除へ突き進んでいくことだろう。


きっと、慎重な袁瑞将軍よりも遥かに性急にやる。

ヘマもたくさんあることだろう。燻る火種だ。大きく育てていきたい。全ては、この移行期に掛かっているのだ。


ああ、この平和に伴う『転換』がもっと早くあちこちで起こればいいのに。


「平和だなぁ、ほんと、実に素晴らしい」


きっと、綺麗に燃えてくれる。

もうちょっとの辛抱だ。

そうすれば、僕も大手を振って京師で安眠できるのだから。

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