エピソード1 【再会】 その二

 五年ぶりに会ったディアナは当然と言うか、とても大人っぽくなっていた。

 十才の少女の頃の面影は色濃く残っているのだけど、体全体からやわらかさが削ぎ落とされて、代わりとしてしなやかさが加わっている。

 あの、どこか引っ込み思案で、優しげだった少女のまなざしは、強い意思のこもった瞳になり、もうすぐ大人になる者独特の、未来を目指す強さを秘めていた。


 ふわりといい香りがして、手足は硬く引き締まりなめらかなのだけど、その、抱き付いていると、わずかにやわらかさを感じる部分がある。

 竜人というのは戦闘民族なので、シーズン以外は生殖器はあまり表面に出ないとされているけれど、それでもやっぱり女性は女性なのだなと思った。

 あ、いや、決して僕はやましい気持ちでしげしげと観察したり撫で回したりした訳ではないよ。

 お互いに抱き合っていたのだからそういうことを感じてしまうのは仕方ないよね。


 それと、半開き状態になっていた羽も、変わった要因だ。

 昔はきれいでつややかな羽といった感じだったけど、今のディアナの羽はまるで硬質な金属でできた武器のようにすら見える。

 ぞっとするほど鋭く硬く、そして美しかった。


「あー、君たち、ちょっとすまないが……」


 声に驚いて顔を上げると、駅員さんが僕達に向かって困惑したような顔を向けている。

 それでふと、我に返ると僕達は駅のホールのど真ん中で座り込んで抱き合う形となっていた。

 ヤバイ。

 と言うか、恥ずかしい。

 人混みのど真ん中である。周囲の多くの人から注目されて痛いほどだ。


「あ、あ、ごめんなさい! すぐに移動します!」


 僕は慌ててディアナを促して立ち上がる。

 ディアナも自分達の現状を把握したようで、真っ赤になりながらすぐに居住まいを正した。

 そうして背筋を伸ばすと、悔しいことにディアナの方が僕よりわずかに背が高いことが判明した。

 いや、僕はまだまだ成長期だし、すぐに追い越すさ!


「ディアナ、ここじゃあなんだから、どっかで落ち着いて話さない?」

「あ、うん。ごめんなさい」


 というわけで、僕達は一部の人々の口笛や拍手に送られながら、駅を後にしたのだった。


 僕はディアナが来たら一緒に行きたいと思っていたお店があった。

 もちろんその想定はディアナが僕を許してくれた場合の話になる。僕はなんだかんだ言って、わりと厚顔無恥なのだろう。

 どうしても、自分の卑劣さを噛み締めながらも、ディアナとうまく仲直りをして、一緒に楽しい時間を過ごす妄想を打ち消すことができなかった。

 すごく恥ずかしい話だけど、デートコースのようなものまで頭の中につくりあげていたのだ。


 ディアナと行きたいカフェの内、中央駅に近いお店に僕はディアナを誘う。

 実はまだ一度も入ったことがないのだけど、女の子に人気があるらしい。敷地内に魚の泳ぐプールを湛えたガーデンカフェだ。

 広々としたクローズドガーデンに、様々な形と高さの椅子とテーブルのセットがあり、カウンターで受け取った飲み物や食べ物を持って、好きな席に座るタイプのお店となっている。


「すごい! おしゃれなお店だね」


 ディアナが絶賛する。

 プールの周りは鳥かご状になっていて、小鳥や小動物も遊んでいた。

 客がプールに飛び込むことはできないようになっているようだ。


「そうだね。正直に言うと、僕も初めてなんだ。変なことをしても笑わないでくれよ」

「あはは、イツキが変なことしても私にわかるわけないじゃない。私なんかこんな人が多い都会自体が初めてなんだし」


 ディアナが屈託なくそう言って、僕らは笑い合う。

 まるであの子供時代のまま何も事件など起きずに幸せに成長したように、温かい幸せな時間が過ぎる。


 飲み物と軽い食べ物を二人分頼んだ僕に、支払いは自分がすると言い出すディアナを制して、「最初の一回ぐらいおごらせて」と、男らしい意地を貫く。

 ディアナは口を尖らせると、「次は私だから」と、譲れない部分を主張した。


 苦味とピリッとした刺激と、心地よい香りのコーヒーには牧場羊のミルクが落とし込まれていて、僕らぐらいの年齢でも飲みやすい。

 本来のストレートなコーヒーは成長期にはあまり飲みすぎないほうがいいと成人指定されているのだ。

 まぁ後一年の辛抱だけどね!


「これ、初めて飲む」

「竜人の里ではコーヒー飲まないの?」

「うん、大体苦いお茶」

「そうなんだ」


 昔より伸びたように感じるしなやかな尻尾がゆらりと振られている。

 獣族ほどではないけれど、ディアナも尻尾には感情が乗る。あの動きは機嫌のいいときのものだ。

 変わっていない部分に安心すると共に、変わった部分にドギマギする自分を感じて、僕は軽く咳払いをした。


「ディアナはこの五年どうしてたの? 連絡届かなかった?」


 少し聞くのが怖いが、聞かなければしょうがない。

 僕は思い切って気になっていたことを確認した。


「あれからずっと、修行で、聖堂に行かなかったの。ちょっとだけ、怖かった、し」

「そっか」


 怖かったというのはあれかな、僕がまだあの場では言い足りなかったからと、暴言を寄越してディアナを責めるのではないか? と、思ったということなのだろうか。

 つくづくあのときの自分が憎い。


「そんな顔しないで。私、あの頃は弱い自分が許せなかったの。だから強くなるまで、イツキと会えないと思っただけなの」

「ディアナは十分強かっただろ?」

「十分じゃなかった。だからああなった」


 うん、この話はまた延々と決着のつかない言い合いになる。

 悟った僕はとりあえずその話を広げるのをやめた。


「じゃあ、今は強くなったんだ」

「うん。私、族長になった」


 グッと、口の中のコーヒーを吹き出しかけて慌てて飲み込む。

 なんだって?


「え? ディアナ、族長になったの?」

「ん、イツキに手紙を書いた日に父さんを倒した」


 ええっと、お父さんを倒して族長になったということは、お父さんが族長だったということか。

 ……そうだったんだ。


「ディアナは族長の娘だったのか。よく子供のころ一人で僕達の街へ来れたね」


 ディアナは少し首をかしげると、「ああ」と、納得した風に頷いて説明した。


「違うの。うちの種族は偉さは血縁では決まらないの。強い者が偉いの。だから弱かった私にかまう人なんかいなかった」

「子供なんだから弱いのは当然じゃないか?」

「私、あの頃戦うのが嫌いだった」


 ディアナは俯いて言った。


「修行をせずに勉強を習いたがったり、友達と遊びたがったりして、一族のはみ出し者だったの。うちの一族では自らを鍛えない者は蔑まれるから、私は家族に見限られた。本当はあそこに逃げて来ていたの」


 そうだったのかという意外な思いと、同時に納得する思いがある。

 ディアナは竜人のイメージにも関わらず、乱暴な遊びよりも女の子達と一緒にちまちました遊びをするほうが好きだった。

 僕達は他に竜人を知らないからそんなものだと思ったけど、実はやはり本来のイメージ通り竜人は戦闘民族なのだ。

 そして、だからこそ、あの事件を悔いたのだろう。

 僕の余計な言葉が、その思いにさらに拍車をかけたに違いない。


「でも、お父さんは一日帰らなかっただけでディアナを助けに来たよ。やっぱり大切に想っていたんじゃないかな?」

「恥さらしって言われた。他所の種族に竜人の恥をさらしたってすごく怒られた」

「それはおかしいよ。ディアナが怒られるのは変だよ。悪いのはさらった連中だろ? それに人質になった僕だ」


 思わず、僕は強く言った。


「イツキはとても優しいね。最初からずっとそうだった」


 ディアナが僕の拳をそっと包む。

 体温が低いと言われる竜人らしく、彼女の手は少しひんやりとしていた。


「僕は優しくなんかないよ。あのとき、君を責めた」

「だって、本当のことだもの」

「違う」

「だって、私のせいで殺されるところだったんだよ? イツキはさらわれる理由なんか何もなかったのに、私のせいで」

「違う」


 否定を重ねてもどうしようもないことはわかっていたけど、僕はゆっくりと、確信を込めて否定の言葉を紡ぐ。

 がっちりと固められたディアナの自己嫌悪は切り崩しようがないほどに強固だった。

 これならむしろ僕を恨んで叩きのめしてくれたほうがマシだったぐらいだ。

 だけど、今すぐにこの思い込みを変える力は僕にはない。

 今は再び話題を変えるべきだろう。


「この話はまたゆっくりしよう。せっかくなんだし、色々楽しみたいだろ? この街初めてって言ったよね」

「うん。うちの村とあの街にしか行ったことない。こんな凄い街初めて。人が多くてびっくりだね」

「僕もこっちに住み始めて人が多くて目を回したよ。実際にこの都市に住んでいる人自体は行き交う人の半分もいないだろうけど」

「そうなんだ。都会って不思議だね」

「本当にね」


 僕はセットのドーナッツに手を伸ばす。

 ドーナッツは良く食べるけど、ここのドーナッツは僕の知っているものとかなり違っていた。

 動物の顔を象っていてカラフルなのだ。

 しかも白いポワポワしたクリームが添えられている。


「このお菓子すごくおいしい」

「ドーナッツ食べたことない?」

「うん」


 竜人の一族の食文化ヤバイ。

 僕がそんな慄きに支配されたときに、ふと、気配を感じた。


「あっ! イッキさま!」


 そこにいたのは見覚えのある長耳種の兄妹だった。

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