エピソード3 【探検クラブ】 その六
さっそくハル自身に鉢植えを選んでもらう。
それでわかったのだけど、ハルは花が咲くハーブ系の植物が好きらしい。
「部屋の中で鉢植えをいくつか育てるのと、庭にハーブを育てる一画を作る?」
「ハーブ、素敵ね」
師匠の家は周囲を背が高いビルに囲まれているけど、一応少しなら日当たりがある庭がある。
あまり日光を必要としないハーブなら育たないこともないだろう。
元々都市では緑地を増やすのは推奨されていて、種や鉢物は安く購入出来るようになっていた。
春季の週末にはあちこちで苗の無料配布とかも行われている。
「そうだ。今日はもう無理だけど来週末に庁舎前の広場での花市に行こうか」
「花市?」
「あちこちの公園で春先の週末の早朝には花市が開かれるんだ。庁舎前の広場は特に人が多くて催し物もいっぱいあって賑やかだよ」
「楽しみ」
僕が鉢を五つほど、ディアナが二つほど持って並んで歩く。
ハルは花を選んで満足したのかリュックに潜り込んだ。
どうも寝ているっぽい。
まぁ寝る子は育つって言うしね。
「お前らほんと、やめろよな。俺がいたたまれないだろ!」
カイが訳のわからない抗議をする。
なんでいたたまれないんだよ。
花市に誘わなかったからか?
僕にお前を誘えとか無理だからな。
「ふう、前からなんか名前出さずに後輩の自慢話をしていたけど、あれ、ディアナちゃんのことだったんだな。樹希ってちょっと変わり者だから彼女とかいねえと思って油断してたぜ」
「……彼女?」
カイの言葉に僕は首を傾げた。
ディアナを見ると、キョトンとした顔をした後ちょっと赤くなった。うん可愛い。
「なんだそのリアクションは。独り身の俺の目の前で堂々とデートの約束していて彼女じゃねえは通じないぞ!」
「デート?」
デートってあれだろ。
さして観たくもないイベントムービーを二人で観に行ったり、二人からじゃないと予約できないびっくりするようなお値段のレストランに食事に行ったりすることだよね。
僕たちが話してたのはすごく実用的な買い物に行く話だったんだけどな。
ああそうか、こいつ彼女なんかいたことないから色々こじらせてるんだな。
「カイ、大丈夫だよ。お前もいつかデートの意味がわかるようになるから」
「あ、なんだよその憐れむような目は! やめろよな! ディアナちゃん? なんでそこでハッ! としたような気の毒そうな顔をするの?」
騒がしいカイは放置しておくとして、緑のあるエリアを抜けると、徐々に周囲の雰囲気が変化して来た。
通路も狭くなり、大柄なカイがギリギリ通れるぐらいだ。
人も急激に減っている。
少し警戒度を上げたほうがいいだろう。
周囲にあるテントも、オープンな物は減っている。
一見して何の店だかわからない記号入りの看板が掲げられた垂れ幕のある入り口に、一癖も二癖もありそうな男が佇んでいるという、さきほどの白先輩の同族がいたテントと似たような形態のものが多かった。
ということは、つまり怪しいお店なんだろうな。
さっきのはどうやら女性がサービスしてくれるお店だったらしいけど、ここはさっきのところと違って客引きもない。
本格的に内容を知っている人用の、一見さんお断りという感じだ。
周囲の人は明らかに場違いの僕たちをジロジロと見ている。
中にはディアナの全身を舐め回すように視線を送っている男がいたので、さりげなく視線の先に割り込んでにっこりと微笑んでみせた。
チッと舌打ちをされる。
顔に鱗があるから鱗種の人っぽい。
もしかしてディアナが同種の女の子と思ったのかな?
「はぁ? 何その理屈! 何の店か確かめようとしただけだろ? それが暴力振るう理由になるのかよ!」
いきなり大きな、そして聞き覚えのある声が響いた。
「あー、認めるのが嫌だが、あれって」
「エイジ先輩だね」
どうやらそろそろ合流できる範囲に入っていたらしい。
そしてさっそくトラブルを引き起こしていた。
「うっせーガキだな。場所には場所の作法ってもんがあるんだ。それを守れないならつまみ出されて当然だろうが!」
うん。相手の言葉に妙な説得力がある。
先輩。話の流れからすると、勝手に店を覗こうとしたんだよな?
怒られるのは仕方ないとは思う。
でも暴力を振るわれたんならちょっと問題あるよな。
覗こうとした時点で追い払えばいいだけだし。
ところで部長やマサ先輩はどうしているのかな?
てか様子も見えないここで考えていても仕方ないか。
でもディアナがいるし、暴力沙汰なら近づくのも危ないな。
「ふむ、喧嘩のようだな。行ってくるぜ!」
「あ、おい!」
止める間もなく、単純明快なカイが飛び出して行った。
これだから脳筋は!
「イツキ。先輩さんたち大丈夫?」
「あ、ああ。裏市場って言ってもそこまで非合法じゃないってハク先輩も言ってただろ。いくらなんでも命が危ないようなことはないと思う。そもそもどうやら先にルールを破ったのはエイジ先輩のようだし」
それに、何と言ってもあのグループには部長がいる。
交渉事なら部長が一番上手いのだから任せておいたほうがいい。
あまりことを大きくしすぎるとさすがに収まりがつかなくなるだろう。
というか、ディアナを危険に巻き込みたくない。
ふと、おかしな気を感じて振り向く。
ずいっと男が迫っていた。
「よう、お二人さん。仲いいね。疲れてない? 休憩場所、いいとこアルヨ?」
カエル顔のおじさんが僕の手を握って言う。
どうやらここらでも呼び込みをする店もあるらしい。
休憩場所ということはカフェのようなところなのかな?
「休憩はさっきしたところなので大丈夫です。ありがとう」
頭を下げる。
おじさんは驚いたようにまたたきをして、でも手を離さないまま続けた。
「まぁそう言わずに寄ってみないか? お兄ちゃん達みたいに若い子が入ると場が盛り上がるからサァ」
アクセントが独特だな。
最近この国に来た人かもしれない。
「どういったお店なんですか?」
「ゲーム場ダヨ」
「ゲーム? ええっと、何かの審判ですか?」
「いやいや、そんな真剣なもんじゃないよ、お遊びダヨお遊び」
う~ん、全然中身がわからないな。
遊びでゲームってことは修練場? いや、それだと堅すぎるか。
あ、そうか、ゲームの中でも特殊な技能特化のゲームのほうかな? 対決のためじゃない遊びのためのゲーム施設があると聞いたことがある。
確か賭博場とか。
「僕たちあまりお金持ってないんです。ごめんなさい」
もし賭博場ならとんでもない額のお金が必要となるはずだ。
僕のような学生に利用できるような場所じゃないだろう。
「君たちあっちでも揉めてる子の仲間ダロ? 学生さん? 社会勉強?」
「あ、はい。サークルの活動で」
「なら見るだけみたらイイ。勉強になるよ?」
う~ん。
なんでこの人こんなに僕たちに構うんだろう?
殺気は感じないし、掴んでいる腕に直接的な害意も感じない。
ただ、善意でもないし、全体的に気が昏い。
傷つけられる側ではなくて、他人を傷つける側の人であることは間違いないだろう。
とは言え、こんな場所だし、それは当然と言えば当然なんだよなぁ。
探検クラブの主旨から言えば、男の言うことは目的に合っている。
これは僕たちだけで判断できないな。先輩と合流しよう。
「なら、先輩も一緒でいいですか? あっちで揉めているようですし、ちょっと行って来ます」
「え~、先にちょっとだけ見ていかなイ?」
「その手を離して」
しつこい男に業を煮やしたのか、ディアナが突然動いて男の肘を掬い上げた。
攻撃というよりも、軽く払ったという感じだ。
音もほとんどしなかった。
しかし、男の手は僕の腕から離れる。
「お、オー」
男は怒り出すということもなく、自分の払われた腕を見ると、なんだかニコニコしている。
「やっぱりお二人さん只者ではないネ? 私けっこうそういうのわかるんダヨ。ささ、おじさんを助けると思ってサ」
ちょっと跳ねている。
嬉しそう。
と、思ったら、また突然手を掴んだ。
今度は僕だけでなく、ディアナの手も掴んでいる。
ちょ、おい。
「はいは~い! 可愛いカップルの追加だヨ~」
「え? カップル?」
ディアナが呆けたように呟く。
あ、今の顔、すごく可愛い。
たしかにおじさんの言う通り、ディアナは可愛いよね。
なんだか引きずられながらそんなことを考える。
もちろん抵抗しようと思えば簡単なんだけど、このおじさん、ひょろっとしていて筋肉なんてあんまりついてない感じで、下手に抵抗するとケガさせてしまいそうで怖い。
だからディアナもさっきは掬い上げただけだったんだろうし。
今はカップルとか言われて照れているので力が抜けているっぽい。
ディアナが照れると僕も照れる。
ていうか、おじさん随分奥にずんずん行ってるけど、ここって通路だったのか。
さっき見たときはてっきり資材置き場だと思ってた。
先のほうには天幕じゃないドアがあって、強面の男性ではなく、きれいな女の人が佇んでいる。
「カエル。人さらいはボスが嫌がるよ」
「人さらいじゃねえよ! ゲストだよ! ボス、若い子好きだからサ」
お姉さんがジロジロと僕たちを見る。
すごいきれいな毛並みの猫種の女性だ。
黄金に黒い斑、しなやかな体付きからかなり柔軟な筋肉が感じられる。
この女性かなり強い。
というか、人さらいという言葉がさらっと出てきて一瞬緊張したけど、違ったようだ。
よかった。
若い子好きなボスってどんな人だろう?
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