エピソード3 【探検クラブ】 その二
「ところでディアナさんはもうサークルには所属しているのかな?」
部長が話のついでのようにさらっと切り出して来た。
うん、そろそろ来るとは思っていたんだ。
「部長、ディアナはまだ進学前です」
「そうなのか? ということは来年進学かな?」
「あ、はいその予定、です」
ディアナが少しオドオドとした返事をする。
未だに他人と会話するのがなんとなく苦手らしい。
「そうか! ならぜひ来年は我が探検クラブに入ってくれないか?」
「えっ、あ」
「部長、勧誘は彼女が高等生になってからお願いします。いくら得難い種族だからってがっつきすぎです」
「ぬう」
ディアナは少し困ったように眉根を寄せている。
「キュウ!」
そのディアナの肩に乗って、ハルが部長に威嚇するように声を上げた。
本人の意思はともかくとして、その姿は大変愛らしい。
「ディアナ、部長は人材コレクターというか、種族コレクターというか、珍しい種族を見付けると勧誘したくなる病気なんだ」
「病気とか言うな! 探検における能力の多様性は大事なんだぞ!」
「探検を隠れ蓑にしているだけでしょう」
「ふふふ、逸水くん。僕たちはもっと理解し合う必要があると思うんだ」
「まぁ尊敬できるところがない訳じゃあないんですけどね。まさかハク先輩にまで声をかけるなんて」
「だって魔人種だよ? 生涯に一人出会えるかどうかだろ? 竜人種もそうだけど」
「魔人種がこの地に?」
ディアナが僕たちの会話に驚いたように声を上げた。
ディアナが驚くのも無理はない。
魔人種の国は同盟に加入していないのだ。
彼らは自分たちの国の中から滅多なことでは出てこないし、かなりの排他的な種族として知られている。
それに、同盟国家と時々争いを起こしてもいるのだ。
「うん。しかも都市住みなんだ」
白先輩はこの街生まれの魔人種だ。
正式名は神薙白、中等部時代の有名人の一人でもある。
本人はほとんど自分について何も語らないのではっきりとはわからないが、噂によると親が亡命して来たとか難民だったとか言われていた。
魔人種は竜人種と並ぶぐらい強い種族として知られている。
しかし、その強さの質は全く違う。
竜人種が主に筋力を中心とした高い戦闘力を誇るのに対して、魔人種は強い魔力による戦闘能力の高さを誇っているんだ。
とは言え、魔人種の戦闘を見たことがある者などほとんどいないので、実際のところはよくわからないのだけど。
「怖い人?」
「怖い訳じゃないんだけど、怖がられているというか、他人と関わらないというか」
「うむ、僕も見事に無視されたな」
部長が悔しそうに拳を固めてブルブルと震わせている。
「だが! 僕は諦めていないぞ! 彼はまだどこのサークルにも所属していないと言うではないか! ぜひ! うちに入ってもらいたい!」
「そういうところは本当に尊敬していますよ、部長」
「そうだろう。僕はね、未知なるものを追求することに常に全力なのだ!」
僕はおざなりな拍手をした。
ディアナはそれを見て、慌てて同じように手を叩く。
かわいい。
「というわけで、ディアナさん。お試しとして明日の活動に参加しませんか?」
「部長……」
調子に乗せるとすぐこれだから。
「えっ?」
ディアナが困ったように僕を見る。
いや、僕を気にしなくてもいいから。
「あ、あの。イツキが一緒なら」
そ、そうか、僕が理由になるのか。
うれしいような困ったような気分だ。
部長がすっげえニヤニヤしている。
殴ろうかな?
「明日って、裏市場に行くんでしょう? 女の子は不参加でいいって言ってたじゃないですか」
「ほう、女の子ね。さすがだよ逸水くん。竜人種の女性を女の子扱いできるのは君ぐらいのものだろう」
「は? ディアナはとても優しくて繊細な女の子ですよ? 種族で決めつけないでください」
「イツキ……あの」
ディアナが僕の上着を引っ張る。
振り向くとなぜか真っ赤になっていた。
「どうした? 部長の悪い気にあてられた?」
「おい、人を病気の元のように言うな」
ディアナはぶるぶると首を振ると、少し微笑んでみせる。
「危ないとこならなおさら、行きます」
部長は満足気にうなずいたが、僕は逆に眉を潜めた。
やっぱりディアナは昔のことを引きずっていて、僕を護らなければならないと思っているのだ。
僕は護られる必要はない、逆にディアナこそが護られるべき女の子なのだということをなんとか理解して欲しいんだけどな。
「キュッ! キュッ!」
ハルがディアナの元から飛び立って、僕の頭の上で飛び跳ねる。
地味に痛い。
何してるのかな?
「ふふ、ハルも一緒にイツキを守るって」
「ええっ」
被保護者達からのこの宣言に、僕は少なからずショックを受けた。
「愛はかくも麗しきかな」
「部長、いいこと言った風に決め顔で胸を張らないでください」
とりあえず決まったものはしょうがない。
ディアナが自分で選択したことだ。
僕が反対するのはお門違いでしかない。
当日にきちんと僕が彼女に何事も起きないように注意していればいいのだ。
その後、使い魔や妖魔について勉強した僕たちはクラブハウスを出て帰路についた。
ハルは疲れたのかリュックの中で寝てしまっている。
ぬいぐるみを背負った(被った)変な人と思われずに移動出来るのは地味にうれしい。
「ね、さっきの部長さん」
「ん?」
「この国風の名前じゃないね」
「ああ。うん。部長は留学生なんだよ。すっごい長い間留学してるんだけどね。本国はアースキングダムだって」
「あ、角なしの人たちの国」
「そそ」
「行ってみたい?」
「そうだね、一度は行ってみたいかな。でも、ほとんど単一種族しかいない国ってなんか変な感じだろうな」
「うちがそうだけど、みんな乱暴者ばかりで疲れる」
「あはは」
「イツキの種族だからみんな優しい国なんだろうね」
「どうかな? 同じ種族ばかりで固まると、逆に競争意識が激化するっていう話もあるみたいだし」
僕も別に優しくはない。
自分の過ちをディアナに押し付けようとしたような人間だ。
僕は決してディアナの思っているような奴じゃない。
優しいというならディアナこそが本当の優しさを持っている。
「あ、そうだ!」
ディアナが急に声を上げたので僕は少しびっくりしてしまった。
「どうしたの?」
「ね、ハルの生まれた場所に行ってみたい」
「ああ、そうか、そうだね。行ってみるか」
ディアナが高等部の学校が固まっている学園特区に来る機会はまだ多くない。
せっかく近くまで来たのだし、行ってみるのもいいだろう。
僕らは二人で高等部の校舎が立ち並ぶ四角四面に整理された道を歩いた。
今日は学校は休みなので、学校ばかりのこの地域は極端に人出が少ない。
そして、都市計画によって自然の循環を再現されているこの地域には緑が多く、土地の起伏もあるので、人目が届きにくい場所が多い。
ときどき不審者が出て問題になっているぐらいだ。
まぁ不審者はともかくとして、言うなれば今はほとんど二人っきりでいるようなものだった。
二人きりでいるのは家にいるときだってそうなのだけど、やっぱり外だとまた違う感じがある。
きっとそれで僕もディアナも浮かれていたのだと思う。
小さな山になっている場所の高い階段を上ろうとした僕の手を取ったディアナは、バサッと羽を広げる。
「このくらいいいよね?」
ふわりと足が浮いた。
都市条例では、都市内で一定の高度以上、そして交通機関のレール付近を飛ぶことは禁じられている。
しかし、移動手段として飛ぶのは別に問題ない。
「すごいな」
ディアナは子どもの時とは違って、体を密着させなくても僕を安定して一緒に飛ばせられるようになっていた。
僕としては少々残念な気持ちがない訳ではないけれど、ディアナの能力の向上は純粋に嬉しい。
「えへへ。うちの種族ってこういう繊細なコントロールが苦手で、私以外はきっとこんなこと無理なんだよ。力まかせばっかりなの」
「ディアナは頑張ったんだね」
ディアナは僕と会わなかった間、必死で強くなろうとしていたのだ。
種族本来の強さに加えて、技術を磨き、一族で一番の強さを身に着けた。
その純粋な気持ちが僕には眩しい。
その気持ちのままに目をすがめてディアナを見る。
ディアナは本当に美しい。
広げられた羽は、一見黒いのだけど、日の光が透けると凝縮されたルビーのように黒みがかった赤い色合いであることがわかる。
彼女の髪の色と同じだ。
その姿もそしてその魂も、彼女の全てが僕を惹き付けてやまない。
小さな山の上にふわりと危なげなく降り立つと、そこは小さな公園になっていた。
ディアナは一度大きく羽を広げてふわりともう一度浮かび上がってからスキップでもするように跳ねて、羽をたたむ。
「やりたいことの一つが叶っちゃった」
弾んだように言うディアナが例えようもなくかわいい。
僕は無言でその手を握ると、ギュッと力を入れた。
「こっち」
公園の外周に植えられた木々が花を付けて春の彩りを見せている。
淡い紅色の花が、葉っぱのない銀茶の枝を飾っていた。
公園からはハイキングコースになっていて、ゆるやかな山道を下っていく。
途中の道の両脇の山肌を彩る小さな春の花も、淡い緑の草も、とても生き生きとしていて美しかった。
そんな道を僕たちは二人きりで手を繋いで歩いている。
幸せだな。本当にそう思う。
と、ガサッと背中で何かが動く気配がした。抗議をするかのようにポスポスと軽い衝撃が背中を襲う。
あ、ごめん、別にハルを忘れていた訳じゃないから。
小山を緩やかに下ると、今度は小さな丘がある。
足元にはびっしりと白い花が咲いていた。
「きれい!」
「本当だ。こないだまでこんなに咲いてなかったんだけど」
初夏には星屑草が凄いと言われているのは小川の手前の土手のところだけど、この丘に続く草原の春の花も結構すごいんじゃないだろうか?
僕たちは花を踏むのが申し訳なくて、軽く飛びながらその草原を横切る。
「夢みたい」
ディアナがぽつりと言った。
その横顔に浮かぶのは笑顔と言うには寂しすぎる表情だ。
彼女は何を思っているのだろう。
「現実だよ」
僕はディアナを手繰り寄せて両手に抱き込むと、地面を蹴って一気に土手まで跳んだ。
ディアナの使う飛行の力のおかげで、びっくりするぐらいの距離を二人で抱き合ったまま地面すれすれを横切る。
「きゃあ!」
「あはは」
ディアナは自分でコントロールしていないので不安なのか、かわいい悲鳴を上げた。
僕はつい笑ってしまう。
そのままゴロゴロと土手を転げて、小川の近くで止まった。
「イツキ!」
「あはは、ごめん、うわあ! ごめん!」
ディアナはよほど怒ったのか、小川の水を掬って掛けて来た。
まださすがに水浴びにはまだ早い。
「危ないから! ほんと、びっくりしたから!」
「ごめんなさい。ゆるしてください」
「もう!」
ディアナは頬をぷっくりと膨らませていたけど、やがて絶えきれなくなったのか思いっきり笑い出す。
僕もつられてびしょ濡れのまま笑った。
「キュウ?」
あまりの騒動に、ハルがリュックから顔を出して、僕たちを訝しげに見て、首を傾げたのだった。
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