第47話 石峻、緑化を決意す

籠の鳥にも、客は来る。

当人たちがどう思うにせよ、約束は約束だった。

袁瑞将軍は律儀に約束を守り、彼女の元を訪れる。


「まぁ。では、忠義の士なのですね」


北庵義従の活躍を耳にし、彼女は快活に笑う。

天下国家の為に、オトモダチが頑張っているのだ。

良いことですね、と微笑むぐらいの社交性は持ち合わせている。


「唐変木の叔父上でしたから、お尋ねするまで忘れられるのではないかと


「良い知らせぐらい、分かち合うとも。外の明るい話題だ。中々、面白いだろう?」


ええ、と彼女は心から頷く。


「本当に、ワクワクします。騎兵の冒険譚、素敵ですよね」


オトモダチの活躍は、いつでも彼女の心を占めているのだ。


「北庵公もよい騎兵を送ってくれた。……規律がしっかりしているというのは、大したものだな」


「まぁ、叔父上ったら。北部の将兵が嫉妬しましてよ?」


「袁家の兵は、もっと誇り高いとも」


あら、あら、あら。


愉快なこと、と彼女は袁瑞の言葉に口元をほころばせる。


「何か?」


「頼もしいことでいらっしゃる」


北部に残っている官軍など、もはや形骸。

大半は、袁家の部曲のみ。

これは、間違いなく強力過ぎる外戚だった。


なのに、どうだろうか。

叔父上も、仄聞する限り宮中雀も、皆同じ。

誰も彼もが案じるのは南ばかり。


北は安定している?

南は不安定になった?


こんなに、対極的に?


普通、同時多発的に不安定化すべきところで……異様な対比。


そして、オトモダチ。


軍師的本能からすれば、不安定な部分を焼き払うのは至極当然である。

折あらば火をつけ、油をばらまき、時に延焼させしめてこそ軍師。

火のない所に軍師は立たぬというのは、軍師的常識である。


にも関わらず、オトモダチはとても静かだ。

火の粉すら立てようとはしない。

いっそ、やる気がないようにすら見える。


これが、しゃれこうべを撫でたい貴方でなければ。

私の心をドキドキさせちゃう様な貴方でなければ。

殺したくて仕方ないほど愛おしい貴方でなければ。


こんなにも、小由美は惹かれなかったでしょうに。


「叔父上、北庵公が忠義の士を寄越してくれて本当に……、本当によかったですね。機会があれば、私も一目見てみたいです」


「交代の折には、約束しよう」


「本当ですか? 約束ですよ、叔父上」


ああ、楽しみ、と彼女は笑う。

コロコロ、と。

穏やかに、満たされた獣のように。優雅に、そして、優しく。








「単の兄貴」


親分、と駆け寄ってくる蓮氏族の伝令騎兵。

その言葉に対し、僕は咎めるような視線を飛ばす。

ここは草原ではないのだ。中原である。流儀が違うのだ。


「ああ、いや、単校尉よろしいですか」


満足いく言葉を受け、僕は鷹揚に頷く。

行軍中で、煩い官僚機構の目がないとはいえ……油断はダメだ。

小さな積み重ねが咄嗟の際に差となる。


これぞ、軍師的修身。

軍師的社交術でも極めて重要な名声担保術である。

名声を侮るなかれ。名前は、極めて重要だ。


輔国大将軍府北庵義従という立派なお題目。

そして、忠君愛国の義士という看板を掲げたのだ。

郷に入っては郷に従って、やり遂げる必要がある。


「糧秣がきちんと支給されないらしく……」


「きちんと書類も書簡も示したでしょうに」


士大夫中の士大夫に校尉など約不足も甚だしいが、単石校尉としての僕は職務に抜かりはない。


引継ぎ、補給の類、文書読解に抜かりはなし。

断言できるが、緊朝の諸校尉の中でも僕ほどに有能な校尉は稀だろう。

軍師たるもの、それぐらいは簡単にできる。


「それが……どうも、管轄が違うと」


「違うもなにも、これは輔国大将軍府と官軍の書付ですよ。現地の糧秣を使わせてもらう権限ぐらいはあると説明したのですか?」


「自分たちは聞いていない、の一点張りで……」


「大将軍様の書付まであって話が抉れるとは。困りましたね」


溜息を殊更に零しつつ、僕は思考を加速させる。

正直に言って、少し前までの自分であれば喜び勇んで着火へ取り掛かっただろう。

だが、と馬上で腕組みしつつ僕は踏みとどまるのだ。


死せる老軍師共が、確信的に不安定要素を統治領域内に抱えこむ?

それは、つまり、埋伏の毒と同じだ。

それをくらえば、のたうち回る。


元々、緊朝の地方統治は服属した旧支配階級を多数温存している。

朝廷から派遣された官、現地採用の官、古くからの旧支配者層からなる官。

同じ職が三人もいれば、冗官だらけも当然だ。


そして、三者三様に『牽制』しあっている。分割して統治するとでもいうべき光景だ。


故に、地方での反乱は『纏まり』を欠いていた。


農民反乱があっさりと鎮圧できたのも、大火になる前に燃え尽きたというのもあるのだろう。


単校尉こと士大夫である石峻は、ここから正しく学んだ。

これは、犠牲を最小化するための生贄。

軍師が意図的にばらまいた囮だ。


なるほど、燃えやすいポイント、ポイントは散在している。

だが、孤立している焚火のようなものだ。

なにしろ、延焼させるための薪がない。


燃えやすい地点の周囲は、不毛の大地だ。

即ち、防火帯でがっつりと抑え込まれているのが読み取れる。


新帝が冗官整理に手を付けたところで、反乱は『精々』大乱程度。

朝廷内部で皇帝がお隠れ遊ばす羽目になるかもしれないが、それだけ。

有力な外戚なり、有力な藩屛の王侯なりがのりだせば最終的に『鎮圧』されてしまう。


僕としては、緊朝を三分割して自己の安全を確保したいが……。

現状では、とてもそこまで焔を煽れない。

袁瑞将軍のように真面目な御仁が統一者となってしまえば軍師狩りはもっとひどいことになるだろう。


こんな事態は絶対ダメだ。

故に、僕は、火を大きくするために木を植える。

防火帯に、可燃物を山盛りにしなければ。


そのためにも、いま、不審火を起こすわけにはいかない。

そんな、たかがぼやでは困る。

ぼやでは、緊朝が焼けないではないか。


だからこそ、頭を下げよう。

丁寧な物腰で、全てを受け入れよう。

全ては、最後の一瞬まで木を植えるため。


だから、僕は笑顔で騎兵に伝令を頼む。


「……この際、袁家を頼りましょう。現地の司馬と揉める訳にはいきませんからね」


小さく、心中で付け足す。


『今は、まだ』、と。

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