エピソード7 【凍える季節】その八
さて、人を助けると言うのは簡単だ。
だけど実際問題として助けるというのはとても難しい行為だと思う。
だって誰かが助けられたと思うのは、その人の主観的な感覚じゃないかな?
助けられた人が助かったと思うから助けたと言えるのであって、助かる方法などわかっていない状態で助けるとか言うのはただのおせっかいにすぎない。
要するに僕がやろうとしているのはただのおせっかいなのだ。
ディアナは僕に夢を見すぎている。
僕は自分の能力の限界を理解しているし、今現在白先輩を助ける方法など考えつかない。
だから僕の感覚からすれば、僕が白先輩に提案しているのは、助かる方法を一緒に探しましょうということなんだよね。
一人で考えるよりみんなで考えたほうがいい案が見つかるんじゃないかな? というぐらいの感覚だ。
「その、魔王派の人だか背信者の人だか知りませんが、その人たちはハク先輩に直接的に危害を加えることはないってことですよね」
「ああ、連中だってコントロール出来ない災厄など求めていないだろうからな」
「じゃあとりあえずその人たちのことは今は放っておきましょう」
「なるほど、いいんじゃないか? というかこの件自体を放っておけと言いたいが」
「諦めの悪いのは先輩のいいところでもありますね」
僕の白先輩評にディアナもうなずいた。
「すぐに諦めるよりはずっといい」
僕たちの言葉を聞いても白先輩はややなげやりな表情だ。
白先輩の気持ちを置き去りにしている感はあるけど、とりあえず僕は続けた。
「まずはその魔王化? を止めることが急務です」
「簡単に言ってくれるが、魔法の専門家が揃っていてどうにもならなかったことだぞ。もはや魔王の呪いは種族の血のなかに深く浸透して切り離せないものだ」
「簡単ではないでしょう。でもそれは諦める理由にはなりません。それに魔法の専門家だからこそ盲点だったということもあるかもしれないじゃないですか」
「……言って聞く奴だとは思ってないが。ただ、これだけは約束してくれ。約束できないのなら、私はこの国を出て姿を隠す」
白先輩は真剣な顔で僕とディアナに言った。
「諦めるというのは無しですよ」
「私はイツキのやりたいことを手助けするだけ。あなたの言うことは聞かない」
ディアナ、最初から否定するのは駄目じゃないかな?
しかし白先輩はディアナの言葉に怒ることはなく、むしろディアナに向けて言葉を続ける。
「私の求めるものは君にとっても大切なことのはずだ。それは彼、逸水くんの安全だからだ」
「わかった」
ディアナがうなずく。
おお、白先輩すっかりディアナの考え方を読んでるな。
そんなにわかりやすいですか?
「もし私が魔王化したら、すぐにその場から離れるんだ。魔王は危険な存在だが、相手が敵と認識する前ならいきなり攻撃はしないはずだから。それが出来ないと言う相手と協力などごめんだ」
ああ、うん。なるほど。
白先輩の懸念は理解した。
「わかりました。先輩に友人殺しなどさせませんよ」
「友人などではないだろう。だがそれが約束出来るのならとりあえずはお前たちのやりたいようにするがいい」
なげやりなままに白先輩は僕たちを受け入れたようだった。
うんうん、白先輩は真面目な人だから、約束ごとは守る。
これでいきなり姿を消すということはなくなったと考えていいだろう。
「それで、さっそくなんですけど、先輩、まずはサンガさんを頼ってみませんか?」
「……正気か?」
「いや、おかしなことじゃないですよね。そもそもが最初からあの人には事情を話しておくべきことでしょう。先輩の心配していることを防ぎたいなら絶対です。先輩はあの人を信頼出来ないと思っていますか?」
僕の問いに白先輩はとても難しい顔をした。
迷っているようだ。
もうひと押しか。
「街住みの人たちはなんらかの形でサンガさんの助けを受けているんじゃないんですか? 先輩だって裏市場にいたし、仲間の人の仕事とか紹介してもらったりしてるんじゃ?」
「世話にはなっている……とても」
白先輩は難しい顔をさらにしかめっ面にして答えた。
「そもそも親のいない私が学校に通えるのもあの方のおかげだ。聖堂と協力して親のない子どもに簡単な仕事と食事を与えているのが、この街の顔役の山河殿だ。だからこそ、迷惑をかける訳にはいかない」
「何も知らないまま魔王派との騒動に巻き込まれるほうが迷惑になるんじゃないですか?」
「そう……だな。だが、山河殿は私の事情を知ったらここには置いてはおくまい」
「は?」
「考えてもみるがいい、私一人のせいで街全体が危険にさらされるのだ。私を切り捨てるほうが安全で確実だ。だがまぁ、確かにいい機会なのかもしれないな」
白先輩は何かを覚悟したように言った。
「先輩はあの人を見くびってると思う」
なるほどそうか、今まで知られれば追われると思って事情を隠しながら生活して来たんだろう。
もしかしたらご両親が先輩にそう言い聞かせていたのかもしれない。
だけど、山河さんは、自分の血縁でもない子どものために体の不自由を受け入れているような人なんだよ?
小さい頃からこの街に住んでいた生粋の街住みの先輩を、危険だからって追い出すとは到底思えないんだけどな。
僕が白先輩のことを尋ねても情報を渡そうとしなかったしね。
「でもまぁ納得出来たのなら行こう」
さっそく行動に移そうとした僕を白先輩は止めた。
山河さんは忙しい人なので、突然訪ねるのは駄目だと怒られたのだ。
ああ、うん。確かにそうだ。
……そう言えばこないだ突然訪ねたな。申し訳ない。
「つなぎの人に面会を申し込んでおくから、決まったら連絡する」
「わかりました。迷惑でしょうが、僕も同席させてくださいね」
「いまさら迷惑とかどの口で言うんだか」
「私も同席する」
僕の念押しにディアナも乗っかった。
「わかってる」
白先輩、少しヤケ気味だ。
大丈夫かな?
僕がリングを取り出すと先輩も首に引っ掛けていたリングを引っ張り出してお互いの連絡先を登録した。
そんな所にしまっていたら使いにくいと思うんだけど、そう思ってよく見ると、そのリングは古い型の小さなものだった。
子どもの指にちょうど良くて、今の先輩には合わない大きさだ。
だから指に嵌めていないんだろう。
ノーマルのリングは高いものではないので、ずっと変えていない理由は何か思い出の品なのかもしれない。
そんな風に考えていると、突然、先輩が両腕を突き出した。
「ん?」
「仲間と言うのならいいだろう。その子に触れさせろ」
白先輩、とうとうぶっちゃけたな。
ずっとチラチラハルのほうを見ていたもんね。
「あ、ハルですね。ちょっと待ってください。ハルに聞いてみますから」
「……嫌がったらいいぞ」
そういう遠慮はいりませんから。
肝心のハルはちょっとオネムモードだ。
どうやら僕たちの話が退屈だったらしい。
「ハル起きてる?」
「キュキュウ!」
僕が話しかけると、突然眠ってないよアピールをして空中で一回転をしてみせた。
別に寝てても怒らないから。
「くっ」
白先輩が何かを噛みしめるように目線を逸らす。
今まで自分の嗜好に素直になったことが無かったんだろうな。
ほんと、白先輩って生き辛い道をあえて選んで生きてきたって感じがするよ。
好きなものは好きでいいじゃないか。
「ハル、ハク先輩が遊んで欲しいんだって、いいかな?」
「っ、なにを」
「キュウ♪」
何か抗議をしようとしていたらしい白先輩に、ハルが勇んで飛びついた。
あ、髪をワシワシとかき回している。
あれはアレだな、僕たちがいつも撫でている真似だな。
「お、おお……」
飛びつかれた白先輩のほうは、頭の上の存在をどうしていいのかわからないといった風だった。
そして頭の上からひょこんと顔だけを眼前に突き出されて、好物を前にした子どものようなだらしのない表情になった。
うむ、いつもキリッとしていた先輩とは別人のようだ。
楽しそうだから放っておこう。
「悪い人じゃないみたい」
その様子を見て、ディアナがぽつりと言った。
まだ疑ってたのか。
「そりゃあね、前だって助けてくれたろ」
それに、君にちょっと似ているし。
「イツキが油断しているときには私が警戒する。誰であろうと油断はしない」
「うん。僕が無茶出来るのはディアナがいてくれるからだよ。いつもありがとう」
「ううん。私こそ、イツキがいるから知らないことを知ることが出来るし、やるべきことを見つけられる。ありがとう、イツキ」
と、傍らから溜め息が聞こえた。
「私が言えたことではないかもしれないが。お前たちは少しは場所をわきまえたほうがいいと思うぞ」
ハルをひっくり返してその腹を撫でながら、白先輩が呆れたようにそう言ったのだった。
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