エピソード3 【探検クラブ】 その三

 サークル活動として裏市場に行く日が来て、家を出る際にひと揉めあった。

 僕たちはハルを残して行こうとしたのだけど、ハルが僕たちから離れなかったのだ。


「妖魔を閉じ込めるのは難しいから」


 ディアナが諦め気味にそう言った。

 

「まぁ仕方ないね」


 頭にしがみつかれたせいで髪型が酷いことになってしまった僕は脱力しながらハルにリュックへ入るように言う。

 最初置いていかれるのではないか? と疑っていたらしいハルがグズグズしたせいでかなり時間がかかってしまった。


 僕たち三人は少し慌てながら待ち合わせ場所に到着した。

 集合時間より十分ほど遅れている。


「遅い!」


 カイが無駄にデカイ体で仁王立ちして腕組みをしながら文句を言った。

 そう、カイは同じサークルの仲間だ。

 というよりもカイが僕をこのサークルに誘ったのである。


「ごめん。あ、ディアナこいつが僕の悪友のカイ」

「おお、本当に竜人だ! よろしくカイっす」

「あ、ディアナです。鬼の人」

「カイっす」

「カイ、さん」


 よしよし無事打ち解けたようだ。

 最近はディアナも人付き合いに積極的になって来ていていい傾向だと思う。

 てか、カイと部長しかいないんだけど、他はどうした。


「安心してくれ君たちが最後ではないよ。まだエイジとマサも来ていない」

「あ、部長、おはようございます。え? エイジ先輩はともかくマサ先輩も? 珍しいですね」

「ああ、おはよう。僕の予想ではマサはエイジに捕まったと見ている」

「うわあ」

「部長さんおはようございます。今日はお招きありがとうございました」


 集合が遅々としている理由を話している僕の後ろから、ディアナが部長にちょこんと頭を下げて挨拶をした。

 今日のディアナの服装は動きやすいようにパンツスタイルだ。

 ケープを羽織って一見して竜人種とはわからないようにしている。

 カイがすぐにわかったのは僕が話していたということもあるけど、持ち前の勘のよさもあるだろう。

 ケープは黒ベースだけど、ふわっとした茶色のボアをあしらっているので、全体的にちゃんと女の子らしさがあるシルエットだ。

 いつも通りとてもかわいい。


「ああ、おはようディアナさん。今回は僕のわがままを聞いてくれてありがとう」

「いえ、むしろ嬉しいです」


 ディアナはニコニコとしている。

 本当に嬉しそうだ。

 何しろ今朝は早くから色々準備をしていた。

 お弁当まで作ろうとしていたので、お昼は現場で食べるのが通例だと教えてやめてもらったけど、水筒にお茶は入れてきたみたいだ。


「まったく、付き合っておられん!」


 そうこうしている内にサークル仲間がもう一人現れた。

 バサリと羽根を広げて集合場所の広場に降り立つ。


「おはようございますマサ先輩」

「おはようっす!」

「やあ」

「あ、あの、おはようございます」


 それぞれに挨拶をして行くと、マサ先輩の目がディアナに止まって不思議そうに首を傾げた。


「む? なにゆえ女性がいるのだ?」

「彼女は逸水くんの知人で来年昇学するとのことで今回は体験入部をしてもらうことになったのだ」


 マサ先輩は疑わしいものを見るように部長を見たけど、とりあえず納得することにしたらしい。


「マサだ。よろしく」

「あ、ディアナです。よろしくお願いします」


 きちんと挨拶を交わしてくれた。

 ふう、気難しいマサ先輩に受け入れて貰えて良かった。

 僕も緊張していた体から力を抜いてほっとする。


「それでエイジはどうした?」

「ちっ、奴め自分が遅れそうだからこの私に運べなどと言うので蹴りを入れてやった。ちょこまかと躱すせいで少々手間取ったが」


 光沢のある美しい青い髪と羽根を持つマサ先輩は、普段はあまり暴力を振るったりしないのだけど、エイジ先輩とはどうしても反りが合わないらしい。

 ちょくちょくこうやって喧嘩沙汰を起こしていた。

 鳥人種は足の力が強いのでその蹴りを受けたらただでは済まないものなのだけど、エイジ先輩を知っている身としては心配する気にもならない。


「てめえ! 後輩のくせに俺に蹴りを入れるとか覚悟しやがれ!」


 我がサークルの本日のメンバー最後の一人がけたたましい怒鳴り声と共に登場した。

 見事なキジ柄の毛並みが格好いい猫種のエイジ先輩だ。

 このメンバーでは部長を除くと最上級生となる。

 まぁ部長はなんかもう先輩というのもおこがましいぐらいに先輩なんだけどね。


「エイジ、貴様がビリだ。昼は貴様のおごりだ」


 情け容赦もなく部長が宣言する。

 

「は? なんで?」


 勢いを削がれたエイジ先輩は、少しポカンとした顔で部長を見た。

 熱しやすく冷めやすいのがエイジ先輩の特徴である。


「貴様が馬鹿だからだ」


 マサ先輩が馬鹿にしたようにそう言うと、一度部長に逸れていたエイジ先輩の怒りがまたマサ先輩に戻ったらしい。


「は? お前が俺を運んでくれなかったせいだろ? しかも蹴るこたあないだろうがよ!」

「軽く振り払っただけだ。ケガもしていないくせに騒ぐな、見苦しい」

「では移動するぞ。本日は裏市場の調査だ。わかっているとは思うが、くれぐれも騒いだり喧嘩を売ったりしないように。頼んだぞ、エイジ」

「俺かよ! 喧嘩っていうならカイもそうだろうがよ!」

「いや先輩。俺は見てくれはこうですけど、暴力反対ですから」

「嘘つけ」


 などと賑やかに出発した。

 仮にも「裏」に行くという雰囲気じゃないね。


 表通りから路地へと入り込み、ビルとビルの間を縫うように進む。

 しばらく人通りのほとんどない場所を歩くと、今度は唐突に人が増えてくる。

 元はビルの駐車場だった所を利用して作られた商店が立ち並ぶ一画に出たのだ。

 子どもから老人まで、様々な人種の人たちが、買い物や、単にぶらついているような風情で行き交っている。

 この人達のほとんどが、街住みの人だ。

 郊外に自宅を持てない人の多くは街の古い建物を利用して作られたアパルトメントに住んでいる。

 そして石棺病と戦いながら生きているのだ。

 ひと昔前よりは都市部でも石棺病の発症はおだやかになったと言われている。

 今行き交っている人々の中で、壮年以上の人に目立つのが、足を引きずっていたり、腕をケースのようなもので覆っていたり、顔の一部を仮面でカバーしている人だ。

 石棺病が発症したけれど、なんとか進行を遅らせて生活を続けている人が多い。


 この街住みの人たちのための商店街は一般的にバザールと呼ばれている。

 この辺りまでは街住みではない、郊外に居を構えて働きに出ている人でも買い物に来たりする場所だ。

 僕たちが今日行こうとしているのはこの奥、俗に裏市場と呼ばれている場所になる。

 そこはたとえ街住みの人でも表の住人はあまり入り込まない場所と言われていた。


 部長が地図を確認しながら進む。


「ふむ、ここだな」


 一人頷いた部長が金属製の小さめの扉の前に近づいた。

 扉の前には箱を椅子代わりに座った一人の初老の男がいる。

 部長はその男を無視して金属の扉に手をかけた。

 初老の男はタバコをふかしているだけで別段部長を咎めることはない。

 ガチャリと重い音がして扉が開く。

 部長は全くためらうことなく中へと踏み込んだ。


 凄い度胸だなぁと感心する。

 ほんと、部長のこういう何かをやろうとしたらためらわないところは尊敬できる。

 そんな部長の後に僕たちが続く。

 まずはエイジ先輩。

 この人は小柄なので問題なく通過。

 大変だったのがその後に続いたカイだ。

 大きな体を折り曲げて、「うおっ!」とか「くそっ!」とか悪態をつきながら中へと入った。

 その次がマサ先輩。

 そして僕とディアナだ。

 一応安全だとは思うけど、僕が先へ入る。

 入ってみると中は意外と明るかった。

 外に比べれば若干暗いかな? というぐらいの感じだ。

 入口の先は階段になっていて、どうやら地下に続いているらしい。

 先輩やカイはすでにその階段を進んでいる。


「大丈夫?」

「うん」


 ディアナの心配そうな声に答えながら、彼女が扉をくぐるのを待って、一緒に階段を下りた。

 階段はさすがに暗い。

 カツンカツンと靴音が響く。

 先のほうでガチャンと再び金属の扉が開く音。

 すると、途端に喧騒が聞こえて来た。

 ガヤガヤと不特定多数の人が話しているような熱気のある音だ。

 それに、色々な匂い。

 主に食べ物の匂いだけど、混ざりまくって元が何かわからない。


「意外と明るいな」


 そこは元は広々とした空間だったと思われた。

 何本かの太いコンクリートの柱が立ち並び、高い天井には工事現場のような大きなライトが輝いている。

 見渡す視界の先にはまるでお祭りの屋台のようなテント状の店が立ち並んでいた。

 そしてその間を多くの人々が行き交っている。

 上のバザールと違い、女子どもがほとんど見当たらず、ほとんどが働き盛りの年齢の男性だというのが大きな特徴かもしれない。

 上にはむしろ女性と老人が多かったしね。


「では三人ずつに分かれて周ろう。人数が多くて注目を集めすぎてもつまらない」


 部長の言葉で僕たちは上級生組と下級生プラス体験生組で分かれた。

 一見不公平のように見えるが、実は戦闘能力で言えば僕たち下級生組のほうが上だ。

 とは言え、上級生組は突発的な出来事に対する対応力はピカイチなので、別に不安はない。


「じゃあ、僕は左から周りますね」

「うむ。別に会員制クラブとかではないからいきなり叩き出されることもないだろうが、注意するのだぞ」


 僕とディアナとカイ。そして実はリュックの中で寝てるっぽいハルと、僕たち四人は、共に未知の裏市場という領域の探検を始めたのだった。

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