エピソード8 【目覚めの日】その三

 白先輩から連絡が来たのは、冬季の長期休暇の前だった。


 その日は、数日前から降り出した雪が、街の道路を危険地帯としていて、僕たちは歩くだけのことに苦労していた。

 飛べる人たちも寒さで飛ぶのを嫌がる時季なので、頭上に羽ばたきひとつ聞こえない。

 冬季休みは、雪に閉じ込められるしかなかった昔からの伝統のお休みで、ほとんどの仕事が休業となってみんなが家に引きこもる。

 つまり買い出しが忙しい時季だ。

 リングに白先輩からの伝言が送信されて来たのは、学校帰りの買い物の真っ最中だった。


 僕たちはその頃、あちこちうろうろしながら多くの生活必需品を買い込み、二人で何気ない会話を楽しんでいた。

 その日は、道路の雪が溶けているのを見て、ディアナが不思議そうに聞いたものだ。


「これ、どうやって雪を溶かしているの?」

「道路のこっち側から溜めていた雨水を流して、こっちの側溝でその水を受ける。という感じの循環機構らしい」

「頭のいい人がいるものね」

「ちょっと靴がびしょびしょになるけどね」

「だからブーツなんだ」

「ブーツというより雨靴だね」


 僕たちはそんな風に、ほのぼのと冬季休暇のための荷物で両手をいっぱいにしていた。

 別に白先輩のことを忘れた訳じゃないけれど、先輩からの連絡待ちだし、学校に通っている平日は動きようがない。

 そんなとき。


「イツキ、光ってる」


 と、ディアナが言った。

 別に僕が光っている訳ではない。リングだ。


「お、ありがとうディアナ。ちょっと荷物を置けるところがないとチェック出来ないな。とりあえず家に帰ってからだね」

「うん。ご両親かな」

「父さんと母さんには僕のほうから連絡してあるけどな」


 などと言いつつ家に戻り、メッセージの内容を見ると白先輩だったという訳だ。


「ハク先輩だ。どうやらサンガさんに繋ぎが取れたみたい」

「年を越すかと思った」

「まぁ言われてみればサンガさん忙しい人だろうしね」


 以前、何の約束もなしにカエルさんにお願いして会わせてもらったことを思うと申し訳なく感じた。

 メッセージの内容を見ると、どうやら平日だけど学校が休みに入る日に会えるようだった。

 やっぱり週末は忙しいんだね。

 ……ほんと、ごめんなさい。


 ―― ◇◇◇ ――


「ハク先輩」


 少しおしゃれをした僕たちは、ホテル側の入り口から遊技場の奥にある山河さんの指定席に到着した。

 おしゃれと言ってもホテルのエントランスを抜けても平気な程度の服装だから、休日にお出掛けするような服装だ。

 ただ、そんなに高級じゃないワンピースも、ディアナが着るとたちまち最高級のドレスのように見えるのが凄い。

 ディアナ自身が豪華な炎の華のような女の子だから何を着ていても華があるのだ。

 

 山河さんの部屋には既に白先輩が来ていて、生真面目に背筋を伸ばして丁寧に礼を取りながら、山河さんと何やら話をしていた。

 だけど、僕の掛けた声にこちらを向いた白先輩を見て、僕は驚いた。

 僕たちが白先輩に会ってからまだ一節(二十五日)も経ってない。

 それなのに、白先輩の顔はひどく憔悴していた。


「見てわかるだろう? そろそろ時間がないようだ。ここで山河殿に事情を説明できたのは、案外よかったのかもしれないな」


 白先輩は僕の驚きを見て取ったのだろう。

 そんな風に言った。

 時間がないというのは、魔王化のことか。

 まさか、本当に時間がないのか?

 白先輩の魔王化を食い止める手がかりは得たとは言え、それが本当に効果があるかどうか何かで試してみたかったのだけど。

 いや、時間がないと言っても、今日すぐにどうにかなるという訳じゃないはずだ。

 もう少しだけ時間があれば、学校も休みになった訳だし、ディアナの故郷の山へ入って、僕の考えた方法が効果があるかを魔物化した動物で試すことも出来る。

 大丈夫、大丈夫だ……。


「それで、ガキども、話とはなんた? この魔人の坊やは頑固でいっこうに口を割りゃあしねえし、まぁでも、お前さんたちと仲がいいならちょいと安心したがな」

「……単に学校の後輩というだけです。彼は昔からおせっかいで」


 山河さんの言葉に、白先輩はその内容を否定するように言った。

 仲がいいと言われて照れているのか、白先輩なかなかシャイな人だな。


「サンガさんこんにちは。今日は忙しいところ時間を作っていただき、ありがとうございます」

「けっ! ご丁寧な挨拶は抜きにしろや。でえじなことだから俺を頼ったんだろ? 結構結構、身の程を知っているガキってのはいいもんだ」


 山河さんは僕の挨拶を遮って話を促した。

 とは言え、これから説明することは白先輩の大事な秘密でもある。

 僕の口から語るのはおかしいだろう。


「ハク先輩、まだ事情は?」

「君たちが来るまで待っていたんだ。来てみたら私はすでに叩き出されていたというんじゃ、君たちだって困るだろうと思ってね」


 白先輩、わずかに声が震えているな。

 しかも気がすごく薄い。

 魔王化の兆候なのか? それとももしかして不安のせいで憔悴しているからなんじゃないのかな。

 白先輩は色々言うけれど、本質は責任感の強い人なんだと思う。

 魔王化してしまったらこの街に迷惑をかけることを気にしているんだろう。


「ほう。んじゃあ坊主。説明しろや」


 山河さんが白先輩を促す。

 その声に応えて、白先輩は再び姿勢を正して自分の事情を語った。

 魔人種のなかに産まれる白い魔人は魔王の依代であること、両親は自分のせいで殺されたこと、成長期が終われば魔王として顕現すること、そしてそれはもうすぐであること。


 どの話も白先輩にとっては辛い内容なのだけど、白先輩はいっそ堂々と淡々と説明した。

 山河さんも一切遮ることなく白先輩に話をさせている。

 山河さんの周囲にいる護衛の人は、今日は最初の日に会った牙ある者のお姉さんだ。

 魔王という名前に少しだけ反応してちらりと白先輩を眺めたけど、それ以上特に何も反応せずに定位置に立っていた。

 カエルさんは魔王の名前を聞くと飛び上がって慌てふためいたけど、周囲の人が誰も怖がったりしていないことに気づくと、どうやら落ち着いたようで、適当な椅子に座ってお茶を飲み始める。

 結構自由だな。


「なるほど。で、坊主はどうしたいんだ?」


 説明を終えた白先輩が口をつぐむと、山河さんは先輩にそう尋ねた。

 白先輩は、少し逡巡したけれど、すぐに顔を上げてまっすぐ山河さんを見る。


「私たちはあなた方に大変な恩がある。流れて来た私たちを何も言わずに受け入れてくれただけでもありがたいのに、さまざまな手続きを代行してくれた。だから、私は恩を仇で返すようなことにはしたくない。早々に街を出るつもりだ」


 そう言うだろうなと思っていたから驚かなかったけど、白先輩って自分に厳しい人だよね。

 と言うか、なんか僕が先輩を追い込んでしまったような形になっていて、心苦しい。

 でもさ、先輩、先輩はもっと恩人の為人ひととなりを知っておくべきだと思うよ。


「ただ、ことを終えた後、同胞たちが再び居を求めてこの街に戻ったら、出来れば受け入れてほしい」


 お仲間の人たちの心配か。

 というかことを終えるって、自分たちだけで始末をつけるってことだよね。

 この街を出た場合、魔王派の人たちがそんなことをさせるとも思えないんだけど。


「ハッ!」


 白先輩の話を聞いていた山河さんは、突如大きな声を発した。

 部屋が揺れて、僕もちょっとビクッとしたんだけど、もしかしてあれ、鼻で笑ったのかな?


「俺も舐められたもんだぜ。この街に来たときにゃ豆っつぶぐらいのガキだった坊主によ」

「山河殿?」

「いいかよく聞け。俺たち巨人種はな。家族を持たないんだ。その代わり自分のテリトリーに眷属を持つ。その眷属を守ることが俺たち巨人種の誇りよ。おめえはな、坊主。残念なことに、とっくに俺の眷属なんだよ」

「さ、山河殿?」

「ケッ、魔人種だ最強の種族だ、魔王だ、と、偉そうにぶち上げるにしちゃあ、てめえケツの穴が小せえんじゃねえか? もっと堂々と、俺を守れ! ぐらい言えねえのかよ」

「馬鹿な! そんなことをしたら街全体に迷惑が。それこそあなたの眷属に被害が出るに違いない」

「バッカだなおめえは。今言ったばっかりだろ。坊主はもう、その俺の眷属なんだよ。今更なかったことに出来るか、阿呆」


 言われて、白先輩は目を白黒させて絶句している。

 そうだよね。

 山河さんってそういう人だよね。

 だって、他人の石棺病を肩代わりしてるんだよ? 普通の人じゃ無理だよ。


「で、角なしの坊主。おめえはこの馬鹿よりもマシな話を持って来たんだろうな」

「あ、はい」


 ようやく話が振られて、僕は思わず唇を舐めた。


「実は試してみたいことがあるんです。そのためには図書館の地下にあるという守りの力を使っている広間? を使いたいのですけど」

「いや、それはダメだ。あそこにゃあ今、石棺病の病人がいる。大立ち回りにゃあ向いてねえぜ」

「う~ん。そうですか」


 困った。

 あそこなら万が一のことがあったとしても周囲に危険は及ばないと思ったのだけど。


「で、それはこの坊主の阿呆な考えとは違って、前向きな話なんだろうな?」

「あ、はい。もしかしたら魔王化に抵抗できるかもしれないんです。でも、なにしろ前例がないことですから、もしもの場合に周囲に被害がないようにしたかったのですけど」

「ほう」

「なんだと!」


 山河さんが感心したようにうなずき。

 白先輩が怒ったように叫んだ。

 ちらりと隣にいるディアナを見ると、にっこりと僕を信じているきれいな目を向けて来る。

 前例が無いなら僕が初めての成功者になればいい。

 なんだかんだと言っても、僕はけっこう自信家だし、傲慢だ。

 そうでなきゃ、ディアナを諦めずに恋人になりたいと思い続けることなんて出来やしないからね。

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