エピソード・ゼロ 幻想の夜
僕達はおなじみの学校の横にある聖堂にみんなで移動した。
元々庶民が勉強を習っていたのは聖堂でだったということで、学び舎には基本的に聖堂が付属している。
ただし、聖堂は国にも自治体にも所属していないのだけど、学校は国や地域や個人が経営しているので、運営そのものは別になっていた。
聖堂では俗世の地位を求めないとされる奉仕者と言う人達が住み込みで働いていて、聖堂を中心とした自給自足の生活をしている。
聖堂自体は扉のない建物で、一日中出入り可能となっているので、誰もが好きな時間に祈りを捧げたり、供物を捧げたり、遊びに来たり、集まって何かの習い事教室を開いたりと自由に使われていた。
僕達は光が集まる祭壇へと駆け寄ると、押し合いへし合いしながら神様に最近の出来事を祈りとして捧げる。
「かみさま! あのね、テストで百点をとりました!」
「かけっこで惜しくも二等賞だった!」
「とーちゃんのお酒をちょびっと飲んじゃった」
「こないだの誕生日にナイフの使い方を教わったよ!」
「ディアナと友達になった!」
「イッキ達と友達になった!」
別に声に出して祈る必要はないのだけど、僕達はついついはしゃいで声を張り上げて報告してしまう。
奉仕者の人が話してくれる神話によると、世界と命を作った神様は、あまりにも存在が大きすぎて細々とした僕達の日常を見ることが出来ないのだそうだ。
そこで僕達が祈りとして日々の暮らしの様子を捧げることで、子供たちの暮らしを知った神様は楽しい思いをすることが出来るのだと言う話だった。
そんな感じで僕達は神様を肉親とは違う別の意味ので親のように感じていて、少しでも楽しんで貰おうと、色々とはしゃいで日常のあれこれを捧げてしまうのだ。
奉仕者の人達も神様は子供が大好きだからと、少々はしゃいでもあまり僕達を咎めたりはしない。
聖堂には僕達よりも小さい子達も一杯いて、大半はおもちゃ部屋で遊んでいるけど、神様大好きっ子は祭壇のある本堂で神様相手にお話しをしていることも多かった。
奉仕者の人達の言うには小さい子は神様の存在を本当に感じ取っている場合もあるので、そういった行動に出ることは珍しくないんだそうだ。
それぞれ神様に報告をして満足した僕達は駆け回ったりするのは禁止されている本堂からどこに行くかを決めることにした。
「あ、そうだ」
僕はポケットに手を入れて、自分が持っていた物に気づいて、それを供物にしようと決めて、再び祭壇へと戻る。
それは緑色の縞が入った黒くてツルツルした平たい石で、水切りに使おうと思って拾ったのだけど、とてもきれいだったので投げずに取っておいたのだ。
もう季節的に川で遊ぶ時期ではないし、使わない物は神様に捧げるのが僕達の常識だった。
「神様、きれいな石を捧げます」
コトリと小さな音と共に祭壇に置いた石の近くには他にも赤ちゃんの靴下や本、古着といったものが並んでいる。
食べ物は別の保管庫に入れて、奉仕者の人達がチェックをしてから振る舞われるのでこの祭壇の上には置かれることはない。
「あ、それ、もらっていいかな?」
どうやら僕に着いて来ていたらしいディアナが、物欲しそうに僕の捧げた石を見ていた。
「もう僕は神様に捧げたんだから、後は自由にもらったらいいよ」
僕は笑ってそうディアナに答える。
最初からディアナが欲しいとわかっていたら直接あげたのだけれど、祭壇に捧げた物は欲しい人が自由にもらっていいので、結果としては同じだ。
「うん、ありがと。いただきます!」
ディアナはピカピカの石を嬉しそうに手にするとそのツルツルとした表面を撫でる。
僕はなんだか自分に触れられているような気持ちになってちょっと恥ずかしくなった。
「水切り、まだ遊びたかったの?」
「あ、……うん」
僕達からしてみれば水切り遊びは数ある遊びの中の一つにすぎないし、寒い時期には川の近くで遊びたくないからさっさと切り替えてしまったけれど、ディアナにしてみればやっと覚えた遊びで楽しくなって来た所だったのだろう。
僕はちょっと罪悪感を覚えたけれど、友達の手前、今更川に戻る訳にもいかない。
「もしよかったら、暗くなる前にちょっとだけもう一度川に行こうか?」
「あ、ありがと!」
熱を持った炭のような赤みがかった黒い目が輝き、背中の羽がパタパタと羽ばたく。
ディアナの感情表現は、表情よりも目や羽根に現れるようだった。
友人たちの尻尾で行われる感情表現をとてもうらやましく思っていた僕は、またもやその羽根をうらやましく思うこととなった。
お父さんなんかはないものねだりをするのは恥ずかしいぞって言うけれど、うらやましいものはうらやましい。
ほんと、角なしってつまんない種族だよな。
とは言え、世界的に見れば角なしは数の多い有力な種族だ。
実の所、単独種族で国を造って大国にまで育てた数少ない種族の一つが角なし族であり、色々な理由で多くの他種族からの信頼も厚い。
見た目の魅力が乏しいから、対人スキルを上げた種族なのだろう。
自分の属する種族だけど、自分の両親以外の同族とあまり会ったことが無いので、なんとなく他人事のように僕は角なしという種族に対してそんな風な思いを抱いていた。
ともあれ、供物を捧げ終わった僕と、供物を貰ったディアナは、仲良く手をつないで友人達の元へ戻る。
そうして、なんだかニヤニヤしているかっちゃんとメグに、それぞれ理由もわからずこづき回される羽目になったのだった。
その後、僕達は日当たりの良い聖堂の庭に行って、奉仕者や大人達が提供した手作りの遊具で遊んだり、池の魚にエサをあげたりして楽しんだ。
この庭はかなり広い場所なので、大勢の子供達がそれぞれに楽しんでも場所は余っている。
ただ、やっぱりいい場所というのはあって、時折別の子供グループとぶつかる場合があった。
普通は大きな子のほうが小さな子に譲るのが道理なのだけど、同じぐらいの年頃同士がぶつかった時には、たまに子供ながらにゲームで決着を着ける場合もある。
ただこの日は、常日頃から幅を利かせていたゲームの強いグループは来ていないようで、何かを争うようなことはなかった。
国同士もそうだけど、子供であっても強い者が一番いい物を取るのはある意味常識で、そのことでいつも悔しい思いをしていた僕は、少しだけその連中とぶつからなかったことを残念に思ってしまった。
だって、ディアナがいる今なら、おそらく僕達のグループが最強に違いないのだ。
ディアナ頼みという所が情けないが、竜人にはそれだけのポテンシャルがあるし、それはディアナ自身にとっても自慢のはずなので、大いに頼りにさせてもらうつもりだったのである。
まぁそんな良からぬことを考えていた僕を神様が笑ったのだろう。
その後の体力勝負で仲間たちと競って、気持ちいい程思いっきり負けた僕は、少しふてくされながら夕七つの鐘を耳にした。
「あ、もう夕時かぁ」
「じゃあ私達帰るね!」
自宅が商売をしていたり、農家だったりする場合は家にずっと親がいるので早めに帰る必要がある。
僕達のグループではヒロこと
メグは僕と同じように都市で親が働いている子だったけど、毎日定時に帰宅するので早めに家に帰る必要がある。
そうなると僕はかっちゃんとしばらく一緒に遊ぶか、みんなと同じ時間にいっせいに帰るかのどちらかだ。
「今日は俺んち早いんだ。お先!」
この日はかっちゃんは早く帰る日だったようで、結局聖堂の前でみんなとさよならすることになった。
「ここの聖堂、楽しい」
ディアナはすっかりみんなと馴染んで遊び回ったせいか、最初のどこか遠慮しがちな所がなくなって、もはや長年の友人のように振る舞うようになっていた。
それだけにみんなとさよならする時は少し寂しそうだったけど、シラユキやメグと「またね!」と言い合ってニコニコしている。
「ディアナのとこの聖堂って違うの?」
「うちの聖堂は何もないの」
「ふ~ん」
何もない聖堂ってあまり想像出来なかったが、そう言えばディアナの所は子供があまりいないという話だった。
子供が少ないと聖堂に遊具が作られることもないだろうし、遊ぶ場所ではないということもあるのかもしれない。
「あ、そうだ! ディアナは時間、いつごろまでいいんだ?」
「ん、暗くなっても少しぐらいなら」
「それは凄いね」
ディアナはかなり遠い所から飛んで来ているはずだった。
それなのに暗くなってもいいっていうのは凄い話だ。
強い種族だから子供を心配したりしないのだろうか?
とは言え、家に親がいない僕も同じようなものだ。
「じゃあ、約束通り川に行こうか?」
「ん!」
夕時と言ってもまだ夕八つぐらいまでは明るいので、僕らは連れ立って川へと向かった。
川に着いて、ディアナはあの石を投げるのかと思ったのだけど、別の石を拾って水切りを始めた。
最初の頃に比べて石選びもフォームも僕が今更指導する部分はない。
後は力加減とコツの問題だ。
僕は僕から彼女に渡った石のことはさして気にせずに、お互いに水切りをして楽しんだ。
慣れるとディアナはかなり手強い競争相手になった。
この日一日一緒に遊んでわかったのだけど、ディアナは体を使った遊びのコツをつかむのが上手かった。
全く知らない遊びでも少しの時間でマスターしてしまうのだ。
「やった! 九回!」
「うぬぬ」
とうとう石の跳ねた回数が並んで、僕は唸った。
ふと、鐘の鳴る音に気づく。
よくよく周囲を見るともうかなり暗くなっていた。
道理で石がよく見えなくなったはずだ。
「もう暗くて見えないし、終わりにしようか」
「……ん、じゃあ最後に」
ディアナが名残惜しそうに川に目をやって、ふとその言葉が途切れた。
不思議に思った僕はディアナの見ている方に視線を向けて、その理由に気づいた。
幻想種だ。
それも種類の違うモノが二体いる。
川の水の中にうっすらと幻想光が浮かび上がり、それぞれ違う色合いの輪郭を描いているのでそれがわかった。
その二体は魚のような流線型と人のような姿をチラチラと切り替えながら泳いでるようだ。
すっかり暗くなっていた空には神の花と呼ばれる月が出ていて、暮れの時間独特の淡いバラ色の光を纏っている。
幻想種は僕達のような人間と違って理性をほとんど持っていない。
特に夜の時間には、彼らは残酷になると言われていた。
しかし僕はその二体の幻想種の気まぐれに用心しながらも、その美しい光景から目が離せなかった。
おそらくはディアナも同じだったのだろう。
ぎゅうと僕の手を握って川を見つめ続けている。
その、ひんやりとしたすべすべのディアナの手の感触が妙にリアルだった。
水がざわざわと波打っているのだけど、一度も水音はしない。
二つの魚のような人のようなモノが光を纏ってくっついたり離れたりを繰り返し、水中に光の模様を描いていた。
やがて二つの淡い光は水面近くで蔓が巻き付き合うように絡まり合う。
そうして絡まりあったまま、高く高く跳ね上がり、全身に日暮れのバラ色の光を浴びた。
片方はなめらかな青白い光の女性型、もう片方は銀色の光の男性型の幻想種だ。
それらは固く固く抱き合って、半ば溶け合っているように見えた。
ぽちゃんと、最後に一度だけ水音がして、その幻想種達の姿は見えなくなる。
途端に僕達は我に返ってお互いの顔を見合わせた。
月の光のせいか、それ以外の理由でか、僕達はお互い赤い顔をしていた。
僕は、いや、きっとディアナも気づいたのだ。
あの光景は何か男女の間の、本来は秘するべき行為だったのだ、と。
見てはいけないものを見てしまったという気持ちと、なんとも言えないモヤモヤとした気持ち、そして酷く恥ずかしいような、そんなはっきりと言葉に出来ない気持ちを抱えて、僕達は顔を見合わせてしばらく俯いたままで黙り込んでしまった。
「あ、の、また……来る、ね」
ディアナが思い切ったように、最初の頃のような遠慮がちな言葉を掛けて来る。
「うん、また、ね」
そうして、僕はちょっとだけ残念に思いながら、すべすべのディアナの手を離したのだった。
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