エピソード・ゼロ 流れ星の話
ディアナが僕らの町へ来るようになってやがて冬が訪れたけど、吹雪の日でもディアナは平気で遊びに来た。
僕達はディアナのように丈夫ではないので、他の子と一緒に吹雪の日は大体聖堂で家族の迎えを待つのが普通だ。
聖堂は吹雪の日でも空から見つけやすいらしく、ディアナは聖堂に来れば僕らがいるならちょうどよかったと嬉しそうに笑っていた。
雪の激しい日は図書室や屋内遊技場で、晴れた日には庭で遊ぶ。
例の、ゲームが上手でいつも偉そうにしていたグループとはかち合うこともあったのだけど、ディアナの姿を見るとそそくさと場所を譲ってくれるようになったので、あえてゲームをすることもなく平和に過ごせるようになった。
ディアナは竜人だけど基本的には引っ込み思案で優しい子なので、無分別に暴力をふるったりはしないんだけど、ゲームをやったら敵わないと思ったのかもしれない。
負けるとそれが評判になってしまうので嫌なのだろう。
ゲームは実のところ力自体はそう重要ではないのだけど、やっぱり身体能力の高さは大きくものを言うのだ。
そのディアナは聖堂に通う内に小さい子供たちの人気者となって、みんなに好き勝手に体に登ったり、羽を引っ張ったりされるようになった。
ちっちゃい子がちょっと羨ましい。
僕も混ざって、ちょっとあの羽に触れてみてもいいかな?
ただ、種族の特徴的部位に触れるのは一種の侮辱と取られる場合もあるので、あまり気軽に行えない行為なのだ。
昔小さい頃、しなやかに動くシラユキの尻尾に触ったことがあったのだけど、シラユキには大泣きされて、メグにこっぴどく殴られるはめになった。
男の子仲間には勇者扱いされたけど、もうあんな目に遭うのはまっぴらである。
冬場はさすがのうちの両親も早めに家に帰って来るので、あの日のような特別な夜はあれから訪れることはなかったけど、ディアナと僕の間にはあの日に何か特別な絆のようなものが出来たんじゃないかな? と、僕は勝手に思っていた。
それはともあれ、しばらく晴れが続いた冬の日、僕は凄い情報を手に入れて興奮していた。
「な、な、聞いたか!」
僕がみんなにそう言うと、男の子連中はどやどやと集まり「どうした?」「なんだ!」と言い合ったが、女の子は他の女子グループと一緒に何やらアクセサリーかなにかを作っているらしく、興味なさそうにこちらを一瞥しただけだった。
おいおい冷たいな。と、僕ががっかりしていると、ディアナが女子グループから抜けてこっちへ来た。
「どうしたの? なに?」
「ディアナ……」
なんていい子なんだろう。
ディアナは僕と同じように顔や体に長毛が無く、見た目は一見似ていてその分なんとなく親近感があった。
最初から一番仲がよかったけれど、そういったこともあって、毎日遊んでいる間にもっと仲がよくなっていたので、ディアナが僕の言葉に関心を持ってくれたのが嬉しかったのだ。
普段はディアナも女の子なので、どっちかというと遊ぶ時は女子グループと一緒にいることが多い。
なんだかんだ言って可愛いものが好きらしいのだ。
それなのに途中で抜けてまでこっちへ来てくれるなんて、僕に気を使っているに違いない。
「あっちはいいの?」
「あの、私、細かいこと苦手、で、ビーズ、壊しちゃうから」
む? まさか女子にいじめられたのか?
僕がそう思い込んで女子グループに目をやると、シラユキがディアナに手を振って、「ディアナちゃんの分もちゃんと私が作っておくからね!」と言った。
それにディアナは嬉しそうに頷く。
どうやらいじめられてはいないようだ。
まぁ力でディアナをいじめられるやつなんていないだろうけど、女子のいじめは陰湿と聞いたことがある。
実際にはいじめとか見たことはないけど、うちの両親は僕が他の子達と姿が違うのを気にして、そういった話をこと細かく確認して来るのでやたら詳しくなってしまったのだ。
「おい! いちゃついてないで話の続き!」
枯葉色のフサフサの尻尾をブンブン振りながらかっちゃんが催促した。
いちゃついてないし! これっていじめ? とか俺は憤ったが、女子と仲良くしているとやたら色々言われるのはいつものことだから軽く流す。
みんな角なしは常に発情しているとか理解ってもいない知識を仕入れていて、それをネタにからかうのである。
「ん、明日の夜さ、星がいっぱい流れるんだって!」
「お~」「へぇ、流れ星かぁ」
僕の話にかっちゃんと黒毛の猫種で少しおとなしい感じのヒロくんは乗ってきたが、ディアナはキョトンとしていた。
「星って流れたら大変じゃない?」
「んん? もしかしてディアナ流れ星知らない? 流星群とか」
「流れ星?」
おいおい、これって小等部で習う所だよなと思って、ふと、ディアナが学校ではなく家庭教師みたいな環境で勉強していることを思い出した。
「あのさ、理科でならわなかった?」
「理科? 物理学とか科学なら習ったけど」
「えっ?」
科学は中等部、物理学って確か高等部で習う勉強じゃね?
なんかすごく偏ってるんじゃ?
「あ、うちの人達ね、戦いに関係ない勉強はしない主義だから、そのせいかも」
「うわあ」
「すげえかっけ!」
ヒロくんは呆れて、かっちゃんは喜んでいた。
確かにいっそきっぱりしていて格好いいけど、流れ星がわからないような偏り方ってどうなのかな?
「戦いってことはやっぱり竜人はデュエリストかマーセナリーになるんだ? そうだよね」
かっちゃんは納得してうんうん頷いている。
「俺もデュエリストになりてえな」
「
「ちょっと、イッキ、流れ星の話はどうしたのさ」
僕とかっちゃんがうっかりデュエリストの話で盛り上がってしまったのをヒロくんが止めた。
ヒロくんは平和主義者なのであまり荒っぽいことは好きではないんだ。
「あ、ごめん。えっと、ディアナ、実はね、空の上には薄い膜があってこの星を守っているんだ。これは知っている?」
「うん。神様が世界を守っている膜だよね」
「宇宙では星は常に動いているから僕達の大地近くをかすめる星もあるんだけど、この膜が全部弾いている。その弾いた時に空の上で星のかけらが燃えるんだ」
「へええ」
「その燃えたのが地上からは星が流れたように見えるっていう訳なんだ」
「凄いね!」
どうやらディアナの関心も引けたようで、僕はちょっとうれしくなる。
「あのさ、うちの父さんが教えてくれたんだけど、明日の夜は流星雨がわりと早めに見えるんだって。だから僕達でも家に帰りがてら見ることが出来るんじゃないかって言ってたんだ」
「へぇかっけえな! な、学校の屋上でさ、見ねえ?」
「へ?」
かっちゃんの提案に僕は首を傾げた。
「学校は時間が来たら封鎖の術式が働いて誰も入れないだろ」
「そこでディアナだよ!」
「え?」
大人しく僕らの話を聞いていたディアナが、驚いたように声を上げた。
「ディアナなら俺たち全員を抱えたって軽々と空を飛べるだろ?」
「う、うん。やったこと無いけど、多分」
「直接屋上に乗り込もうぜ!」
かっちゃんがそう話した時だった。
「駄目よ!」
凄い勢いでダメ出しをしたのがメグだ。
メグはかっちゃんと同じ狼種の女の子で、黒毛に茶が混じった少し斑な毛並みをしている。
その毛が少し逆立っていた。
「夜に校舎に入っちゃいけない決まりでしょ! それにそのやり方だとディアナ一人に負担掛けちゃうじゃない。男のくせに恥ずかしくないの?」
「は? お前こそ女のくせに横から口出すなよ。あっちでおままごとやってればいいだろ!」
たちまち喧嘩が始まった。
この二人、遠い親戚同士とかで、普段は仲がいいんだけど、喧嘩するとなると激しい。
ヒロくんは自分ちの兄妹喧嘩を見ているようだと言って、本当は仲がいいから喧嘩するんだよと何か納得したように語っていたが、僕からすると狼種同士の争いはとても怖く感じてしまう。
動きが早くて、一つ一つの攻撃がいかにも痛そうなのだ。
「あなたたち!」
「あ、まずい」
ヒロくんが慌てて二人を止めようとしたが既に遅く、駆け付けた奉仕者の女性によって二人は取り押さえられてしまった。
「神様の見守る聖堂で喧嘩をするなんて、神様が悲しまれると思わないのですか? 何か揉め事なら決闘かゲームを行ったらいいでしょうに」
「え、いえ、そこまで本格的なものじゃないんで」
「ごめんなさい」
かっちゃんは大きな耳をぺたりと両頬にくっつけて、尻尾を丸めると体を縮めて、それでもぼそぼそと抗議をした。
メグはいっそ堂々と胸を張ってぺこりと頭を下げて謝る。
二人ともそれぞれらしい態度だ。
決闘やゲームは必ず立会人が必要となるし、
つまりそこまでやらなきゃならない喧嘩をしたと家族にバレてしまう可能性があるのだ。
僕達も時々喧嘩はするけれど、そこまで本気じゃない。
何か揉め事を決着したい時にはこのどれかで決着をつける。
デュエルが個人戦でゲームが団体戦、ウォーが国同士の戦いと思っていれば間違いないだろう。
それぞれの戦いにはその道のプロがいて、それがデュエリスト、ゲーマー、マーセナリーと呼ばれている。
戦闘が得意な種族はこのどれかのプロを目指すことが多い。
竜人なんかほんと、同族と一部の種族以外ほとんど敵なしだろうし、そりゃあデュエリストを目指すよね。
結局、僕達の流れ星計画はうやむやになって、それぞれが帰り道に楽しむだけということで決着した。
それでもいいことを聞いたとみんな喜んでくれたからよかったけど、みんなで屋上もよさそうだったなぁ。
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