エピソード3 【探検クラブ】 その五
「お前なんでこんなところに来た」
そのついでのようにチラリとハルの姿をその目に捉える。
その瞬間、先輩の気が揺らいだことに気づいた。
あれ? もしかして先輩……。
「サークル活動です」
「アレか。忠告しておくが、ここは上品な市場ではないぞ。早々に出て行け」
「その魔人の人、先輩のお知り合いですか?」
「話を聞け」
「ちょっとこのおじさんが気になることを言っていたんですけど。この市場、人も商品にしているんでしょうか?」
知らない場所で知り合いに会うとちょっと気が楽になるよね。
それほど親しくしていた訳じゃないけど、白先輩とは何度か話したことがある。
少なくとも、この先輩は他人を騙すような人ではない。
信用していい人だ。
だから先輩に聞くのが一番だと僕は判断した。
白先輩はまたもため息を吐くと、ちらりと僕の前にいる男を睨めつけ、用心棒らしき魔人の男に目でなにやら合図する。
「そんな訳ないだろう。この市が仮にもお目こぼしされているのは重罪になるような犯罪行為は行われていないからだ。人身売買など行っていたらとっくに潰されている」
「確かに、それもそうですね」
白先輩の言葉には説得力がある。
高等生ですら容易く侵入できるような場所で、そこまでの違法行為を行っていたら警察も黙っていないだろう。
僕は店の呼び込みをしていた男の手を離す。
男は「ヒィッ!」と大げさな声を上げながら、飛び離れた。
てか、痛いこととかしてないよね? そういう行動はさすがに傷つくんですけど。
そもそも悪ノリして僕たちを脅したりしないで、白先輩のようにきちんと話をしてくれたらこんなに揉めなかったのに。
なんか悪目立ちしちゃったよ。
ふと、ディアナの様子を見ると、先程の攻撃的な気配は失せて、目を丸くして白先輩を見ていた。
ええっと、それって見た目が珍しいからだよね? カッコイイから見つめているとかだったらちょっとへこむ。
「あの、イツキ……」
「あ、ごめん。ディアナ、この人は僕の中等部時代からの先輩でハク先輩。ええっと、先輩、彼女は僕の友人でディアナ。それとこの子はハルです」
「よろしくお願いします」
「ああ」
ディアナがぺこりと頭を下げるのをほぼ無視する形で先輩は生返事を返す。
かなり失礼な対応だけど、これは先輩のデフォなスタイルなので気にしても仕方ない。
それよりも見ないふりをしているけど、確実にその視線がハルに釘付けなのが面白いな。
先輩、案外と可愛いもの好きですか?
「ここは店に迷惑だ。何か聞きたいことがあるなら私が対応する。それでいいか?」
「あ、先輩が案内してくれるんですか?」
「おお、とうとうハク先輩もデレ期?」
ぼそりと提案した白先輩に、カイが余計なことを言ってギロリと睨まれる。
その瞬間カイはビクッ! と硬直した。
怖いならちょっかい出さなければいいのに。
まぁ白先輩は態度から思うほど怖い人じゃないけどね。
でも、確かに珍しいな。
できるだけ他人に関わらないようにするのが白先輩の信条だ。
積極的に関わり合うようなことをしたのを見るのは初めてかもしれない。
あの魔人種の人の代わりに落とし前をつけようとしているとか?
白先輩は、この裏市場の中では比較的小奇麗に整えられたオープンカフェのような場所に僕たちを案内した。
周囲には色々な植物の鉢やプランターが並んでいる。
値札が付いているから売り物のようだ。
「あ、精霊樹」
「マジか?」
ディアナの言葉にカイが反応した。
確かに精霊樹は珍しい。
おお、値段が凄い。
「その女は竜人、ハルは妖魔か」
「はい」
ディアナをその女呼ばわりはさすがにどうかと思ったけど、ハルは名前呼びなんですね。
つい、抗議するのを忘れてしまった。
「お前、石棺病についてどのくらい知っている」
「循環不全で発症する病気ですよね」
「そうだ。そして獣族よりも幻想種族のほうがより発症しやすいと言われている」
「えっ」
竜人種であるディアナと魔人種である白先輩は幻想種族だ。
僕は軽く考えていたけど、ディアナに都市の暮らしは危険が大きすぎたのか。
あ、でも先輩は確か小さい頃から都市住みだけど、発症していない。
「お前、今、なぜ私が発症していないのかと疑問に思っただろう」
「ええ、まぁ」
「ふ、素直だな。これは私の経験からだが、石棺病が発症するのは中途半端に魔力放出を行う者だ」
「中途半端に?」
「そうだ。たとえば翼人は最も石棺病の犠牲者が多い種族だ。彼らは飛ぶときに魔力放出を行っている。次に牙あるものに多い。牙ある者達は暴力沙汰をよく起こすが、その際に魔力を使うことがある」
なるほど、理屈としてはわかりやすい。
「一方で、聖堂で癒やしの技を行う奉仕者共には犠牲者はほとんどいない。やつらは自分達の力を神力と言っているが、魔力と神力が同じものであることは近年の研究によってに証明されている」
「そうですね」
中等部の授業で習う基礎的な話だ。
「両者の違いを考えたとき、明確なのは、魔力を使うときに意識しているかしていないかだ」
「あ、確かに」
翼人の魔力放出は、飛ぶという行為に対する体の本能的な対応だ。
癒やしの力を行使する奉仕者の人は、修行をしてその力を得ると聞いたことがある。
つまり、魔力を自分の意思でコントロールすることで石棺病を避けられるということなのか。
でも、そんな簡単なことで石棺病を避けられるなら……いや、魔力のコントロールは言うほど簡単じゃないと聞いた。
そもそも鬼族や獣族の場合は外界の神力を体内に取り入れて練り上げて放出することで魔力として使うことができる。
一方で幻想種族は体内で魔力を生成できるので、意識しなくても常に一定量の魔力を放出している状態らしい。
鬼族や獣族は一見魔力をコントロールしているように見えるけど、これもここ一番ってときに本能的に行っている場合が多いと聞いた。
魔力をコントロールするというのは、簡単に言うと、自分で血液の流れをコントロールするような話だ。
うん、僕にはちょっと無理かな。
そもそも魔力自体角なしはほとんど使えない人が多いんだけどね。
あ、なら。
「じゃあ、ディアナやハルは危ないんじゃ?」
「一番危険なのは成長期らしい。次に体力が衰える中年以降だ。そいつらは早々に魔力コントロールを覚えるか、週末には循環環境で過ごすようにしたほうがいいだろう」
白先輩はうなずいてそう助言してくれた。
おお、やっぱり先輩本当は面倒見のいいやさしい人だよな。
普段は他人に関わらないようにしているけど、なんか理由がありそうだし。
「私は魔力コントロールは得意」
ディアナが僕の分まで買ってきたらしいココアを手渡しながらそう言った。
ある程度話を聞いていたようだ。
というか、ディアナ、ここで使えるようなお金持ってたのか。
「そうか、竜人では珍しいな。それならまぁ心配することはないだろう。ハルに関してはお前たちが傍から離さないようにするか、環境をある程度整えるようにするといいかもしれん。ちょうどそこで売っている植物などは地中の神力を大気中に放出する特性のあるものが多いから見繕って買っていってはどうだ? 街住みの者は子どもを育てるときには鉢植えを置いたり、庭に植物を植えたりしてできる限り環境を整えるように自衛している」
「ありがとうございます」
あ、そうか、そのためにここに連れてきてくれたんだな。
先輩やさしいな。
てかハルがそうとう気に入ってる?
ハルも先輩が気になるのかさっきから僕の肩から伸び上がって先輩のほうに手を伸ばそうとしている。
でも、僕がハルを近づけようとすると先輩が体を離すので、ちょっぴりしょんぼり気味だ。
先輩無理しなくてもいいのに。
「さすが頭も顔も力もトップクラスと言われているハク先輩だけあるな。やっぱ、うちのサークルに入りません? 部長喜びますよ」
カイは白先輩が少し怖いらしいのに、果敢に勧誘をした。
途端に先輩は顔をしかめる。
これはマジで嫌な顔だ。
「角なしのエリート様が何を考えているのやら。彼らにしてみれば私など災厄の権化だろうに」
吐き出すように言って、ハッとして僕の顔見て一瞬済まなそうな顔をする。
まぁ僕も角なしだからね。
でも、白先輩の言い分もわからなくはない。
角なしの国と魔人の国との険悪さというか相性の悪さはかなりのもので、それも元々は魔人によって角なしが狩られていたという古い歴史に依るものだ。
魔人族は今でも人を食べるとの噂があるぐらい野蛮とされているけど、その噂の大半は角なしの国から出たということだし。
実際に先輩を見ると、全然印象が違うんだけどね。
部長はその総本山である角なしの国の人間だ。
先輩が警戒するのも当然かもしれない。
とは言え、うちの部長も変わり者だからなぁ。
「でもハク先輩はその、あまり魔人族っぽくないですよね。普通魔人族って黒い翼に黒い角ってイメージですけど、ハク先輩て角も羽も白いですし」
あ、カイ、お前それ、地雷だから。
途端にハク先輩の顔が引きつると、椅子から立ち上がり無言で踵を返して立ち去った。
あーあ。
「あ、先輩色々質問に答えてくれるんじゃなかったんですか? おーい」
「カイ、お前すげえよ、ほんと」
「あの姿、気にしてるの?」
ディアナが白先輩の後ろ姿を見送りながらそう尋ねる。
「うん。中等部時代からそこに触れられると雰囲気が冷え冷えしちゃって誰も近寄れなくなるんだよね。もしかすると先輩は自分の姿が嫌いなのかも」
「そっか。人と違うってちょっと寂しいよね」
ディアナは僕を見ながらそう言った。
もしかしてそれは僕とディアナのことかな? そんな顔をすることはないのに。
「そうかな。僕は違うって素晴らしいと思うけどな。みんな違うから驚きや感動があるし、世界が鮮やかなんじゃないかな?」
「イツキは凄いね」
ディアナはギュッと僕の腕を掴む。
ディアナの手は僕のふにゃふにゃの手と違って、光沢があってツヤツヤの肌と、尖った透き通る爪がある美しい手だ。
どんな武器よりも鋭いと言われているその指先で、ディアナは小さなビーズをつまんだり、お菓子を作ったりもするのだ。
「僕はディアナのほうがずっと凄いと思うけどな」
「お前ら、俺の存在忘れてるよね?」
カイが一人パッションフルーツジュースのようなものを飲みながらぼやいた。
お前それ、イメージに合わないから。
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