第一章 石峻という士大夫

第2話 石峻、王林都督を弔う



僕の名前は石峻、字は白楽。

緊朝が三公、石家の三男である!


父に捨てられ、兄弟に裏切られ、天朝のお尋ね者。

中央の沃野を追われた僕は、北方の僻地へと生きるために亡命。

貴種流離譚的に、これ以上に相応しい悲劇の貴公子も稀だろう。


あ、軍師だって事実は青史に残るとまずいんで削っておく。

なーに、勝てば官軍負ければ賊軍。

歴史ってのは、勝った側が書くもんだ。


というわけで、きちんと祖国を焼こう。

こんがりと焼けば、青史にも軍師なんて単語は残らないだろうし。

これぞ、叡智と思慮に充ちた僕の未来計画。


我ながら、冴えているなとほくそ笑んだところで耳に感あり。

僕の軍師耳は軍師耳的に忍び足の足音を聞きつける。

軍師ってやつには敵が多く、これも生き延びるための必須技能だ。


早朝、多くの人々は寝込んでいる時間帯。

来訪者が、足音を殺す……つまり、軍師脳的に考えれば暗殺者一択。

意を決し、僕は都落ちの際に宮中の宝物庫からぱちょってきた剣を握る。


名工の鍛え上げた玉鋼があれば甲冑事さっくり切れる。

しかし、僕の軍師剣術では二の太刀の機会があるかは疑わしい。

やはり、軍師居合が一番だろう。


一撃必殺の構え。

侵入者を見定め、剣を……となったところで僕は相手の顔を認識する。

大人の娘か。


「単軍師、単軍師、って、軍師早起きですね」


軽やかな笑顔で僕の天幕に入ってくる侵入者を前に、僕は士大夫として威儀を正すと苦言を呈する。


「レンさん。お願いですから、宿舎に入るときは許可を取ってからにしてください」


「単軍師、いつもそれですよねー。ちょっと、距離感を感じます」


拗ねたような口調だが、騙されてはいけない。

言葉も顔も幾らでも作れる。

真に恐るべきは、意図ではなく能力だ。


……こんなことを考えているから、軍師って生き物は排斥された気もする。

でも、僕は軍師じゃなくて士大夫として記憶されたいので言葉は選ぼう。


「親しき中にも礼儀ありと申します。あなた方の流儀を軽んじる訳ではないのですが、僕には僕の流儀がある」


具体的には、帯剣して進入しないで欲しい。

相手が男性だろうが、女性だろうが関係ない。

一流の軍師は男女平等主義者だ。


暗殺者の性別を見ればいい!

帯剣していれば、男女問わず人を刺し殺せるんだぞ。

女性の方が腕力は弱いとかいう間抜けは、刺せば死ぬっていう事実を知らないらしい。


だいたい、寝込みを襲われちゃどうにもならないだろ。

だから、軍師ってやつは誰よりも早く起き、誰よりも遅く寝ないといけない。

でもきちんと寝ないと頭が鈍る。


「それで、レンさん。ご用件は?」


「ああ、それそれ」


「はいはい、それで?」


「不味い知らせが入ったらしくてね。親父さんが、単軍師をたたき起こしてこいって」




大人、つまるところ遊牧民の親玉。顔役、まとめ役、はたまた氏族長。

色々な呼び方があるとは思うけれども、兎に角、偉い人。

具体的には、僕に三食と寝床を提供するという仁義を知る侠である。


その立派な天幕で、彼とその部下らが茶を飲みながら渋い顔を並べていた。


よっこいせ、と僕も腰を下ろしお茶を貰う。

……淹れ方が中央とは違うが、寒い北方だと濃いこちらの方が好みだ。

節度使の軍隊から分捕ったのか、お茶菓子まであるとは。


「単軍師、敵の新手だ。なんでも、中つ国の連中は討伐軍を出しているらしい」


「大人、間違いないのですか。中央から、討伐軍ですって?」


「付き合いのある商人どもを介した知らせだ」


うーん、と僕は腕を組んで考え始める。


緊朝は、確かに統一王朝だ。

だけど、その図体は意外に脆い。

なにしろ皇帝権力ってやつが弱いんだ。


開祖、太祖と統一に貢献したお偉い皇帝陛下お二人。

お名前でわかるでしょ?

お二人とも、お隠れ遊ばしたもうたわけだ。


太祖陛下、たぶん、あれだ。

ご自分の余命が短いことを悟って軍師の首ちょんぱ頑張りましたよね。

今代の皇帝陛下は、なんと齢20歳!


うーん、同じ若輩者として親近感を抱きますよ。

つまり、面倒な親戚や家族が一杯ってところも良く分かる。

帝室だけに、外戚やら藩屏やらもウジャウジャしてそう。


さて、軍師的には考える迄もないですね。

国内に、有力な対抗軸足りえる一派が存在!

これだけで殺したくて、殺したくてたまらない!


「大人、緊朝には外征する余裕は殆どないはずです」


「だが、来るという」


そう、おかしなことに来るらしい。

即位されたばかりの陛下をめぐって、権力闘争! はどうしたのだ?

僕もその犠牲の犠牲になったのだが……。


悲しいですよ、本当に。

家族と家族が殺し合いなんて、道に反している。

だから、僕はそれを父上へ孝道に基づいてご報告しただけなのに。


あの時の糞父上の顔、今でも思い出せてしまう。

『何? 貴様、最初から全部わかっていただろう?』

って酷い言いようですよね。


いや、そりゃ、僕は愚兄共よりも頭がありますよ?

だけど、いくら愚次兄といえども兄は兄。

疑いだけで、告発とか冤罪だったら申し訳がない。


別に、長兄と次兄を証拠も残さず暗殺とかできますけど。

やらなかったし、自分からやるつもりもなかったんですよ。

なのに、糞父上ったら、僕みたいな清廉潔白な君子を疑う。


これが王朝の伝統芸。疑心暗鬼!


いや、と僕はそこで頭を振る。

情報が足りないのが、一番怖い。

軍師的には、耳と目に集中力を集める時間だ。


「取りあえず、情報を集めましょう。討伐軍の将と兵数を」


「悠長なことだな、単軍師。敵軍到来までの時期は?」


首領さんの言葉に、僕は少し考える。

ぶっちゃけ、遊牧民って逃げ足早いんで来てから逃げても余裕……っていうのは言わない方がいいだろうなぁ。


まぁ、確かに騎馬民族同士だと敵軍との距離を見誤ると一発アウト。

一晩で急行軍してきた敵に焼かれちゃうんですけどね。

そういう意味では、彼らの信頼をつなぐためにも有能さを見せておくべきか。


「……王林都督って、ぶっ殺しました?」


「ああ、あの指揮官か。殺したが?」


「首と遺骸を返還するって名目で、先方の出先機関とやり取りしましょう。お手紙で」


討伐軍の到来前に、たぶん、遺骸位は取り戻したいだろうからね。

遺体は喋ってくれないけれど、遺体で喋ってくれる人は居るんだ。

これぞ資源の有効活用。


さ、王林都督を故郷に返してあげないとね。

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