第20話 彼女の変態
鏡の中の私は、きっと、ただのお人形。
綺麗な顔。綺麗な器。
でも、中身はどこに?
生きているという実感のない日々。
退屈で、単色で、焼き払いたい毎日。
惰性に身を任せ、鳥籠を呪うだけの日々。
わが身を繭にくるみ、蛹となっての沈黙。
楽しさもなく、ただ、安穏とした怠惰に沈むだけ。
でも、その先にこんな喜びがあるなんて。
「ああ、素敵。なんて、素敵」
胸躍り、声弾むこの瞬間がどうしようもなく愛おしい。
殻に籠っていた自分が、殻を破って外に飛び出すかのような解放感。
地図を読む。
図面を読む。
書簡を読む。
ただ、ただ、情報を貪り喰らう快感。
喰らうた先にある『玉』を見つけた瞬間の多幸感。
吐息すら色を帯びるほど、堪らなく愛おしい。
「みつけました」
ずっと隠れて姿をみせてくれないあなた。
血潮を飲んでみたい、愛しいうめき声を聞かせてほしいあなた。
自分自身が生きているのだと実感させてくれるあなた。
あなたという軍師の影を、私は、みつけました。
「みつけてしまいました。ふふふ、なんだか、かくれんぼみたいですね」
昔、昔。まだ、おじい様の元で学ぶ前。
仄かな記憶が語るのは、女官らが語っていた遊びの一つ。
戯れに誰かが隠れ、愛を語らうかくれんぼ。
ああ、あなたも、隠れているのですね。
私を誘うことなく、叔父上とだけ向き合って。
仲間外れにされるなんて、なんて酷いお方。
「もう、これは、悪戯するしかありませんね?」
恋する乙女のように呟きつつ、彼女の嫋やかな指は執事2名が血反吐を吐く勢いで分類し続け、彼女の机に積み上げられている書簡をそっと撫でる。
憐と呼ばれる彼らの正しい表記は蓮氏族。
近年、急速に勢力を拡大中。ただ、多くの場合、緊朝の官吏はその動向に『違和感』を覚えたという報告を書いていない。
理由は頗る単純で、『よくある遊牧民同士の抗争』なのだ。
一見する限りにおいて、と言うべきだろうが。
「……軍師さん、軍師さん、あなたはかくれんぼが大好きなんですね」
自分の影すら見せまいとする『断固たる意志』を感じさせる暗躍ぶり。
徹底していることに、蓮氏族の戦術は『徹底して固有の物』から逸脱しない。
無論、草原の戦争は草原の流儀があるのだろう。だけれども……。
「この成功は、急すぎる。そして、蓮氏族は『中つ国』の流儀を熟知しているとしか思えない動きを度々見せた」
王林都督の蒼騎兵を屠った時が典型だ。
初見で、重騎兵の弱点を見破れるだろうか。
なるほど、騎兵戦のプロである遊牧民が戦闘の途中で悟るならばギリギリ分かる。
けれども、最初から重騎兵を屠る手法を実行するのは道理に合わない。
……加えて、王林都督の遺骸を種に北部の都督府をゆする手法!
全くもって、宮中のそれと同じ!
「私自身だったらどうしましたでしょうか? ……蓮氏族側にいたとして考えてみましょうか?」
敵の思考を追い求め、敵のアプローチを追い求め、敵の事だけを考え続ける。
軍師とは、敵に最も恋い焦がれるといっていい。
「似たようなことをしたでしょうね。私も、きっと、そうした」
思考を追って、論理を紡ぐ。
さながら、まるで、睦言を交わすかの如く。
あなたの考えに、私を纏わりつかせていく。
「そうなると……そうですね。貴方は、恥ずかしがり屋さんなんですね?」
蓮氏族にいる軍師が、自己を徹底して裏方役とする以上、『遊牧民』という流儀に擬態し続けることだろう。
敵の戦法とても、その延長に置かれる。
であるならば、その擬態はひとえに『会戦に臨む叔父上の軍隊』を撃滅することを目的とせざるを得ないはずだ。
「……あなたならば、私ならば、どうするでしょうか」
叔父上の精兵、部曲だけで実に3万。
他にやり繰りすれば、まず4万は動かせると敵も読むは必須。
となれば、同数は出してくるだろう。
否、とそこで彼女は小さく頭を振る。
『そんなつまらない相手』じゃない。
戦争という火遊びに勝ちに来る相手。
同数で決戦なんて、軍師なら恥ずかしくて首を吊る。
畢竟、軍師と言うのはいかにマウントを取るか。
「あら?」
彼女は、首をかしげて少し言葉を詰まらせる。
うず、うず、うず。
ちょっとだけ、彼女は考えた末に口元を綻ばせます
「数的優勢を、彼は狙う」
作戦はまだ、知らない。
戦場も、まだわからない。
だけど、性格から戦い方は分かった。
きっと、そうだという確信がある。
だったら、数を集めるはず。
……手足を、増やすということの意味は?
「叔父上に、護境校尉の縁を辿っていただきましょう」
お友達というのは、たくさんいた方がいい。
遊牧民出身者に渡りをつけることができれば……あなたは袋のネズミ。
きっと、素敵な悲鳴を聞かせてくれるはず。
埋伏された毒が、きっと、素敵な働きをしてくれるでしょう!
信じていたお友達に刺される瞬間、あなたは、どんな声を聞かせてくれるのだろう。
そこでふと小さな寂しさを感じて彼女は驚きと共に内面へ向き合い直す
私は、『自分』で、心臓を刺し殺したかった。
「……ああ、そうなんですね」
これは、きっと、羽化。
無目的からの脱却。
私は、私の欲を見つけてしまった。
「一緒に遊んだら、もう、オトモダチといっていいですものね。やっぱり、オトモダチのしゃれこうべは撫でて差し上げたい……」
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