第4話 石峻、暴利と侮蔑を嘆く

天朝の辺境、辺境の辺境、最北端の地。

中つ国の中央から遥かに離れた地。

要するには、国家権力の届かない端っこの方。


護衛も兼ねたレンさんとその部下らと共に目指した町は、至極平穏だった。

道のりについていえば、本当に楽としかえいない。

でも、護衛が無駄とは考えちゃだめだ。


盗賊だって、完全武装した騎馬民族集団を襲うかどうかくらいの頭はあるもんね。

軍師一人で旅をしていたというか、逃げているときは大変だった。

山賊は悉く吊るすべきだと思う。ついでに、賊を取り締まれない尉も吊るすべき。


まぁ、全部焼けば同じか。

閑話休題。


ぽくぽくと馬の蹄が高らかになるように、ここの地面はきちんと固められている。

理由は、至極単純。行政文書で言うところの関市、つまり茶馬市場が設けられた国境の街なのだ。


「おお、見えてきましたね」


「単の兄貴、ここは初めてですか?」


護衛の騎兵に僕は素直に頷く。

お尋ね者だったころ、こんな町は避けていたからだ。

まぁ、遊牧民に混じって彼らの格好をしている今であれば目立たないのでOKだが。


なにせ、往来が激しい。単純化すれば、遊牧民族はここで大量の軍馬を売り捌く。

で、緊朝は大量の軍馬で武備を整えつつ代金として絹やらお茶やらをばらまく。

そりゃあ人も大量に行き交うわけだ。


ちなみに、絹は嗜好品だが茶葉は生活必需品だったりするのだ。

理由はよくわからないが、なにせ北方の風土病は茶葉でのみ予防できる。

信じられないかもしれないが、これは本当のことだ。


つまり、茶を飲み、酒を喰らい、饅頭を齧る士大夫的生活が大正義。


かくして北方の貿易都市は結構な繁盛をしている。

つい先日、節度使王林都督率いる現地軍をさっくり遊牧民が処理したとても例外はない。

むしろ、逆だ。かえって繁盛し始めている。


ぽくぽくと馬を流しながら、僕はゆっくりと市況を読む。

察するに……いや、だが、これは?


「うーん、やっぱり、軍馬の需要がすごいんですが……なんか、思ったより安くないですか、これ」


「そりゃ、そうだろ」


「はぁ? それはまた……」


思わずレンさんに相談したところ、あっけらかんとしたお返事。


「蓮以外の諸氏族も売りに来ている。ほら、あそこだ」


指さされて先を見ても、残念なことに軍師眼では策謀こそ読み取れても遠距離は見えないんですよね。

遊牧民と高等遊民士大夫には、この点で越えられない差異があるらしい。


「ただ、思った以上に多いな。これ、思ったほど値段が上がらないかもしれない」


レンさんの言葉に、僕は素直に頷く。

頷きつつ、僕はゆっくりと手元の書簡に眼を向けていた。


内容は、王林都督の遺骸を返却したいという申し出。

顔役を経由して、この種の書状を緊朝出先機関とやり取りする予定だったが……。

僕は少し考える。


思うに、討伐軍というのは『部外者』だ。

都からやってくる連中、どんな連中かはさておくとして。

こういう富と権勢のある辺境に、中央の兵隊!


単に情報を引き出すというだけなのは、やはり勿体ない。

強大な辺境都市と、強大な討伐軍が合力すれば僕の仕事が増える。

逆に、力と力を分裂させれば非力な僕の力でもちょちょいのちょい。


これぞ、二虎競食の計。


性格の悪い三代前の軍師が大得意としていた敵を分裂させる基本策だ。

僕みたいな善良な士大夫には想像だにしえぬ手法である。

不幸なことに三公を輩出する名門石家のご当主様が僕にそれを学べと仰った次第だから、僕は悪くない。


ところで、困ったことに僕の御茶代となる馬の値段が上がらないのはどうしようか。


「取りあえず、馬を売りに行きましょう。茶葉の見極めは、私がやります」



結論から言えば、失望ものだった。


茶馬貿易の茶商人どもは狸だ。

こっちが茶葉の良し悪しをあまり見抜けないと見込んで吹っ掛ける。

茶を扱うのに、なんという非道。


対する、こっちの遊牧民も遊牧民だ。

相手が馬の質を見極められないと見込んでのふっかけ。

駄馬と屑茶の押し付け合い。


信義が欠けるやり取りとは、正しくこのことだろう。

士大夫たる心の僕は、大いに嘆くしかなかった。

利殖は、もちろん、士大夫の汲々とするべきところではない。


けれども、天命のない取引等、どうして許されよう。


うーんと背伸びし、ついでに酷いやり取りに疲れた頭を僕は揉む。


「単、商談が終わったぞ。例の手紙も、家の奴が手配した。……そろそろ、引き揚げるか?」


レンさんが気遣うような視線を向けてくれるが……ちょっとばかり僕は迷っていたのだ。

黒でも白でも、この場合はどっちでもいい。

けれども、現地の人に意見を聞くのが正しいのだろう。


「レンさん、一つ良いですか」


「ええ、単。なんでもきいて頂戴な」


「今日の貿易、あれ、いつもの感じですか? 馬の持ち込みが増えたから、とかではなくて」


「ああ、あれか……。お互い様だろ? 向こうも適当だし、こっちも適当だ。まぁ、単の軍馬は良い値段で売れたと思うけど」


そう、僕の馬はまぁまぁの値段で売れた。

ただ、代価の茶葉は僕に言わせれば『二級品』だが。

京域では、マトモな店にはとても並べられまい。


これでも、マトモな方の取引だというのだから関市の本質が見て取れる。

市場を装った衝突回避装置としては、ガタが来ているのだろう。

清く正しい士大夫としての僕は、ここに、勝利の臭いを嗅ぎつける。


ここに、乱の芳香が充満しているのだ。

遠方からの遠征軍がいつ到着するかは知らないが、おいおい、知らせは入るだろう。

とどのつまり、今、軍事力が空白という事実こそが最高なのだ。


結論、今しかない。


ぽん、と膝を打ち僕は決意を固める。

幸いなことに、今日は使える手勢もいっぱいだ。

勿論、士大夫としては非道かもしれない。


けれども、考えてみれば……天朝曰く、僕は軍師だ。

つまり、覇者の国においてはそう定められた。

じゃあ、軍師らしいことも、やっていいじゃないかな。


「よし、決めました」


「何を?」


決まっているじゃないですか、と僕はレンさんに微笑む。


「焼き払いましょう。此処を、今すぐに」

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