エピソード7 【凍える季節】その七
「もうわかっただろう。これは興味本位で関わるような問題じゃない。奴らは本気だし、そもそもが私自身が危険な存在なのだ。出来る限り関わり合いになる人間は少ないほうがいい」
「だから誰とも関わらなかったんですね」
「そうだ」
ふむ。
白先輩は、もう話は終わりで僕が理解を示して関わらないだろうと思っているようだ。
ディアナは首をかしげている。
どうやら白先輩の話にわからないことがあったらしい。
「なんでここに来たの?」
ディアナが白先輩に問い掛けた。
それは詰問のようなキツイ口調ではなく、本当にわからないことをちょっと聞いてみたという感じの言葉だった。
「こことはこの国のことか?」
「ええ。だって、魔人にとって魔王は大事な存在なんでしょう? なら自分の国にいたほうが大切にされただろうし、誰にも迷惑かからなかったんじゃ?」
「そう……だな。だが、この国に私が来たときは、自ら意思決定が出来るような年齢ではなかった」
「ええっと、聞いても大丈夫ですか? あの、ご両親は」
ディアナと白先輩のやり取りに、なんとなく答えを予想しながら僕は先輩に問い掛ける。
「ああ。両親は死んだ。私を伴って逃げる途中に見せしめに殺されたのだ」
「……そんな」
ディアナがショックを受けたような顔をする。
ディアナの竜種もそうだけど、魔人種も少数種族だ。
しかも子どもが生まれにくいという種族特性から、身内を大事にするという考え方が当然となっている。
同族殺しは信じられないのかもしれない。
僕は溜め息を吐いた。
「先輩、もうぶっちゃけてくれていいんじゃないですか? 伝言でも伝えましたけど、僕は諦めませんし、最後まで関わりますよ。たとえ先輩が嫌がっても」
「何を言っているんだ?」
「僕はディアナと付き合っている内にわかったことがあるんです。ディアナは他人に頼るということがない。それは遠慮しているとか、自分を律しているとかそういうことじゃなくて、単純に思いつかないんです。それはきっと、ディアナは、いえ、竜人族は一人で生きていけるから、他人の力を借りるという発想がそもそも無いんだって、僕は気づきました。先輩も同じなんじゃないんですか? 他人に頼るという考えがそもそもない。だから問題がややこしくなっている」
「どういう意味だ?」
「先輩はその、周りに信頼出来る仲間はいるんですか?」
「別に」
「前裏市場のときに一緒にいた魔人族の人は?」
「魔王反対派の一人だ。共にこの国まで逃れて来た」
「一緒に生活しているんですか?」
「いや。彼には彼の生活があるからな。たまに様子を見るぐらいだ」
「あー。はい」
思った通り、先輩は今一人で生活しているようだ。
一緒に逃げて来たのに、コミュニティを作って集団で暮らしてすらいないっぽい。
「その魔王反対派というのは?」
「……わかった。全部話そう。反対派は今の時代に魔王は必要ないという意見の者たちだな。里で魔王派の連中と対立して私と両親と共に里を出たらしい。最初は魔人族の里に近い国に移り住んだのだが、魔王派の過激なやつらが両親を襲撃して見せしめに殺したんだ。私を直接狙わなかったのは暴走を恐れたからだ」
「暴走?」
「……魔王の覚醒には二種類ある。一つが身体的な準備が整った状態での覚醒。もう一つが命の危険を受けての覚醒だ。命の危険を感じての覚醒は理性を失った暴走状態になるらしい。だから連中は私を直接攻撃出来ない」
「先輩、本当に嫌なことを何度も聞いてすみませんが、ご両親のこと、覚えていますか?」
「別に嫌なことじゃないさ。両親のことは少しだけ覚えている。優しい人たちだった。二人は開発者だったんだ。魔人の持つ力を生活に役立つ方向に利用する家庭用の器具を作っていたらしい。まぁ仕事のことは他人から聞いた話だが。だからこそ、自分たちの子どもが魔王なんぞに生まれたのがショックだったんだろうな。魔王府の迎えをさんざん罵倒して追い返したその足で、私を連れて隣国に亡命したらしい」
両親のことを語る白先輩は少し誇らしげだった。
「ご両親を尊敬しているんですね」
「魔人という種族は、本当に気位が高い連中揃いなんだ。だから他人の生活のことを考えることが出来た父さんと母さんは、少し変人夫婦だったんだろう。魔王反対派全体がそんな感じの連中の集まりなんだ。魔人種なのに戦いが好きではないんだよ。どうしたって里では少数派だ。だけど、私が生まれるまでは、それでもうまく行っていた。私が生まれたせいで全てがおかしくなったんだ」
「そこが僕にはよくわからないんですけど」
僕は気になっていたことがある。
昔の人が復讐のために生み出した魔王という存在。
歴史上では魔人族は何度か他の種族との戦争を起こしたとされているんで、そのときにきっと魔王が存在したのだろう。
でも反対派の人たちの主張のように、今の時代に魔王が誕生しても持て余すだけじゃないのだろうか。
「なんで他の魔人族の人たちは魔王を必要としているんですか?」
昔戦争が起こった理由ははっきりしている。
豊かな土地が少なかったからだ。
今は土地の開発も盛んになり、たとえ農産物に恵まれない土壌でも、なんらかの生産的な活動ができるようになっている。
そしてそれぞれの生産物をお互いに売り買いすることで、人類全体の生活が向上しているのだ。
今は戦争は害悪でしかない。
「主張は二つあるな。世界の頂点に立って人類を導くのは魔人族であるという主張」
「頭がヤバイですね」
「すごく恥ずかしい考え」
「キューキュー」
ディアナが蔑んだような顔で言うと、意味もわからないハルも腕組みをしてうなずいてみせた。
白先輩はそれを見て少し頬を緩めている。
そんなにハルが好きなのか。
「もう一つが、平和は世界の
「それって背信者の思想ですよね。あの世界の種子とか名乗っている」
「そうだ。私も最近知ったのだが、魔人の一部が連中とつるんでいるらしい」
「あの襲撃犯に魔人が一人しかいなかったことが、どうも先輩の話と噛み合わなかったんですが、それで理解できました」
なるほど、どうやら魔人族だけの話ではなくなっているらしい。
これってもしかして、世界的な危機的なアレなんじゃ?
「先輩、魔王って凄いんですか?」
「……私が知るか。と、言いたいところだが、ある程度は調べた。それによると、魔王は代を重ねるごとに強くなる。つまり新しい魔王が常に最強という訳だ。さらに問題なのは、基本的に魔王という存在は他の種族を滅ぼすという意思が行動原理であるという点だな。なにしろ復讐の魂で作られた魔物のような存在だ。妥協とか説得とかは通じないと思っていいだろう」
「魔王になる条件、身体の準備が整うっていうのは……」
「成長期が終わることだろうな。魔人族は成長が遅い種族だが、そろそろタイムリミットと思っていい。だからこそ連中も私の居場所を特定したいのだろう」
白先輩はひどく淡々とした口調でそう言った。
泣きわめくことも、激高することもない、ただ事実をそのまま受け入れる、あまりにも強い生き方だと思う。
でも……。
「諦めるんですか?」
「諦めはしないさ。だからと言って何があるわけでもないが」
諦めないと言った先輩の声は、しかしとても乾いていた。
諦めないとしても、たどり着く先に希望を見出していないのだ。
「諦めないなら最後の最後まであがいてみましょうよ。そもそも先輩のご両親だって、自分の子どもが魔王になるって諦めていたのなら連れて逃げたりしなかったはずです。何かきっと手段があると思っていたんじゃないでしょうか」
白先輩は僕の顔を見て目をすがめた。
「どうも、さっきからお前の言っていることに理解できない部分があるんだが。なんでお前が、俺が諦めないかどうかを気にするんだ?」
「あなたは頭が悪い。イツキは助けるって言ってる。とてもシンプルな話」
白先輩の疑問に、ディアナが勝ち誇ったように答えた。
いや、なんで勝ち誇ってるのかわからないけど。
「イツキはいつだって誰かのことを考えているの、私のことだけ考えていればいいと思うけど、それはイツキの格好いいところだから、凄いところだから仕方ないの! だから私はイツキがあなたを助けるなら一緒に助けてあげる」
「いやいや」
ディアナそれは誤解だから。
ディアナが先輩を助けようという気持ちになったのは嬉しいけれど、僕は白先輩に協力することで、自分に必要なものが手に入ると思っただけなんだ。
だからそれは単に僕のわがままでしかない。
白先輩にだって迷惑だろうし、巻き込まれるディアナだって困るだろう。
それがわかっていても押し通そうとする僕のわがままだ。
ディアナが僕を買いかぶってくれるのは正直嬉しいけれど、僕はそのディアナの思い描く僕になるために頑張っているだけなんだ。
「さっき君たちは魔王派の連中を頭がおかしいと言ったが、その言葉をそっくりそのまま君たちに贈るよ。どうも私は最悪にヤバイ者たちに目をつけられたということのようだな。君たちは魔王派の連中よりもタチが悪いんじゃないかとすら思える」
「いやいや、ハク先輩、それはないです」
「そうそう失礼!」
「キュー!」
僕たちの精一杯の抗議を何か楽しいことと勘違いしたハルが、空中でバク転しながら大はしゃぎをし始めた。
僕たちの抗議に肩をすくめて応えた白先輩は、そんなハルを見て、ちょっとだけ微笑んだのだった。
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