第19話 彼女という変態
敵を知り、己を知れば、百戦百勝人生勝ち組三食昼寝付き。
竹林の賢者と呼ばれる予定であった石家の賢人石峻こと、世を忍ぶ仮名が単石である僕は何時だって真面目である。
袁瑞将軍の軍師たる『彼女』という強敵の出現と、予見される夏季戦役へ備えるべく行動を起こした僕は……レンさんの天幕を訪れていた。
「珍しいこともあるものだ。単軍師、どうされたので?」
僕の天幕よりもずっと豪華というか……座り心地の良い絨毯。
これ、蓮大人の天幕にあるやつより良いやつなんじゃないかな?
いいなぁ、これ。この上でゴロゴロして、お茶を一服して昼寝したい。
「単軍師? ……単軍師!」
「失礼、来るべき会戦のことを考えていました」
「本当に?」
「軍師は、必要のない嘘などつきません」
恥じらうことなく、真実を僕は語る。
士大夫たる僕は、常に誠実でありたいと願うのだ。
「そして、レンさん。……決戦の前に、貴女のお力をどうしてもお借りしたい。無粋なお願いだとは思うのですが、何卒」
「氏族の為とあれば、なんなりと」
ありがとう、と心からの礼を述べつつ僕は本題の前に状況を簡単に彼女へ伝える。
情報戦こそが次の戦いを制するであろうこと。
敵将と影の見えぬ軍師の思惑を探っていること。
敵に関するどんな参考資料でもありがたいこと。
前置きを踏まえたうえで、最後に僕は彼女へ頭を下げる。
「レンさん、これは……あなたの私事へ踏み入る失礼なご相談かもしれない。でも、勝利のためにはどうしても必要なことなんです」
「……単軍師がそこまで仰る? よろしい、伺わせていただく」
はい、と僕は覚悟を決めて口火を開く。
「レンさん、敵の軍師は変態です。大事なことなので繰り返しますが、彼女という軍師はどうしようもない変態です」
「……そういえば、そんなこと言ってましたね」
ですので、と僕は心苦しいがどうしても聞き出すべきことを尋ねる。
「お察しの通りです。敵を知るために、どうか、貴女を悩ませる『変態』とやらについて教えていただきたい」
悲しいかな、僕は至極真っ当な士大夫兼貴公子である。
「は? 単軍師、正気ですか?」
呆れたような声と視線を向けられるのは……仕方のないことだ。
思い悩んでいる変態について、根掘り葉掘り聞きだそうなどと。
士大夫として、僕は心から恥と申し訳なさで胸がいっぱいになっている。
あれも、これも、全ては彼女が持つ変態性のせいだ。
彼女のことに思い悩むという点で、僕はきっと袁瑞将軍には他の人よりも優しくなれるといってもいい。
「無礼と罵られるのは、覚悟の上です! まげて、どうか、どうか何卒!」
「た、単軍師、聞かせてください。本気で、私の頭痛の種について聞いていると?」
「はい! どうか! どうか!」
軍師として、無力さに苛まれつつ僕は懇願する。
なまじ、自分が真っ当なだけに変態について僕は殆ど知らないのだ。
知らないということは、恐ろしいこと。だから、知らねばならない。
けれども、それは人の胸中を引きずり出すということでもある。
経験談を聞き出すのが、どれほどレンさんにとって苦痛かは察して余りあるが……それでも、聞き出さなければ『敵を知る』という道が進めない。
敵ならば、如何様にでも喋らせられる。
けれど、味方相手には許しを請うしかないではないか。
「あの。本当に、判らないのですか?」
「無礼な卑劣漢と罵られるのは覚悟の上です。少しでもいい。どうか、変態の生態について私にご教授いただきたい」
「……最後の確認なのですが、正気でいらっしゃるか?」
「……お笑い下さい。僕には、他の道がありません」
じっと僕を凝視し、呆れたようにため息を零すレンさんの態度は正しい。
僕だって、逆の立場であれば天幕から叩き出すことも辞さないはず。
寛大な心に甘えているという自覚すらある。
それでも、と縋る僕。それに対し、ついに意を決したようにレンさんは重い口を開いてくれた。
「……私の知る変態は、一見するとマトモ。ただ、中身はとても普通じゃない」
「なるほど。一見しては、変態とばれぬように擬態するのですね」
重要なポイントだ。
彼女も変態だろうが、確かに、いつも変態だとアピールしてはいないだろう。
「ふざけたことを言い出す一方で、長期的には……それが、恐ろしいほどに的を得ていることがある」
ぱん、と膝を僕は叩く。
なるほど、軍師にも言えることだが……常識にとらわれていない変態は脅威だ。
彼女の悩みが軍師でないことが唯一の救いだろう。
「常識にとらわれない変態は、恐るべき軍師になりえますね」
僕のような常識人では、想像しえないアプローチがありえる。
「レンさん、他に、何かありませんか? なんでもいい。どうか」
「あの、単軍師。つかぬことをお伺いしても?」
勿論、この際何だって聞いてくれていい。
ここまで踏み込んだ質問をしているんだ。
レンさんにも、僕に問う権利ぐらいはある。
深々と僕が頷くや、つい、というようにレンさんは疑問を発してくる。
「……単軍師は、鏡をお持ちで?」
「士大夫にして、軍師です。当然、手鏡の一つぐらいは」
何かに納得したような色。
さて、これは、一体何を聞きたかったのだろうか?
「私の知る変態は、自分のことも分かっていないと思いますよ」
ああ! なるほど!
「ありがとうとございます。なるほど、変態は己を知らないというのですね。……確かに、鏡で自分を振り返ることのない敵を想像したことはなかった……」
こうして、僕は決戦に向け大事な図面の部品を手に入れる。
辛うじてだが、変態について知ることができた。
詫びと謝意をレンさんに捧げ、僕は自分の天幕に戻るや思案に耽る。
敵は、変態だ。
きっと、火遊びもするだろう。
……正義と道理と理で、これを叩きのめさねば。
我が想い人よ、思い知るがいい!
常識の棍棒を!
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