エピソード7 【凍える季節】その六
不審人物に連れられての移動は、なんというか、なかなか面白かった。
いや、こんなことを言うと、目一杯警戒していたディアナに申し訳ないのだけど、まるで迷路のようにあっちの地下に潜って、こっちの連絡通路を通ってと、街中を移動したのだ。
こんな場所は、街住みの人間じゃないと迷うしかないだろう。
まぁディアナはいざとなったら空を飛べるからなんということもないのだけど。
「いいかげん、何か言ったらどう?」
ディアナが接触から何度目とも知れない抗議を行う。
ずっとその度に僕がなだめていたのだけど、そろそろそれも限界に近いようだ。
仕方ないな。
「あの、ハク先輩……ハク先輩ですよね?」
ビクッ! と、凄い勢いで振り返る不審人物と、驚きのまなざしで僕を見つめるディアナさん。
え? まさか気づかれていないと思っていたとか?
うん、ディアナはいいんだ、そのままの君でいてくれたら。
現在地はどこだかわからないけど、屋上の屋根にかけられた渡し板を伝って入ったビルの、だだっ広い倉庫のような場所だった。
そもそも通ってきた屋上は、周囲を背の高いビルに囲まれて埋没している所で、周りの景色など見えない場所だったので、現在位置を割り出す手がかりすらない。
この倉庫のようなところは裏口らしき扉があって、不審者改め白先輩はそこに向かっているようだった。
僕も、目的地に到着するまで黙っていようと思ったのだけど、あまりにもあちこち移動して、しかも時間がかかるので、全く人気のないこの場所でストップをかけることにした。
なんせ、夕食の準備が控えている。
ディアナの機嫌もどんどん悪くなるしね。
白先輩は軽く溜め息を吐くと、マスクとサングラスを外した。
「なぜわかった」
「えっと、先輩、ハルがすごく気になっているみたいだから」
そうなのだ、最初の遭遇のときもそうだったけど、移動中もめっちゃくちゃハルを気にしていた。
その様子と以前裏市場で会った時の様子を照合すれば、明らかに同一人物だった。
まぁ、実は気配でもなんとなくわかったんだけど。
「くっ、可愛さに、つい……」
先輩面白い人だな。
前からなんとなく思っていたけど、周囲が思うような強面じゃないよねこの人。
対人関係が苦手なだけで、可愛いものとかきれいなものとか好きっぽいし。
中等部のとき、こっそり花壇の手入れとか、小動物小屋の世話とかやってたんだよね。
「先輩、あの、サンガさんに伝言した件でしょう?」
「っ、そうだ。よけいなことに首をつっこむなと言ったはずだが、どうせ聞かないだろうからな。具体的にどう危険なのかを説明しておこうと思ったのだ」
「こんな乱暴なやり方!」
ディアナがずっと溜めていたストレスを発散するかのように白先輩に詰め寄った。
「乱暴はしていないだろう? むしろ君こそが乱暴なのではないか?」
「先輩、女の子にそういう言い方はよくないですよ」
白先輩がディアナに反論するので、つい、ディアナをかばってしまった。
白先輩の立場からすれば、当然の抗議だとはわかっているけれど、それでディアナの気持ちが傷つくのは嫌なのだ。
「……竜種を女の子扱いする人間を初めて見たよ」
「そういう人種差別はよくないと思いますよ。先輩だって魔人種だからって変に持ち上げられて迷惑してたじゃないですか」
「う……」
僕が抗議をすると、かつての中等生時代を思い出したのか、白先輩はディアナに改めて向かって頭を下げた。
「少々無茶なやり方だったことは謝る。それと、乱暴者のように言って悪かった」
「え? あ、うん。わかればいい」
先輩のこういう所は美点だと思う。
あまり自分の立場を良くすることにこだわらないし、悪いと思ったらすぐに謝ってくれる。
ディアナは少しびっくりしたように先輩を見て、それから僕をチラチラ見ながらなんだか赤くなっていた。
いや、今のは僕の評価が上がるところじゃないからね。
なぜかディアナの中では僕がディアナを褒めたような感じになっているっぽいけど、僕は事実を言っただけだし。
ここはむしろ白先輩を見直すところではないのかな。
もうちょっと仲良くしてほしい。
あ、いや、あんまり仲良くなるとちょっと嫌だけど。
ううん、複雑な男心だな。
「ここは通路代わりにしている住人もいるから、話をするなら少し移動していいか?」
「はい。少しなら」
「本当に君は面白いな。私に対してそこまで物怖じしない相手も珍しいよ」
「中等生時代に慣れました」
「……いや、君は最初からそんな感じだったよ」
白先輩は肩をすくめると、倉庫のようなところからレバー式の分厚い扉がある場所へと入り込んだ。
「ここは元冷凍庫だった場所だ」
「え? じゃあ扉がロックされるんじゃ?」
「鍵はとっくに壊れているよ。もし閉じ込められたとしても僕や彼女には意味がないし」
「なるほど」
うなずいてみせたけど、冷凍庫ってすごく壁が厚いんじゃなかったっけ?
そこに閉じ込められても問題ないんだ。
そっか、このメンツだと問題があるのは僕だけか。
元冷凍庫の中は真っ暗で、扉を閉めてしまうと何も見えなくなりそうだった。
と、白先輩がパチンと指を鳴らし、たちまち周囲が明るくなる。
「おお」
「むっ」
魔法って凄いな、便利すぎる。
「ついでに結界も張ったから、ここでの会話は外には聞こえないし、この中に入ることも出来ない。ああ、空気は取り入れているから安心してくれ」
「なんでもありですね」
「意外とそうでもないが、これぐらいならなんとでもなる」
魔法の万能感が凄いけど、先輩の言うようになんでも出来るって訳でもないのだろう。
そうでなければ、先輩が学校を辞めてまで隠れ潜む意味がない。
「二人とも、これから話すことを他言しないと誓ってくれ。まぁ話してもいいが、その場合は君たちの安全は保証出来ない。これは脅しではなくて、忠告だ。僕ではなく僕を追っている者たちが危険なのだ」
「はい」
「イツキ……」
ディアナが不安そうに僕を見る。
僕が危険に頭を突っ込んでいることに今更気がついて、それを退けたいと思っているのだろう。
「ディアナ、知らないままでいたら安全かもしれないけど、僕は必ず後悔するだろう。きっと、一生」
「……わかった」
僕の言葉に、ディアナは渋々うなずいた。
僕のことは考えているのに、自分は話を聞かずにおいて危険を避けようという考えがないのがディアナらしい。
「まずは要点から話そう。僕はいずれ魔王になる」
白先輩の意外な言葉に僕とディアナは面食らった。
確かに白先輩は強い魔人だけど、魔王というのは伝えられたところによると、桁の違う化け物じみた存在だということだ。
まぁ噂が大げさに伝わったものだとしても、白先輩と魔王というのはイメージが合わない。
そんな僕たちの疑問のまなざしを受けて、白先輩はうなずいた。
「もちろん、今の僕はそんな化け物じみたモノではない。だけど、これは僕の生まれた時からの宿命なんだ」
どうやら込み入った事情がありそうだった。
僕たちは無言で先輩の話の続きを待った。
「魔人種はその昔、多くの種族に恐れられていた。魔法という他の種族にとって未知の力と、排他主義的なコミュニティが原因だったのだろう。それに、実際、魔人種は誇り高く、他種族を見下して、問題解決を行うのに、もっぱら力でねじ伏せるやり方をとっていたらしい」
その言葉に、ディアナが少し動揺した。
うん、竜人種もそういうところがあったって言ってたね。
「あるときとうとう周辺種族が手を取り合って、対魔人の戦いを起こした。彼らは狡猾に、魔人種の弱点を狙った。すなわち、子どもが生まれにくいという種族特性から、魔人種が女子供を戦いから遠ざけて隔離していたその場所を攻撃したのだ」
思わず僕は顔をしかめてしまった。
ディアナも眉をひそめる。
戦いにおいて、そういったことが起こるのはわかってはいるけれど、わかっているということと、それを受け入れられるかどうかということは別の話だ。
「今もそうだが、魔人種には国とか一族という認識が薄い。基本的に血族でまとまっていて、力を合わせて何かを行うということがほとんどなかった。つまり本来は戦いは散発的なものばかりだったのだが、それこそが魔人種の弱みだった。いくら魔人種が強いと言っても個々の力量には差がある。他の種族が付け入る隙はいくらでもあったのだ」
先輩は淡々と言葉を続けた。
「しかし、その事件で、魔人種は種族全体をまとめる強力な存在を欲した。少なくとも当時強大な魔法の力を持っていたとされる魔人はそう考えた。そして、禁呪を使った。死んだ子ども達の魔力の核を編んで、一人の赤ん坊の魂に一つの人格を創り上げた」
白先輩の話は正直魔法というものがよくわからない僕には理解し難いものだった。
しかし、その当時の魔人種の人の怨念のようなものは感じ取れた。
「それが魔王?」
「そうだ。しかも、それはその赤ん坊だけで完結するものではなかった。種族の血のなかに受け継がれて、経験と魔力を積み重ねていく独立した人格として生み出されたものだったのだ」
だんだんと話が見えて来た。
つまり先輩はその魔王の魂を受け継いでいるということなのか。
でも、今の先輩からその魔王らしい気配はしない。
「先輩がその魔王の魂を受け継いだというのは間違いないのですか?」
「ああ、魔王の魂を受け継いだ赤子は、必ず真っ白な姿で生まれてくるんだ。だから生まれた瞬間にはっきりとわかるのさ。そして魔王として覚醒すればその姿は真っ黒に染まる。そうなった後には元となった人格は魔王の魂に吸収されて消えてしまうんだ」
それは本当にとんでもない話だった。
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