軍師日記

存在X

第1話プロローグ



軍師、それは軍略でもって戦を統べるもの。

軍師、それは呪術でもって天候を操るもの。

軍師、それは智謀でもって敵を嵌めるもの。


軍師、それ即ち『戦争』のしもべである。

要するに、平和な国に軍師の居場所はないのだ。

というよりも、平和な国にとってみれば積極的に排斥なり排除なりしたい対象である。


至極当然だろう。


どうすれば、隣国を焼き払い、敵国を内戦に導き、或いは国内の反対派を暗殺しようと考え続ける危険物を抱え込めるものか。


平和な国家に、戦のことばかり考えている狂人を抱え込みたいと?


という訳で、統一天朝はこっそり軍師狩りを始めていた。

軍師を活用して大陸中央部を統一された開祖陛下はさておき、太祖陛下はそこらが躊躇いなし。


なお、一臣民としての僕は……軍師排斥に大々賛成だったりする。


何が十面埋伏だ、爺。殺意高すぎんぞ。

何が二桃三子だ、媼。悪意ありすぎだ。

何が二虎競食だ、老。性格悪すぎるぞ。


畳の上で大往生させるには、悪魔と死神を謀殺でもしないと無理な連中だ。……しそうで怖い。


人の寝首を掻くことをだけを考えているような軍師連中なんて、全員、首をはねてしまえ!


そんなことを考え、軍師共が戦後秩序に歯向かってホイホイ殺されていく中、僕は酒家で愉快痛快に毎日を過ごしていた。


全くもって、素晴らしい日々だったといえる。


願うことならば、また、そんな日々を過ごしたい。


過ぎ去ってしまった過去は、なんと、甘美なことだろうか。

哀しみを纏いつつ、僕は戦場でため息を零す。


見れば、敵両翼を固めていた騎兵が見事に瓦解。

蒼騎兵と謳われたし精鋭連中だったが、所詮は中央流の重騎兵だ。彼らは、『いかに歩兵を蹂躙するか』に特化しすぎている。


『対騎兵戦』に特化した騎馬民族と戦争するならば、もう少し工夫すべきだったんだろう。


まぁ、おかげで僕は非常に楽ができる。

親分のような首領閣下にガツーンと敵の騎兵を倒して、残る歩兵を料理しましょうなんて簡単に献策すれば後はお茶を飲んでいればいい。


「おっ、両翼包囲が決まりましたね。こりゃ、鉄板だなぁ」





「単軍師、節度使を捕らえました! ご確認を!」


「ご苦労様です。思ったより、てこずりましたね」


引っ張ってこられるおっさんは、なんというか、矢尽き刀折れるまで戦った感が満載だった。なんというか、王都で凛としていた姿を知る身としては落涙せざるをえない。


「き、卿は!」


「ああ、王林都督でしたか。僻地への赴任とはご運のないことです」


僕も、貴方も、僻地で王家の我儘に振り回される身。

心からの同情を示す僕だが、悲しいことに心と心が通じ合うことはないらしい。

こちらの顔を凝視するや、王林都督閣下は声を震わせて叫ぶ。


「石家の三男たる卿が、何故! 天朝に弓を引く!?」


「そりゃ、軍師として失職したからです」

「ぐ、軍師追放令のことか? だが、あれは徒に戦乱を求めた輩が……」


「ええ、ええ、先帝に仕えた謀をつかさどる軍師共は全く酷い連中ですよ! 首ちょんぱ、大賛成です! 陛下の英断を僕は心から称えるほかにありません!」


「で、では、何故、卿が叛軍になどいる!」


本当に、その通り。

僕だって、蛮地に乗り込んで、現地の首領に自分を売り込むなんてやりたくなかった。

心から愛する酒と茶と饅頭に誓って言うが、本当だ。


「運命の不幸なめぐりあわせです」


「は?」


ぽかん、とした都督閣下に僕は聞くも涙、語るも涙な一大悲劇を物語る。


「家の糞家族、僕迄軍師だと売りやがったんです!」


思い出すだけで涙が零れ落ちていく。

家族仲が悪いとは思わなかったのに、ちょっと次兄が長兄を毒殺して家督を分捕ろうとしていたことを父上にご注進してあげたのに。


「やっぱり、長兄が死んだタイミングで言ったのがまずかったですかねぇ……」


長男と次男が脱落してくれれば、僕が家督継承で高等遊民生活待ったなし。

世界は平和で、陛下の宸襟も安寧で、八方両得な落としどころだと思ったんだけど。


「折角、統一戦争を堪能した世代が皇帝陛下の悋気に触れて首になったのにですよ! 怯えて寝る必要がなくなったのにですよ! あの糞父上め!」





僕の名前は、石峻。家族に裏切られ、祖国に切り捨てられ、不運にも名前をも捨てた悲劇の士大夫である。


今の仮名は単石。

何の因果か、特技は軍師である。

なりたかったわけじゃない。

本当は、竹林で読書と酒宴とかに耽りたかった。


ただ、ただ、ちょっとだけ軍師の適性が強すぎただけだ。

おかげで、統一直前の頃に糞父上の手配で首ちょんぱされた軍師連の下での奉公へと追いやられ、学びたくもない軍学をたっぷりと叩き込まれてしまった。


確かに、僕は敵を嵌め殺せる。略奪、放火、謀殺、鬼謀もなんのその。

でも、できるだけだ。

自分からやろうとは夢にも思っていなかった。


なのに、『石峻にはその能力があるから』とかいう戯言でお尋ね者!

酷い世界だ。涙がとぎれない。

大陸のど真ん中にある我らの祖国が覇者なおかげで、僕はこのままじゃ生涯ずっと日陰者。


辛い。本当に辛い。

生きるためには、仕方がないんだ。

だから、祖国を焼こうと思う。



これは、そんな、悲運の主人公である僕が生きるために出来ることをやっていく物語。


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