エピソード3 【探検クラブ】 その一

 卵が孵って、というか、変化して誕生した妖魔を僕とディアナで相談して「ハル」と名付けた。

 胴体が若草のようなグリーンでところどころに花びらのようなピンクが入っている色合いと、生まれた季節から取ったのだ。


「ハル」

「キュキュ?」

「ハル!」

「キュー!」


 ディアナはすっかりハルの虜である。

 気持ちはわかる。

 こいつぬいぐるみみたいでやたらかわいい。

 触った感触もふわふわなのだ。見た目ドラゴンなのに!

 赤ちゃんだからか? と思ったけど、ディアナによると妖魔は生まれたときからすでに成体なのだそうだ。

 これで成体なのか……こいつ絶対自然界では生きていけないタイプだろう。


「それじゃ行こうか?」


 僕は大きめのリュックを広げてハルを誘う。

 このリュックは枯葉色をしたかなり本格的なリュックだ。

 ハル程度の大きさなら十分に入る。


「キュッ?」


 ハルは首をかしげながら近寄って来ると、リュックの匂いをフンフンと嗅いで、何かに納得したようにうなずいて、中に潜り込んだ。

 どうやら好みに合ったらしい。

 フローラル系の消臭剤を使っておいてよかった。


 ディアナは今日は裾の広がったワンピースタイプのジャンパースカートに、足首がキュッと締まったレギンスタイプのパンツという装いで、マントのような羽が革のコートのように肩を覆っている。

 尻尾はスカートの下からチラ見えしていて、ぴょこぴょこと楽しそうに揺れていた。

 どうやら今日のお出掛けが嬉しいらしい。

 僕自身は、ディアナを会わせる相手のことを考えるとちょっと複雑な気持ちなのだけど、ディアナは僕の友人に会えるのを楽しみにしているようなのだ。

 ……がっかりしないといいな。


 実はハルと一緒に暮らすということはすんなり決まったのだけど、ハルに関して都市条例をどう解釈していいのか判断がつかなかったのだ。

 都市条例には一般的なペットに対する決まりごとと、使い魔に対する決まりごとがあって、ハルがどちらにあたるのか僕たちは迷った。

 ペットに関する条例は、予防注射などの決まりを除き、わりとゆるいのだけど、使い魔に対する決まりはいろいろと厳しい。

 僕たちはできればペット扱いがいいかな? と思っているのだけど、僕たちが勝手に決めても駄目かもしれないしね。

 そこで、様々なことに造詣が深い、僕の所属するクラブである探検クラブの部長に、その辺のことを相談することにしたのである。

 今日は学校も休みの日なのだけど、彼はクラブハウスの主なので、今日もクラブハウスにいるとのことだった。


「じゃあ師匠、行ってきます!」

「おう、行ってこい行ってこい。ディアナちゃんとハルちゃん、外は怖いところだから注意するんですよ?」

「キモい! 師匠、猫なで声やめろや」

「ハッ、リュックにぬいぐるみを入れて背負っているお前ほどではないわ!」

「これはぬいぐるみじゃないから! そう見えたほうがいいんだけどね!」


 ちょっと泣きそうである。

 実際、ぴょこんとリュックの口から顔だけ出したハルの姿はぬいぐるみにしか見えず、どこからどう見ても不似合いなメルヘンぬいぐるみを背負った男にしか見えない。

 自分の姿を第三者的な視点からみると哀しくなるので、考えないようにしていたのに。

 

「イツキとハルはどっちもかわいいです」

「うっ」


 ディアナの言葉に僕は非常に微妙な気分になった。

 これは果たして喜んでいいのだろうか? 男として憤るべきだろうか?


「ムムム……」


 そんな風に悩んでいる内に、いつの間にかクラブハウスに到着してしまった。


「ここだよ」

「わあ、綺麗な家ですね」

「うん」


 高等部ではクラブの存在意義が今までのものとガラリと変わる。

 クラブ運営に関して、学校は認可以外全く関与しないのだ。

 まぁ高等部は所属する学校がいくつかあるし、どこに所属するんだ? ということになると困るからかもしれない。

 その代わり、何か実績があるとそれで単位がもらえることもある。

 まぁそういうのはあくまで例外だけど、高等部ではクラブ活動は推奨されていた。

 社会に出る前の社会勉強の一環でもあるのだそうだ。

 何しろクラブの運営は自分たちだけで行うのである。

 場所を借りるにも、活動をするにも、資金が必要なので、その資金を稼がなくてはいけないのだ。

 だからクラブの中には、大企業の下請けをしたり、発明品を企業に売り込んだりするところが多い。


 我が探検クラブは専門性の高い月刊誌を発行したり、映像をオープン回線で流したりすることによってある程度の収入を得ている。

 だが、一番の資金源は、これから会う部長だ。

 このクラブハウスも部長の持ち家だし、機材の多くも部長の私物となっている。


「こんにちは!」


 ノッカータイプのドアホンを叩き、訪れを告げる。

 外部カメラがあるのだけど、どうせ見ていないので挨拶を済ましたら、そのままパネルに手を当てて鍵を解除した。

 扉ではなく壁の一部がスライドして入り口が開く。


「えっ?」


 ディアナが驚いたように見つめるが、実は玄関扉はフェイクなのだ。

 頭のおかしいクラブメンバーの一人が勝手に改造してしまったのである。

 まぁ広々とした入り口は、どんな種族の人でも楽に入れるからいいんだけどね。

 部長も大喜びだったし。


「まぁ気にせずに入って」

「あ、はい。おじゃまします」


 玄関ホールには怪しげなものがゴロゴロしているので、ディアナが見回してビクビクしている。

 ちらっと見ると、ハルもこわごわ目元だけ出して周りを窺っていた。

 うん、わかる。なんか呪われてそうなものがいっぱいあるよな。


「こっち」


 僕は玄関ホールから右手に曲がり廊下の左側にあるテラスへと出るガラス戸を開けた。

 テラスを突っ切り更に右手側に階段があり、階段を上るとアーチ状の入り口が現れる。


「部長! 入りますよ!」


 入り口の外からパネルに触れながら呼び掛けて扉を開いてそのまま入った。

 ディアナはその間ずっとキョロキョロしながらついてきたし、ハルはとうとうリュックから飛び出して僕の頭に乗っかりながらディアナと同じ動きでキョロキョロしていた。

 二人を見ていると、なんだかほんわかな気分になってしまった。


「おお、早かったな」

「いやいや、早くないですからね。約束の時間ですよ」


 この場所はクラブのライブラリーだ。

 屋敷からは独立した造りになったいわゆる図書館だ。

 入り口から入ると踊り場になっていて、吹き抜けの広大な書庫の空間が現れる。

 この場所での移動は、基本昇降機によって行われる。

 飛べる種族なら自分で飛んでもいいけど、本や資料を探す場合には昇降機のほうが検索機能がついているので便利だ。

 部長はいつもの席でお茶を飲みながら資料整理をしていたようだった。

 僕はディアナを昇降機に導くと、下のホールへと降りる。


「あ、あの、初めまして。ディアナといいます」

「キュウ」


 ディアナが焦ったように挨拶をすると、僕の頭からディアナの肩に移動したハルも一緒に声を発した。

 いっちょまえに挨拶をしているつもりなんだろう。

 絵面がかわいすぎて辛い。


「ご丁寧にどうも。僕はエリオットだ。まぁかけたまえ。今、逸水くんがお茶を用意するから」

「あ、それなら私が!」

「いいよ。ディアナは勝手がわからないだろ。部長は変人だけど人畜無害だから安心して大丈夫だから」

「酷い言い草だな。そもそも一般的な角なし鬼族である僕に竜人種のお嬢さんをどうこう出来るはずもない。彼の言うように安心してゆっくりしてくれ」

「ありがとうございます」


 ずらりと並ぶ茶棚からディアナ向きのお茶を探す。

 ちょっと甘酸っぱい花びらがブレンドされたお茶がいいかな?

 空気を適度に含んだ適温のお湯をティーポットの中に注ぐとふわりとゆたかな香りが広がる。

 フタをしてポットカバーを装着するとトレーに茶器を並べて、保管庫から小さなケーキを取り出した。

 料理好きのメンバーが作って冷やしておいたいろいろな種類のプチケーキだ。

 四人で十個ぐらいあれば足りるかな?


「お茶をどうぞ」


 戻ってみるとハルがソファーで腹を上にしてゴロゴロしている。

 ここのソファーふかふかだからなぁ。

 ディアナはすごい緊張しているようだ。羽も尻尾もぴくりとも動いていない。

 反対側に座っている部長はと言えば、ひたすらハルをじぃっと観察しているようだった。


「しかし、珍しいタイプの妖魔だね。普通妖魔というのは動物の姿に近い形態を取ることで知られている。小さなドラゴンタイプというのも記録にはあるが、もっとリアルな感じのドラゴンでトカゲサイズだったらしい」

「いろいろな妖魔がいるんですね」


 さっそくハルについて調べてくれていたらしい部長が、その結果を教えてくれる。


「妖魔は環境に左右されるから。きっとハルは都市生まれだから他と違うのかも」


 ディアナがそう言うと、


「そうだな。都市で妖魔が生まれるなど、今まで聞いたことがない。環境庁の努力が実ったというべきか」


 その言葉に部長がうなずいて同意した。

 やはり都市生まれのせいっぽい。


「それで部長。この子の登録についてなんですが」

「僕の見立てでは、ペットでも使い魔でも登録できると思う」

「そうなんですか」

「実を言うとペットと使い魔に種族的なしばりはないのだ。要は物理的に繋ぐか、精神的に繋ぐかの違いにすぎない。それでだな、これは僕からの提案だが、出来れば使い魔として登録したほうがいい」

「えっ、でも使い魔登録は書類審査と面談が必要で、登録料も発生するって聞きましたよ」

「ああ。しかしそれだけの価値はある。ペットは移動の際に乗り物を使うと荷物扱いになるのだが、使い魔は人間とほとんど変わらない扱いを受ける。それにどこにでも連れていけるしな。見たところかなり知能が高そうだし、君たちから離れないのではないか?」

「あ、もしかして授業に連れていけるんですか?」

「うむ。そもそも妖魔という種族は閉じ込めるのが難しい。ペットとして登録すると一悶着あるかもしれないぞ」

「なるほど」


 そうか、僕やディアナが学校へ行っている間、ハルを家に置いておくのはかわいそうだよな。

 ディアナによると人の手で孵った妖魔はその相手に寄り添って暮らすらしい。


「わかりました。使い魔として登録しようと思います。部長、助言ありがとうございました」

「いや、大したことではないよ。それよりせっかく来たんだからこの資料を読んでいくといい」


 そう言って部長が示したのは、テーブルの上に積まれた本の山だった。

 なになに、『妖魔との生活』『ティッキーの日記』『妖魔との戦いの記録』……おお、妖魔関連の書籍か。


「助かります! いろいろありがとうございます!」

「いや、都市で生まれた妖魔とか我がクラブメンバーに相応しい使い魔だからね。歓迎するよ」

「あ、もしかして、特集記事を狙ってます?」

「うむ。そのかわいさだ。きっとご婦人方の人気者となってくれるだろう」


 さすが部長、抜け目ないな。

 あわよくば月刊誌の売上アップを狙ってくるとは。

 でもまぁそのくらいは別にいいか。実際助かったしね。


 肩の荷が下りた気分でディアナとハルを見ると、二人はプチケーキのクルミとベリーの二つをどちらが食べるかですごく悩んでいるところだった。


 うん、幸せってこういうことかな。

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