第21話 彼女のような変態

一般的に考えて、士大夫とは礼節を知るものである。

つまり、スーパー貴公子である僕ほどになれば全てが礼に適うといっても過言ではない。

謙虚に認めるしかないのだが、常識的なのである。


さて、夏へ戦気が満々に立ち上る中、僕は蓮大人の天幕で必勝の策を献上する。


分散進撃による劣勢の擬態。

決戦時での迅速集結。

最後は数的優勢を活用し、敵を殲滅!


「つまり、意表を突くことが肝心です」


「予期せぬ機動。予期せぬ展開。……とことん、我々の流儀ということか」


「兵は詭道なりと言いますが、その実、定石から逃れえません」


全くだ、と膝を叩く蓮大人は流石に歴戦のつわもの。

数多の言葉を交わす必要はなく、ほんの少しで意図が通じる。

野に思わぬ人がいるものだとつくづく実感させられてしまう。


「これで、正面衝突か?」


勇ましい発言だが、草原の指導者がそんなに単純でないことぐらいは誰もが知っておくべきだろう。

草原の武人たちは、腹に一物ぐらいは抱えているものである。


違うだろう、という含みある蓮大人の言葉に僕は力強く頷いていた。


「我々は獣ではありません。知恵も、工夫もできる」


袁瑞将軍とその変態な彼女には、鉄槌を下す。

具体的には、軍師的正攻法によってである。

軍師の愛するもの、それ、すなわち、焔である。


「ここは、火計が決め手になるでしょう」


「火か。しかし……草原でとなると」


「はい、工夫が必要です。戦場も入念に選ぶ必要がある。しかし、策をきめられれば? 足の遅い歩兵主体な緊朝軍を火が綺麗に呑み込んでくれることかと」


火計は本当に万能だ。

敵が多かろうが、少なかろうが、例外なくきちんと機能する。

水辺にあってさえ、敵の船を燃やすことは王道中の王道だ。

可燃物に限りがある草原とても、『人』という可燃物があればやれなくはない。


決戦とは、決戦までにどれほどの下準備をするか。いざ決戦になってから全力を出すのは、軍師的に笑うしかない。


軍師が智謀を決戦で振るう等、自分自身が無能と告白するようなもの。軍師は後方でお茶を飲みつつ、酒精を絡めて詩吟しているだけでも勝てる状況での決戦こそ、軍師にとってあるべき真の戦い方である。


「ところで、単軍師。敵の出方はどうみるか?」


「……変態です。間違いなく、我々にとって忌々しいことを実行してくるかと」


戦争の基本とは、人の嫌がることを率先して。

戦乱の時代において、乳児が入念に教わる真理である。

簡単なことで、大事なことだ。


「我々の好きにはさせてくれぬか」


「その通りかと。全く、人の嫌がることが上手な変態です」


往々にして、どうにも誤解する人が多いのが不思議だが……敵の嫌がることを繰り返し、敵の喜ぶことを避ければ勝利も容易い。


だからこそ、変態が喜ぶことを阻止し、変態が嘆くことを僕は選ぶ。

彼女という相手に、僕も懸想している部分があるのは認めよう。

考えるだけも、夜眠れないのだ。彼女を焼いたとき、はじめて僕は寝台で安眠できる。


そのためには、きちんと変態の思考を理解しなければならないのが辛いところだが。

狂人の真似とて大路を走らば、則ち狂人なり。

悲しいことだが、危険な道を僕は走ることになるのかもしれない。


僕としては、士大夫の道を学びたいのだが。

否、士大夫としての道を皆が僕から学んでほしいものだ。


「蓮大人、これに関して……耳障りながらも警告をお許しいただきたい。一つ、はっきりしていることがあります」


「裏切者か?」


既に察しがついていたか、と僕は話が早いことを喜びつつ本題に移る。


「敵の性格は変態的ですが、いかんせん、優秀かと」


つまるところ、レンさんが教えてくれた『常識知らず』という強みだ。

目的のためには、きっと、手段を択ばない反士大夫的素養の持ち主だろう。

そういうのとは、正々堂々殺し合うなんてできない。


「恥と言う言葉を知らぬ手前、何でもありでしょう。手段を選んでくるとは思えません」


「だが、疑心暗鬼となればそれこそ敵の思うつぼだ」


「正しく。しかし、獅子身中の虫は、獅子をも喰らいつくしかねません」


我々が周囲の勢力を糾合し、袁瑞将軍と真っ向からぶつかれば必ず双方に甚大な犠牲がでるだろう。


軍師たるもの、これを『どうにかしよう』と本能的に思うものだ。

僕のように優美で仁義を知るものは、火という清らかな手段を選ぶ。

彼女のように、変態的な軍師はきっと『火遊び』だ。


埋伏の毒を潜ませてくるのは、殆ど必然に近い。


「警護を密に、そして、警戒しつつ諸氏族を受け入れる……これでは、我々は手足を縛りつつ、相手に自らを委ねるが如き結果となりかねません」


「だが、単軍師。その眼には、答えが宿っているようだが」


僕は顔を伏せつつ恐る恐る進言を行う……振りをする。

実際、この策を言わざるを得ないのは僕としても心外である。

ちょっと対外的な士大夫イメージが傷つかないか、とっても心配なのだ。


「まことに。まことに苦渋ではあるのですが」


「単軍師」


「はい」


「本題だけ言うか、自分の天幕に帰って我が娘に纏わりつかれるか、どちらか好きな方を選びたまえ」


えぐい強制的な要望を突き付けられ、客人である僕としては已むに已まれず……という形ながらもそれを切り出す。


「蓮大人、僕らも、変態になりましょう」


「……は?」


「変態には、変態です。僕らも、変態になればいいのです!」

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