第11話 袁瑞、軍師を恐れ、石峻、恋を自覚す。

軍師の倒し方。それは、喋らせないことである。

究極的には、余計なことをする前に首をはねろ。


鎮北大将軍ならざるとも、緊朝においてある程度以上の高位高官は例外なくこの原理原則を知悉している。


天下に居場所のない獣、それこそが軍師という人の皮を被った怪物なのだ。


人は集まり、群れをなし、集団と化し、やがて邑を為して国家に至る。

心を合わせ、力を合わせ、目的を掲げ、共に天下において大事を為す。

隣人を友に、家族と共に、一致団結し、情義による文明を摂理と為す。


だが、軍師はそれを拒む。

人の中に会って、彼らだけは、隣人の首を落とさんと欲するのだ。

故に、軍師が居れば『躊躇うことなく』兵で首を狙う。


緊朝が列侯にして、雄大なる権門こと袁一門の当主こと袁瑞将軍は、しかし、その断を下し損ねていた。


理由は至極単純である。

鎮北大将軍、使持節都督袁瑞将軍。

彼の指揮下にある兵は、『袁家の兵隊』ではないのだから。


軍師の存在を知るや、袁瑞は胃が悲鳴を上げるほどに軋む。

喉を掻きむしるほどに苦悶し、事態を動かそうにも遅々たる進展。

一朝一夕に制度や仕組みと言うのは変わらない。


軍師に対抗するために、姪御という化け物に。

開祖の遺訓とぶっ殺した軍師の虎の子を野に放つべきか?

否、自分がやらねば誰が北辺を鎮護できるのか。


袁瑞将軍の悲壮な決意、青史に特筆されるべき忠勇の覚悟こそ、王朝の士大夫が持つ粋の粋である!




北辺、蓮氏族の野営地。

天幕が連なり、数多の羊と馬が行き交うのは、富裕さを。

鉄の鏃と無数の騎兵は大人の権勢と権威を知らしめる。


もっとも、鉄の方は中つ国からの輸入が多い。

流石に鎮北大将軍、使持節都督って大物が出張ってくると密輸も低調になってしまう。

直ちに影響があるわけではないのだが、先を考えれば……。


やはり、『燃料』さえ確保できれば。

北部諸州以北にも、鉱山はある。

だが、薪が限られているのだ。冶金技術があれども、燃料がなし。


軍師として、火を知れど、こればかりは……などと珍しく煩悶していた僕は忍び寄ってくる足音を軍師耳で感知し、剣を握りしめ直す。


「単軍師、単軍師」


「なんですか、レンさん。いつもお願いしているんですが、人の天幕に入るときは一声かけてください」


次から気を付ける、なんて空約束を受け取りつつ僕は本題に入る。


右手には剣を、左手には筆を。

顔には笑顔を、口には言葉の毒を。

装備は万全だといっていい。


「それで、ご用件は?」


士大夫的にも完璧な礼儀作法で友好的に問いかける僕だが、帰ってくるのはとんでもなく無礼極まりない大暴言だ。


「その気持ち悪い雰囲気、やめてくれませんか。氏族中が不気味がっていて」


「? 士大夫として、僕はいつも姿勢を正しているだけですよ」


全く失礼な。

端正な所作、丁寧な物言い、何よりピンと伸びた背筋!

立派な士大夫じゃないですか。


「……じゃー、端的に言いますけどね。その殺意、引っ込めてくれませんか?」


「殺意?」


「違うんですか? この天幕に入るのも、結構な勇気を使うんですけど」


「レンさん、それは恥じらいと言うやつですよ。大切にしてください」


僕の士大夫的な言葉を前に、レンさんは苦笑するや突如として腰の刀へそっと手を重ねかけ……。


「視線が、いつもよりずっと鋭敏ですよ、単軍師」


手をいつの間にか後ろで組んでいる女性に指摘され、僕は顎を掻く。


「……はて」


「ぶっちゃけ、誰か殺したいのでも?」


「そんな、馬鹿な」


士大夫の中の士大夫、貴公子の中の貴公子。

いうなれば、貴種流離譚的主人公たる石家の石峻が。

ぶっ殺したいのは、糞父上ぐらいなんですがねぇ。


あの人、代替わりでゴタゴタする京師を離れるほど間抜けじゃありませんし。

こんな北辺にご本人が来るわけもないわけで。

僕が殺意を覚えるなんて……レンさんも適当な……ん?


「レンさん、レンさん」


「なんですか、突然。そのにこやかな顔、怖いんでやめてくれると……」


「僕から、殺意を感じるっておっしゃいましたよね?」


「単軍師はいつも物騒ですけどね。最近は何というかなぁ……虎狼もかくあるやと言わんばかりの怖さがありますよ。馬が怯えて仕方ない」


「ああ、それはお馬さんに申し訳ないことを」


仁の士大夫として、馬たちを怯えさせてしまったことを僕は心からお詫びする。

馬は賢い動物だ。賢い振りをする小人よりも、ずっと賢明だろう。

小人閑居して不善をなすが、馬たちは一匹であっても君子の如く慎み深い。


心からお馬さんに詫びるとともに、僕はレンさんへも改めて深々と頭を下げる。


「すみません、僕としたことが……どうやら、無自覚だったようです」


「へぇ、珍しい。どうしたんです、単軍師?」


「いえ、年甲斐もないことなんですが……袁瑞将軍のところに『恋』をしまして」


「は?」


ぽかん、としたレンさんに僕は恥ずかしい慕情を抱いていることを自覚した、と礼を述べる。


「殺して舐めまわし、遺骸を焼き払いたい相手がいるんです」


「え、袁瑞将軍ってやつのところに?」


勿論です、と僕はまだ見ぬ素敵な相手のことを想いながら告白するかのように心を打ち明ける。


「相手のことを思うだけで、私は夜も眠れず、心臓が落ち着かない。……これって、恋ですよ」

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