第24話 彼女への恋文
戦争に勝利するというのは、いつだって虚しい。
勿論、例外を認めないほど僕は偏狭じゃない。
復讐だとか、敵討だとか、嫌がらせだとか、燃やしてみるとかで、敵を撃ち破るというのはいいものだ。
けれども、文化的士大夫としては無益な流血にはなじめないのである。
そういう訳で、僕は戦勝記念祝宴会から抜け出していた。
ああいうのは、戦場で戦った『顔を売るのが仕事でもある』勇士たちの場だ。
自分の天幕で一服しつつ、士大夫的にお悔やみの手紙を書くのが気質的にあっているというものだろう。
そういう訳で、僕は今は亡き王林都督が遺してくれた墨をすり、王林都督が生前に愛用していたと思しき紙を前に筆を執る。
思えば、先の敗戦でお亡くなりになった王林都督は本当に趣味の良い方だった。こんな僻地でなければ、きっと幸せな老後をあの方も楽しめただろうに。
「やはり、戦争は残酷だ。そういうのは、よくないですねよ」
誰ともなく呟き、僕は心からの哀悼の念を表すべく筆を握りしめる。
本当に、本当に、なんと戦争は残酷なんだろうか。
思い返せば、つい先ほど、戦場跡地を視察したが……本当にひどかった。
もちろん、己の策が導いた結果だというのを僕は否定しない。
どれほどに智謀を振り絞っても、どんなに理屈付けしても、戦場を見れば言い訳はあまりにも無力だ。
胸が痛い。
本当に、本当に心苦しい。
だって、そうじゃないか。
「才能の差を、こうも露骨に死体の数が表してくれますからねぇ」
先の会戦において、蓮氏族の犠牲は微小。散発的な弓矢での応酬後、反転して裏切者をローストするだけの簡単な戦いだった。
後は足の遅い袁瑞将軍の兵隊を置いて一目散に戦場を離脱。
それを敵の軍師が食い止めようとしても、絶対に間に合わない。なにせ、可愛そうにも『彼女の手駒』足りえた周辺競合遊牧民らは全部ロースト済み。
ほんと、最高の結果だと思う。
相手の策のおかげで、蓮氏族は草原における『事実上の覇権』に手が届きうるほど飛躍できるんだ。
ちなみに、全部僕の策のおかげっていうのが最高に気持ちいい。
優勝祝賀会で、僕専用の席を創ろうとする蓮大人はこの辺を本当によく理解している方だ。まぁ……僕を『氏族の一員』に取り込もうとするのは少々頂けないが。
軍師ってのは、僕の仕事に過ぎないんだ。
単なる役目を一生続けろと求められても困る。
なにしろ、僕の本性とは賢者なのである。
竹林で詩吟し、世を嘆き、酒を愛し、飲茶し、そして眠くなったらば寝るという清流の極みを目指すつもりだ。
とはいえ、僕のように優秀な貴公子を蓮大人が中々手放そうという発想にならないのも……分からなくはないし、織り込み済みだ。
だから、こうして、僕は手紙を書いている。
自分を売り込むために。
別に蓮氏族を裏切るわけじゃない。単に、安全を確保したいだけだ。
ちなみに、宛先はもちろん今絶賛話題のあの方。鎮北大将軍、使持節都督にして目下北部で大活躍中の袁瑞将軍その人! である。
悲しいかな、今の僕は単石という世に知られぬ一文人に過ぎない。
問題となるのは、高名な方の元には書簡が殺到しているだろうということにある。
大変心苦しい予想なのだが、ただ手紙を送るだけでは埋没してしまうだろう。
袁瑞将軍その人がどういう性格であれ、全部読んでいる時間がないであろうことぐらいは察しがつくのだ。
いっそ、石峻という本名で出すかとも……考えるだけあり得ない選択肢だが。
そういうわけで、僕は袁瑞将軍の心をぐっと引き寄せることのできる一文を求めて苦悩している。
軍師作文術に自信はある。
けれども、軍師の精魂込めた文章が読まれなければ……?
こうなってくると、読んでもらうための工夫という努力が必要となるのだ。
問題は、これを『こっそり』やりたいというところなのだが。
……恐らくだが、名門の常として手紙の類も家人が確認して取り扱いを分けているはずだ。こうなってくると、袁瑞将軍の忠臣たちが『何としてもご主人さまに取り次がねば』と判断する類の文である必要がある。
そこまで考え、僕は漸く一つの答えに思い至る。
「そうだ、そうすればよかったんですね!」
ここは、恋文を『彼女』宛てに送ってみよう!
保護者の袁瑞将軍やその周囲のことだ。
きっと、すぐに反応してくれるだろう!
急にワクワクしてきた僕は、そこで筆を執るや一気呵成に文をしたためる。
「ああ、お返事が楽しみでどうにも仕方ない……」
鎮北大将軍、使持節都督、そして目下北部最強と噂される軍閥の長こと袁瑞将軍は、久方ぶりに自分の時間を持てたことを天に感謝していた。
軍務中、公私ともに兵らとあるのは本懐だ。
それで時間を奪われるのであれば、彼とて喜んで時間をささげただろう。
けれども、戦勝後の祝賀式典の類は……必要であると理解こそすれども楽しむという訳にもいかない。
そんな義務から解放される喜びはひとしおである。
静かに、お気に入りの酒器を傾け、夏の日差しが和らぐ夕刻、涼しい時間帯に詩情が沸くような一時。
なんと、心穏やかになれる一時だろうか。
北辺での日々は苦労が信じられないほどに多いが、広漠たる地平線に沈んでいく太陽を見守るこの一時だけは別だ。
こうして、大地に沈んでいく太陽を見送るのも案外と気に入っていた。
幸いなことに、公務もあらかたは片付いている。
ゆっくりと、色々な物思いにふけることができる時間。
贅沢な時間が捻りだせたことを、心から嬉しく思う。
「だ、だ、だ、だ、だ、だ、だん、だん、だんな、旦那様!」
かつてないほどに狼狽した己の忠僕が駆け込んでくるその瞬間まで。
袁瑞将軍は、幸せだった。
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