エピソード7 【凍える季節】その四
「よく来た」
相変わらず大きい。
というか、何度見ても慣れない。
山河さんを前にすると自分の矮小さを本当に思い知る。
ここの天井、軽く普通の家屋の三階分の高さはあるよね。
「お久しぶりです」
「こんにちは」
僕たちが挨拶すると、山河さんは口元を歪めて見せた。
どうやら笑ったらしい。
「
「いいえ。それで、効果は期待できそうなのですか?」
古代魔法の探索は、街住みの人たちに発症する石棺病を封じるためのものだったはずだ。
僕たちは、古くは旧王国のお城だった図書館を探索して、精霊と出会い、
その後、どうなったのか気にはなっていたのだけど、裏市場には来ないようにと釘を刺されていたので、今までそのままになっていたのだ。
今回は、裏市場は通ったけど、カエルさんの許可をもらっているし、用件はそっちにはないので、怒られるようなことはないはずだった。
うん、ないといいな。
「うん、それがな。どうもあの魔法は、あの図書館を中心に展開するもので、しかもあの建物よりやや広い程度の範囲までしか効果がないらしい、と、わかった」
「移動は出来ないんですか?」
ものが書物なのだから移動することは出来るはずだけど。
山河さんは苦々しい顔になる。
「それが、旧王国の魔導王がその
「え? 本の形ではなく?」
「一応本の形はしているんだが、発動キーがあのツタの精霊だとさ」
「それは、解除出来ないんですか?」
「ああ、俺の知っている魔術士連中では歯が立たないらしい」
「……そうですか」
いまいましげな山河さんの言葉に、僕も内心期待していただけにがっかりした。
郊外に住むことが出来ない街住みの人たちにはびこる石棺病という厄介な病には、常々いまいましい思いを僕も抱いていたのだ。
中等部時代の友人のなかにも、家族が石棺病であるという人が何人かいた。
みんな治療の方法を探し求めていて、その気持ちの余り、詐欺まがいの薬や医者、果ては占者なんかにひっかかった家庭もある。
母親が発症したという女の子は、少しずつ広がる石の部分に戦々恐々として、学校でひっそりと泣いていた。
家では泣けないからと言って。
「ただ、悪いことばっかりじゃねえ」
「それは?」
ディアナが山河さんの言葉を促した。
「患者を、図書館の地下の避難部屋に集めて、病の進行を止めることが出来るようだ」
「本当ですか!」
「すごい」
僕とディアナは、僕たちがやったことが全くの無駄ではなかったことにほっとした。
クラブのみんなに伝えればみんな喜んでくれるだろう。
「年に一回程度、患者に地下でツタの精霊の癒やしを受けさせると、体内循環が活性化して、石棺病の進行が止まることがわかった。それだけでもだいぶ違うからなぁ」
「そうですね」
「よかった」
僕とディアナも互いにうなずき合う。
「ところで、お前たちの用件の本題はこれじゃねぇよな」
「あ、はい」
聞かれて、僕はごくりと唾を飲み込み、意識を切り替えて山河さんに向かい合った。
「実は、学校の先輩の、
僕の言葉に山河さんはふぅと小さく息を吐いた。
「お前の先輩をどうして俺が知ってると?」
「ハク先輩は、この前裏市場にいました」
「たまたま来ていただけじゃねえのか?」
「お店の用心棒のような仕事をしている魔人種の人と親しいようでした」
「……なぁるほどな。そうだな、年寄りとして、若モンにちょいと忠告をしよう」
山河さんは僕をじろりと見ると、そのまま眼光鋭く睨めつけた。
「好奇心も過ぎると命を落とすぜ」
山河さんから発せられたプレッシャーに、僕は思わず一歩を下がる。
そんな僕と反対に、ディアナが一歩踏み出して、僕と山河さんの間に立ちふさがった。
「ディアナ、大丈夫」
僕はそんなディアナの腕にそっと触れて、後ろに下がってもらった。
ディアナは僕の顔をじっと見て、うなずくと、そっと横に並び直す。
「全く好奇心が無いとは言いません。でも僕は先日ハク先輩に助けてもらいました。なら、今度は僕が先輩を助ける順番なんじゃないでしょうか?」
「何も知らねえまま動いたら、逆に相手に迷惑ってこともあるんだぜ?」
「それは、わかります。でも、平気で他人を害するような連中のために、先輩がやりたいことを我慢するのはおかしいと思うんです。それはそいつらに囚われているようなものでしょう? 僕はそういうことが嫌いです」
山河さんはぐふっと笑う。
「嫌い、か。なるほど、そりゃあしょうがねえな」
「それじゃあ」
「だがな、今はやっこさんの周りがきな臭い。お前が動けば逆にあの坊やに危険を招くことになりかねんぞ?」
「あ……」
言われて、ぐっと詰まる。
確かにあの連中が白先輩を探しているのなら、僕が訪ねることでみすみす先輩に危険を呼び込むことにもなりかねない。
それは本意ではない。
「逃げたり隠れたりに意味があるのは、相手に時間制限があったり、諦めるつもりがある場合だけ。相手に諦めるつもりがないなら、敵に時間を与えるだけで、意味のない行動になる。それに、逃げたり隠れたりするのは、それしか出来ない者たちの戦い方。力があるのに戦わないという選択は、単に自分を追い詰めているだけ」
僕が追求をためらっていると、ディアナがそう言い放った。
「弱者には弱者の、強者には強者の戦い方がある。それを間違えた者は負けるだけ」
普段とは違う、きびしい言葉だった。
僕の前では極力見せないようにしている戦う者としての言葉だ。
白先輩にあんまりいい感情を持っていないディアナだけど、誰かに苦しめられている人を放ってはおけないのが彼女だ。
言わずには居れなかったのだろう。
「ふむ、嬢ちゃんの言うとおりだな。強者には強者の戦い方がある。あの坊やはどうやら自分を強者とは思っていないようだけどな」
「あれだけの力があって!」
「まぁ竜人の嬢ちゃんからしてみれば、もどかしいかもしれねえな。何しろ魔人種と言えば、常に竜人種と並び称される相手だしな」
どうやら、ディアナはこれまでの話を聞いて、我慢が出来なくなってしまったらしい。
強者であるはずの白先輩が、逃げ隠れしているのが許せないのだろう。
「あの……」
僕は、自分のなかのこだわりを知っている。
助けられるはずの相手を助けられないという事態には、僕は耐えられないのだ。
ただ、それだけのために、僕は行動しているに過ぎない。
白先輩の気持ちや、戦いに対するディアナの想いは、きっと、僕には遠い。
「もしよければ、伝言を頼まれていただけませんか? ……僕は、諦めませんよ、と」
ディアナがびっくりしたように振り返って僕を見て、ふと口元を緩めて笑みを浮かべた。
山河さんがぐはっと喉が詰まったような声を出した。
「グハハハハハハ! そうか、諦めねえか、若えなぁ。だが、そうだな、いつだって物事を動かすのは若えやつらだからな」
山河さんがニヤリと笑う。
「いいぜ。俺も一度はあの坊主の慌てふためく様を見てみたかったんだ」
そのままゲラゲラと笑い転げる山河さんに、お茶の準備をして来たカエルさんが驚いて茶器を取り落としたのは、まぁ、ご愛嬌ということで。
うん、いや、その、……ごめんなさい、カエルさん。
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