第16話 袁瑞、決戦へ出陣す!

昔々、あるところにお姫様がいました。

お姫様はお母さん譲りの美貌と、おじいさん譲りの知恵を兼ね備えています。


そしてある時、お姫様はどうして父が間抜けなのかと疑問に思いました。


でも、直接本人に聞くのはかわいそうです。

配慮を知っていたお姫様は、おじいさんに相談します。


「どうして、お父さんは、あんなに間抜けなんでしょうか?」


素直に問う孫娘に対し、おじいさんは笑って答えます。


「己を殺すからよ」


お姫様は思わず問い返します。


「どうしてでしょうか」


その言葉を聞いたおじいさんは、笑いかけ、少し考えます。


「問うが。……己を殺す理由を問うのか? それとも、己を殺すことを問うのか?」


何気ないようで、じっと観察されているお姫様。

彼女は、でも、おじいさんの前では全く素直な子です。

だって、と彼女は笑いながら答えていました。


「己のない人が、どうして、己を殺すんですか?」


「かっ、かかかかか! はっ、はっはっはっはっはっはっはっはっ!」


おじいさんは楽しそうに笑います。


「鳶が、鷹を、否、虎を産み負ったわ。惜しい、惜しいのぅ……。うぬが男であれば、躊躇うことなく今の無能を廃嫡しえたのに」


おじいさんは寂しそうに顎を撫でながら、孫娘の前でお酒をぐびぐびと飲み始めます。たっぷりお酒を脳にしみこませ、ほろ酔い気分がいいところになった頃合いでしょうか。


おじいさんは、一つ、とても面白い愉快なことを想いつきました。


「よろしい! 決めたぞ! 軍師としてお前を育てよう」


「軍師?」


「素敵な生き方だ。ずっと想える相手と、比翼連理だな」


難しい言葉をつかっていたことに気が付いたおじいさんは、にっこりとかみ砕いて言い直します。


「要するに、間抜け以外と遊べるぞ」


「間抜け以外と?」


そうだ、とおじいさんは満面の笑みで請け負います。


「勿論、たまらないだろうな! 血肉が湧き踊るとは正しくこのことだろう。生きているという本物の実感がある」


「楽しいのですか?」


勿論だ、とおじいさんは確約します。

そして、その約束を……彼女は思い出すのです。


「おじい様、本当に、本当に、本当に……仰る通りでした」


頬を火照らせ、赤く染まった顔を鏡から逸らしながら。

彼女は、小さく呟きます。


「こんな火遊び。楽しいに決まっています」





急な面会を求め蓮氏族の首長、蓮大人の天幕へ駆けこむ。

狼狽し切った態度にならぬように、最低限の嗜みを忘れず。

僕は、軍師として軍師的仮面を表情に張り付けながら天幕の中で腰を下ろす。


「蓮大人、大変な知らせをお持ちせねばなりません」


続けろ、と視線で促してくる蓮大人に僕は掴んだばかりの知らせを述べる。


「袁瑞将軍に増援です。それも、袁家の私兵が大量に」


「……いかほどだろうか?」


「まず、少なく見積もって2万。多ければ、3万かと」


「最大、6万の討伐軍か。……厄介だな」


腕を組み、難しい顔をしている蓮大人。

敵が本腰を入れたという認識をしているのは、正しい。

ただ、僕が思うに……少し誤解があるだろう。


「蓮大人、恐らくですが、討伐軍が3万を超えることはありません」


「どういうことだ? 単軍師、説明したまえ」


「袁瑞将軍は、恐らく……最初に連れてきた7軍を動かせなくなることかと」


「理由は? 希望的観測はいらんぞ」


「北部に巨大な軍権を持って赴任した権門出身の将が、君主より与えられた兵数と同数の私兵を新たに持つなど……中つ国では許されざる事態です」


袁瑞将軍が当初から率いてきた7軍に相当する数の『部曲』。

こともあろうに、袁瑞将軍の袁家が大々的に動いて集めたと聞こえる。

事実であれば……事実なのだが、鎮北大将軍には政治的自殺に近い。


……まず、袁瑞将軍の本意でないというのは間違いない。


「だからこそ、危険だといわざるを得ません」


「つまり……袁瑞が餓狼ということか?」

「彼も、なるほど、そうでしょう」


ですが、と僕は警戒心も露わに断言する。


「彼をして、そこまで追い込んだ敵の軍師こそを警戒するべきです」


「……単軍師がそこまで警戒する理由は?」


「夏の戦役など、真っ当な軍人が考えることではありません。にもかかわらず、敵の軍師は夏季戦役を始めるつもりとしか思えぬのです」


収穫が終わるまで待てないのは、全く度し難い。

乾坤一擲の決戦に賭けての短期決戦主義というのは、博打だ。

火遊びもいいところだろう。これだから、変態には困る。


「受けずに、受け流すという手もあるだろう」


「果たして、それが可能でしょうか」


「何?」


「相手は変態ですが、優秀な軍師と見えます。……我々が、回避したいと考えることを折り込んで策を練っているものかと」


少し考え込み、そこで蓮大人は苦い顔をする。


「つまり……退路に仕掛けがあると?」


「憚りながら、周辺全てが盟友でいらっしゃられますか?」


袁瑞将軍の虚名にせよ、武威は轟いている。

蓮氏族が連戦連敗という謳い文句は、無論ただの虚偽だ。

それを真面目に捕らえるアホな遊牧民は居ないだろうが……緊朝の富と袁家の権勢は本物と言わざるを得ない。


彼女という変態軍師が、こんな強みを放置してくれるとは期待し得ないだろう。

僕は甘い願望の破滅に沈むよりも、苦い現実を噛み締め明日を迎えたい。


「故に、申し上げたい。まことに残念かつ遺憾ながら、心より本当に不条理極まりないことに、我々は変態の趣味に付き合わされる危険が極めて濃厚なのです」


「……で、あるか」


「はい。変態の趣味に付き合うなど、唾棄すべき事態です。手をこまねくことなく、理と正義を変態に叩き込んでやりましょう!」


義は我らにあり!

天もご照覧あれ!

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