僕が竜人の彼女といちゃいちゃするのに必要なこと
蒼衣 翼
エピソード・ゼロ 始まりの話
今、目の前にあれほど夢見た彼女の姿がある。
赤黒い柘榴石のような色をしたコウモリにも似た一対の羽が背に大きく広がり、同じように赤色混じりの黒髪が風に舞っていた。
彼女の瞳は射るように僕を見つめている。
わずかに震えるこぶしは何を思ってのことだろう。
それが怒りでなければいいな、と、僕は思った。
いや、きっと怒りだろう。
あの別れから五年、未だ彼女の中に僕に対する怒りがくすぶっていたとしても何もおかしくはない。
なぜなら僕はあの時、彼女にとても酷いことをしてしまったのだから。
決して許されない、いや、たとえ彼女が許そうとも僕自身が許せない、愚かで酷い言葉を僕は彼女にぶつけてしまった。
それでも、僕は彼女にまた会えて嬉しい。
今ここで歓喜の叫びを上げたい程に。
やっとまた会えた。
僕はあの時から君とまた出会うために生きて来た。
君のためだけに自分を変えたのだ。
だからもし、この瞬間に、彼女が僕を殺しても、僕はきっと幸せだろう。
― ◇ ◇ ◇ ―
当時僕は十才で、中等部に上がったばかり。学校は中等部までは区画ごとに分けられているので、新しく机を並べて勉強する相手も大体は顔見知りだったのでさして何が変わったという訳でもなかった。
でも上の学校に上がったということで、なんだか大人に近づいたような気持ちに浮かれていたものだ。
僕の住む国は数ある国々の中でもわりと大きめで、政治が安定していて文化が発展していた。
大国にはうちの国のように様々な種族が交わって暮らしている所が多い。
社会の授業で教わった所によると、多くの種族が切磋琢磨することで、文化が発展しやすく、他国との軋轢が少ないので争いで疲弊することもなくて発展しやすいためだということだった。
だけど、単一種族で栄えている大きな国もあるので、この説が合っているかどうか怪しいものだとは思っている。
ただ、僕は多様な種族の住むこの国が好きだ。
僕の住む地域には特に獣族が多く住んでいる。
獣族は豊かな毛並みと、尻尾を持っている人がほとんどで、それは小さい頃から僕を羨ましがらせた。
僕ら鬼族は体毛が薄く、頭部以外にはほとんど毛が無い。しかも僕は角なしと呼ばれる一族で、鬼族なのに角さえないのだ。
いじめっ子などには「ハゲ!」とか悪口を言われることが多かった。
実際どこか貧相な見た目の自分の体を僕はあまり好きではない。
「イッキ! 今日どこ遊びに行く?」
イッキというのは僕のあだ名だ。
本当の名前は
すごく簡単な名前だけど、誰も本当の名前である「いつき」とは呼ばなかった。
でもそれは僕も似たようなもので、多分子供の時分には本名よりもあだ名で呼び合うことのほうが多いのではないだろうか。僕も友人達を本名で呼んだ覚えがあまりない。
「河原行こっか」
もうちょっと年齢が上がると途端に男女でつるむこともなくなるのだけれど、まだ十才程度ならあまりその辺を意識したりはしない。
僕達は五人程の仲良しグループで、男三人に女二人というまぁバランスのいい組み合わせで遊び回っていた。
女の子二人いれば男同士の少々乱暴な遊びで仲間外れにされても女の子同士でそれなりに遊べるし、男ばかりだとついつい暴走しがちな遊びにもブレーキを掛けてくれる。
みんな家が近所ということもあって小さい頃から一緒で気心も知れていた。
「川遊びか! いいな!」
そうだ、あの日はちょっと暑かった。
そろそろ夏も終わりの頃だったのだけど、日差しは相変わらずで、僕達は連日川遊びを飽きずに繰り返していた。
その川は水に棲む幻想種との取り決めも済んでいたので安全な場所とされていて、大人達も子供が遊ぶのを黙認していた場所だ。
とは言え、幻想種は気まぐれなので、完全に安全かと言うとそうでもないのだけど、僕達は遊ぶ時にはちゃんと川の主にご機嫌伺い用の貢ぎ物を用意していた。
こういった決まりごとは、その土地の年上の子供たちから順繰りに伝えられる風習のようなものだ。
きゅうりだったり、カエルだったり、木の実だったり、その日によって貢ぎ物は様々だったけど、概ね子供と幻想種というのは意識が近いもので、当時は相手も僕達も満足していたようだ。
別に幻想種に直接会って聞いた訳ではないけれど、誰も水の事故で死んだりしなかったのだからきっとそうなのだろう。
「お隣さん、今日もよろしく」
僕達は河原の石で簡単な祭壇を作るとそこへきゅうりを置いた。
それは僕らが遊んでいる間にいつもいつの間にか無くなっている。
誰も幻想種が食べるところを見たことは無かったけれど、食べてくれたと思うとそれなりにやりがいもあるものだ。
ともあれ、やるべきことを済ませた僕達は、ズボンの裾をまくり上げてはだしになり、思いっきりはしゃいだ。
夕方近くなって、誰が言い出した訳でもなく、僕らは最後に水切り競争を始めた。
石で水面を切って飛ばしてどのくらい遠くまで行くか、何回水を切れるかの競争をするのだ。
そうやってみんなでワイワイやっている所へ、突然影が差した。
「それ、何やってるの?」
声に見上げた僕達は驚いた。
頭上に女の子がいたのだ。
いや、女の子がいたこと自体はいい。
問題はその子が誰も見たことのない相手だったということだ。
子供というのは意外と保守的なもので、見知らぬ相手にはちょっと警戒する気持ちがある。
しかも相手はこれまで見たことのない種族の子だった。
コウモリのような羽に僕のように毛が薄い体。
いや、体全体に光沢があってツヤツヤしていたので、僕とは全然違ったけれど、一般の獣族のように毛がフサフサではない。
獣族の中にも翼人と呼ばれる者達がいるけれど、翼人は翼が手の代わりになっていて、僕達のような腕がない。
しかし彼女には手足がある上に羽もあった。
もしかしてと僕は思って、直接彼女に聞いてみることにした。
「君だれ? もしかして竜種の子?」
こういう聞き方は、実はあまりよくない。
種族差別に敏感な大人がいればこっぴどく怒られたことだろう。
しかし彼女は頓着しなかった。
「ん、ディアナ」
最初の「ん」は肯定だろう。
そして後のディアナというのはちょっと変わっているが彼女の名前に違いない。
僕はそう判断した。
「なんだお前! 仲間に入れてほしいのか?」
と聞いたのはかっちゃんだ。
かっちゃんは僕の幼馴染で狼種の男の子、フサフサの格好いい尻尾を持っている。
僕がうらやましがっても「ごみがたくさん絡まって手入れするのが大変なんだぜ」と昔も今もよく愚痴る少年だ。
「ん」
少女はうなずいた。
それで納得した僕達は彼女を仲間に加えた。
子供の警戒心などそんなものである。
とりあえず僕の順番だったので水切りを続けることにして石を投げた。
選んだ石もフォームも完璧、石は水面を十回跳ねた。
「うしっ!」
「お~、イッキやるな!」
「イッキくんすごい」
褒められてちょっと気分がいいが、実はこれには理由がある。
角なしと呼ばれる僕達の種族は基本的に非力だが器用なのだ。
こういったコツが必要な遊びには強い傾向があった。
「お~!」
仲間に加わったばかりのディアナという少女も一緒になって僕に賞賛の目を向ける。
気分をよくした僕は彼女に言った。
「君もやってみなよ」
「ん!」
彼女はその辺の石を適当に拾うと投げた。
実は石を拾った時点から彼女が失敗することは目に見えていた。
彼女の選んだ石は握りこぶしよりもデカかったのだ。
だがその失敗の結果は僕の予想をはるかに超えていた。
最初に感じたのは『揺れ』だった。
世界が大きく揺さぶられたと感じた瞬間、カッ! と目前の世界が真っ白になる。
キーンと耳が痛くなって思わず耳を抑えてしゃがみこんだ。
そして、僕達は目前の川から水が消える瞬間を目撃した。
その空間は上流から流れて来た水によってすぐに塞がれたが、次の瞬間突然雨が降って来て僕らは慌てる。
「きゃあ!」
「うわあ!」
「え? なに!」
それぞれの悲鳴が上がったが、その雨もすぐに止んだ。
ちょうど川のほうを見ていた僕は、川の中から半透明の人のような魚のような姿が跳ね上がるのを目撃した。
あれは多分、幻想種の水妖の人だったのだろう。
びっくりしたんだろうな、きっと。
何が起こったのかにわかにはわからなかったのだけど、やがて冷静になった僕はそれがディアナという少女の水切りによるものだと思いついた。
「君がやったの?」
僕の問いに少女は顔を真っ赤にしながら答えた。
「じょうずに、できなくて……」
そうやって恥ずかしがる少女に、僕はちょっとドキリとした。
今思えば、きっと僕はあの時彼女を好きになり始めていたのだろうと思う。
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