第36話 石峻、そは、平和の守護者

平和は、尊い。


議論の余地なく、おおよそ、人臣の誰もが同意できる稀有な事柄だろう。

破られるその日まで、僕らは平和を守り、活用し、為すべきことの準備をしなければならない。


僕はこそは、石峻。誰も知らぬところで蓮氏族服属という形の平和を生み出せし陰の立役者だ。単軍師と称して世を忍べども、僕こそは平和を擁護する士大夫の中の士大夫でもある。


僕のための平和というのは、不断の努力なくして仮初の平穏すら保ち得ない。

だからこそ、僕は護るべきモノのために戦う必要があった。

具体的にいうと、平和への脅威を倒す。ただ、それに尽きるだろう。




そういう訳で、僕は『暴徒』を集めようと北部の諸都市で頑張っておいた。

目標はもちろん、秩序安寧のために資すること。ただ、それだけである。


「思ったよりも集まらなかった。或いは、袁瑞将軍の治世でもこれだけ暴徒があつまるというべきなんだろうけど」


これで、『暴徒の種』がゼロなら僕も塞外に逃げる。祖国を焼くことを諦め、天下三分の計にも実現味がないと認めた事だろう。


幸か不幸か、結果的に集まるには集まった……100人程度の屑共が。


ハッキリいってしまえば、袁瑞将軍の巡邏兵が居なければ今すぐにでも略奪を街道で始めそうな連中を抜粋した精鋭である。


……悪い意味での精鋭だが、それはともかく、だが、付け火ぐらいは簡単だ。


素人だって、酒を飲まし、ちょっと欲を煽ってやれば……使い捨ての兵士ぐらいにはなるもんである。悪の心を宿した連中で、邪悪な軍師を討ち果たすのだとすれば、これは立派な軍師的策略である。


二虎競食の計とは言ったものだ。


まぁ、この手駒共を虎といえるほど立派かと言うと甚だしく疑わしいが。そんな屑札で何をやるかといえば……決まっている。


襲撃以外にありえないし、目標は変態以外の何を狙うというのだ。


僕は今、かりそめの平和を守るために行動する。

間違っても、無辜の民を巻き添えなど許されはしない。

なにしろ、平和のためである。


平和な世界に変態の居場所などあるわけがない。

この平和は僕のものだ。間違っても、暗躍する変態軍師何ぞ放置していては準備が整わないうちに平和を破られてしまうではないか!


ただでさえ、軍師的に考えれば自分以外の軍師というのは殺すべき邪悪である。

震旦の安寧と秩序を思えば、やれるときにやっておく。

これも、世のため人のために士大夫として行っておくべき義務だろう。


「……短いかもしれない。だけど、平和を今揺るがしうる変態を放置することは絶対にダメだ」


使命感と共に、僕は呟く。


手塩にかけ、ようやくもぎ取った結果なのだ。好き勝手に壊されてしまうことがないように、最善を尽くしてまどろみに中つ国が眠るよう努めなければならない。


だから、だから、平和のために。

あの変態を、サクッと襲っておく。


そのためにかき集めたのは、袁瑞将軍の軍縮で……『居場所がなくなった暴徒の種』たち。暴徒の種と邪悪な軍師の戦いって響きは、美しい何かがある。焔が混じれば、素材の悪さをごまかす芸術的美しさすら期待し得る!


そこで、僕はしかし襲撃命令を堕すべきかと少し迷う。


いや、別に、成功するかしないかとかじゃない。そんなことは重要じゃない。というか、殺害に成功でもしたらびっくりする。


だって、袁瑞将軍の居城を襲うのだ。100人ぽっちで仕留められるのであれば、世の策謀家らも苦労はいらないだろう。なにしろ悪辣とはいえ暴徒に過ぎない襲撃者に対し、迎え撃つのは完全武装の部曲。


当直の兵だけでも十二分に対応できるとみていい。余裕過ぎて、ひょっとすると襲撃の事実そのものさえ気が付かないかもしれないほどだ。


勝負なのは使い捨て100人がどれぐらい生きて逃げられるか。その後に袁瑞将軍と『彼女』がどんな反応を示すかも要注目だろう。


要するに、ちょっとした挨拶程度の殴り込みである。


ほんと、道端でこんにちはと挨拶を交換するような手軽なアプローチ。


真面目に殺すつもりだったら、従者か料理人かに渡りをつけている。軍師暗殺術の基本は、さっくりと目標を殺すことにあるのだ。


人を集めて、殴り込みなんて、むしろ殺意が低い方と言ってもいい。


でも、だから、心肺がドキドキするぐらい心配なんだ。

これ、誤解されないかなぁと僕はずっと迷うのだ。

なにしろ、『彼女』には手紙やら何やらでずっと翻弄されている。


僕のように純情な士大夫では、変態の相手は厳しいのだ。


「普通であれば、敵も動きが慎重になる。でも、相手は変態だ。ひょっとすると、挨拶されたことを逆手に取ってくるか?」


軍師ならば、そのぐらいする。そして北蓮会戦を思い出せば、なんというか正統派軍師的アプローチを『彼女』は選んでいた。


変態だけれども、常識を知っている『彼女』のことが、僕はわからない。


「……威力偵察だな。これは」


敵を知らねば、戦いもできない。そのための材料は、いくらあっても困ることはないだろう。まして、平和だからこそ巡ってくる絶好の機会なのだ。

この機会を逃してしまっては、どうにもならない。


どうしても、気にはなるのだ。

あの『彼女』がどんな反応を示すのか。

こちらが示す一手に対し、『彼女』はどう応じてくれるのか。


どうせ、襲撃者は官軍に取っ捕まるか、切り伏せられるかだろうけど……反応とその後を観察する分には十分だろう。


「……恋文と思って、投げてみるか」


始めなければ、始まらないのだから。

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