エピソード7.5 【神薙 白】

 魔人種族は強くなければならない。

 それは魔人たる者の共通認識だ。

 だからこそ多数決で物事を決める同盟などには参加していないし、たびたび、魔王が近隣の国に対して征服戦争を起こしては、激しい騒乱の時代の引き金になってしまったりもする。

 しかし、魔人は本来は個人主義であり、強者崇拝の理で行動していた。

 だからこそ魔王が覚醒していない時代には、国単位では他所の国と揉め事を起こしたりしていないのだ。

 圧倒的強者でなければリーダーにはなれない。

 そして、リーダー以外の言うことなど聞かない。

 それが魔人種だ。


「私は、変わり者なのだろうな……」


 神薙白かむなぎはくは、種族の歴史を紐解きながらそう考える。

 なぜなら彼自身は強さになんら価値を見出していないからだ。

 魔王の依代として生まれ、種族のなかの勢力争いで勝者のための杯として扱われ、争いを厭う気持ちが強くなったのかもしれない。


 魔王の生み出した歴史は悲惨だ。

 もともと種族として数の多くない魔人種は、魔王に率いられて戦争を起こしても、それは圧倒的というほどの戦いにはならずに、さらに種族全体の数を減らし続けてしまっている。

 魔人は他の種族と戦う場合、一部の特殊な種族以外には一対一でなら当然勝てる力があった。

 しかし千対一ではやはり勝てないのだ。

 魔人とてその程度の強さだ。

 地形すら左右すると言われる魔王が特別なのだ。

 その魔王すら、あまりにも強力な魔力によって依代となった者の身体が長くは持たず、だいたい覚醒して十年ほどで死んでしまう。

 近隣諸国はその十年をなんとか耐え抜けばいい。

 そもそも圧倒的な力で諸国を征服したとしても、それを統治するための人員が足りないのだ。個人主義だから統治する能力もない。

 魔人の国はそれなりに大きいが、純粋な魔人が住む場所は意外なほど狭いエリアとなっている。

 今となっては魔王の存在は魔人種にとって足かせでしかない。


 だが、強い者に無条件に惹かれる種族特性のせいで、魔人種族は魔王という呪縛から逃れることが出来ないのだ。


「変わり者と言えば」


 白は思い浮かべる。

 角なしの後輩、確か逸水イツキとか言う名前だ。

 先日竜人の娘と共に押しかけて来たが、彼も強い者に惹かれる性質なのだろうか?

 だから自分に構うのか? と一瞬思ったが、「いや」と、否定する。

 中等部時代、逸水がもっとも親しくしていたのは同年の弱者たる種族たちだった。

 争いが起きるとたちまち姿をくらます弱き者たちは、実はそれなりにたくましいと白は思う。

 彼ら、彼女らは柔らかそうな、殴られただけで死んでしまうのではないかと不安に思ってしまうような見た目でありながら、暴力が支配していた中等部でけっこう巧みに生き抜いていた。

 それどころかいつの間にか生徒会で規範を作り、同盟法に準拠した審判バトル以外での争いは治安維持部隊預かりとするとしてしまったのだ。

 その規範作りの中心にいたのが逸水だ。


『先輩、こちらの宣言書にサインをいただいてよろしいですか? これが通れば無用な争いごとに巻き込まれることがなくなりますよ』


 そう言って書類を差し出して来たのが最初の出会いだった。

 自分が争い事を厭っていると、いったいどこで知ったのやらと、白は思う。


 そして今回。

 学園特区で魔王派らしき連中が起こした騒ぎは、明らかな白への警告だった。

 学校に通い続けるのなら、多くの者を巻き込むことになる。

 そうなればこの国とて黙ってはいないだろう。

 移住難民である白の立場は弱い。

 種族間の平等、公平な勉学、仕事の取得機会。

 そういった理想を謳っていても、実害があるものについてはその枠からはみ出した者でしかない。

 簡単に切り捨てるに違いなかった。


「ハクさま」


 考え込んでいた白は、突然の声にビクリと反応する。

 丁寧すぎて逆に嫌味のように感じさせる態度の男は、白と同じ魔人種族の者だ。

 男としては別にバカにしているつもりはないのだろう。

 白の両親と白自身の将来に対して敬意を払っているにすぎない。


「ああ、すまなかった。考え事をしていたから。それで、どんな感じだ」

「よくはないですね。あちこちに警報アラームの術式が仕掛けてあります。ハクさまを探すためというよりは、大きな魔力が動いた際に場所を特定するためでしょう」

「木の実が熟して落ちるのを文字通り網を張って待っているという感じか。腹が立つほど余裕だな」

「ですが、逆に言えばまだ場所を特定できていないという証拠ではありますね」

「心慰められる推察だな」


 そもそも魔王という圧倒的な暴力の前には、他のあらゆる敵対勢力はあまり意味を持たない。

 というか、奴らは魔王に敵対するつもりはないのだ。

 敵対するのはむしろ私たちのほうなのだから。


「それで、結論としてはどうだ」

「ハクさまの提案された、覚醒直後の魔王討伐ですが、今ひとつ決定力が足りません」

「覚醒直後の最弱のときですら瞬殺とはいかないだろうからな。その上奴らがすぐに駆け付けて来るとなれば時間も足りない」

「まさに」

「なあ。そこに竜人が加わればどうだ?」

「竜人! 当てがあるのですか?」

「先日の裏市場での騒ぎに学生が関わっていただろう?」

「ああはい、そう言えば竜人の娘がいましたね。しかし、若すぎるのでは? いくら力があっても未熟者では」

「そこをカバーするのがお前たちじゃないのか?」

「そう、ですね。竜人のなかでも剛の者なら覚醒時の魔王に対処出来るかもしれません。我らは直接的な暴力には多少弱いところがありますから」

「その特徴は魔王にもあるという訳か。なんとか、なるかもしれないな。竜人に対しての交渉は私が自らやろう」

「はい。ああそれと、山河殿にお会いになるとか」

「ああ。実際、礼儀は通す必要があるだろう。いい機会だ」

「この国は、居心地が良すぎましたね」


 魔人の男も、こちらの事情を山河に話せば、この地を追われるだろうと考えているのだ。

 それほどに魔王の悪名は高い。


「魔王を倒すことが出来れば。お前たちは戻ってくればいいさ」

「ハクさま。我らが不甲斐なきばかりに、申し訳もございません。……ご両親にさんざん世話になっておきながら、結局我らは何も」

「私が自死して終わるなら簡単な話だったのだけどな。暴走した魔王など始末に負えない」


 魔人の国の歴史には、暴走覚醒した魔王の記録もある。

 広大なエリアをまるでスプーンでアイスクリームでも掬い取るかのように削り取った挙句、大気と地底に強大な魔力を放ち、その後何年も続く災害を引き起こした。

 幸いにも暴走覚醒した魔王は数ヶ月で自らの魔力に食われるように消滅したとのことだが、その代償は大きすぎた。

 そのことがあって以来、敵国ですら魔王の依代に手を出してはならないという厳しい法を作ったぐらいだ。


「そういうことを言われては、亡きご両親が哀しむでしょう。我らもハクさまには及ばぬながら、それなりに魔力を扱うことはできます。安心して、というのはおかしな話ですが、もしも魔王にならざるを得ないとしても、むやみに被害は出しません」


 男の言葉には、魔人としての力への自負がある。

 その魔人らしさが、魔王と相対したときに逆に発揮されて、たちまち頭を垂れてしまわないことを、白としては信じるしかない。

 まるで腫れ物を触るような扱いではあっても、幼い頃の白を連れて共にさすらった者たちなのだ。


「角なし、についてはどう思う?」


 ふと、気になって白はその男に尋ねてみた。


「角なし、ですか?」


 男は不思議そうに応えて、少し考える。


「そうですね。彼らの出生率の高さは少しうらやましいでしょうか。呆れるほどどこにでもいますからね。商人としては油断ならない相手であると共に、信頼関係を築けば頼もしいところもありますね。私たちが昔、逃亡を繰り返していたときも角なしの商人が関わっていましたからね。弱くはありますが、すぐに逃げ隠れる牙なし共と比べればまぁ多少は認めてもいい連中ですね」

「そうか」


 強さを基準にものを考える魔人にとって、角なしは力では取るに足りない相手ではある。

 しかし、交渉上手で、弱いながらも約束事は守るとされる角なしは、彼らにとっても一定の評価が出来る相手というところのようだ。

 交渉上手な角なしと言えば、後輩の逸水とは別に、もう一人の角なしを白は知っていた。

 研究留年を繰り返して学生として留まり続け、探検クラブなるものを作った男だ。


(だが、同じ角なしでも、あの男を信じようとは決して思わなかっただろうな)


 確か大企業か何かの御曹司だったはずの男を思い浮かべて白は頭を振った。

 力という意味では、あの男のほうが逸水よりも遥かに持っているだろう。

 しかし、純粋さという意味では決してあの男は逸水に太刀打ち出来まい。


「ああ、そうか」

「なにか?」

「いや、なんでもない。次の連絡はまた場所を変えて二日後に。山河殿に一応繋ぎも頼む」

「はい。お気をつけて」


 男は言葉と共に、フッと姿を消した。

 敵対勢力の仕掛けたというアラームに引っかからない程度の魔術を行使したのだ。

 影渡りはごく簡単な魔術で、魔人たちは誰もが普通に使っていた。

 しかし、白は今回その魔術に少しだけ眉を潜める。

 学園特区で生徒を襲っていた魔人を思い出したのだ。


「純粋さ、か」


 白は呟いた。

 諦めないと告げた後輩を、どこか眩しいような気持ちで羨んでしまったのは、きっとその想いの濁りのなさのせいだったのだろうと、気づいたのだ。

 結局のところ、白は最初から全てを諦めているのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る