エピソード7 【凍える季節】その三

 屋台で買った肉をそこらに置いてある椅子に座って食べる。

 テーブルという上等なものはなくて、木箱がテーブル代わりに使われていた。


「うん、香辛料たっぷりでウメーナ! 俺っちの故郷の飯を思い出すゼ」


 カエルさんが串焼きの肉を食べながらそう言った。


「故郷は遠いところなんですか?」

「ああ、年中あったけェところでナ、いろんな小部族が伝統を守りながら暮らしていたんダ。ところが角なし連中がある日デケェ農場を作ってナ、俺たちにそこで働かないか? と誘って来タ」

「農場、ですか」

「ああ、俺っちがまだガキの頃の話ヨ。するとどうだ、みるみる内に、文明が発展しテ、大きな差のなかった暮らしに貧富の差が出て来タ。やがて部族同士に争いが起こってナ。弱っちいうちの部族は土地を追い出されタ」

「それでこの国に?」

「まぁ流れ流れてナ。みんなあちこちの国にバラけちまったナァ」


 難民の人たちはそれぞれ重い事情を抱えている。

 僕はカエルさんの事情になんとなく申し訳ない気持ちを覚えた。

 なにしろ問題の根本に僕と同じ角なしが関わっている。


「ああ~ン? 二人共、そんな湿気た面すんナ、むしろ俺ァ、よかったと思ったりもするんだヨ。あのまま故郷で暮らしていたら、世界のことなんか知らなかったもんナァ」

「あ、はい。すみません」

「ごめんなさい」

「だから謝んなッテ。それより、サ、さっきの話なんだガ」


 さっきの話。

 裏市場と白先輩の話だ。

 さっきはどっちが問題だったのだろう。


「まぁ市場のこたァ不文律って言うカ、表で話すようなこっちゃねぇって以外はまぁいいんだけどヨ」

「やっぱり先輩の?」


 僕はあえて名前を伏せて尋ねた。


「ああ、もともと、あの坊や、ちょっと特殊な事情らしくってナ。それがこないだの学校の事件以降、変な奴らがウロウロしててヨ。旦那がピリピリしておっかねぇったラ」

「先輩を探している人たちがいるんですね?」

「う~ん」


 僕の問いに、カエルさんはいきなり難しい顔をして唸り出した。

 僕は疑問に思いつつも、せかしたりしないように自分も肉をぱくつく。

 この串焼き、お肉は柔らかくて美味しいのだけど、香辛料がびっくりするぐらい多い。

 値段がやたら高かったわけだ。

 もうちょっと減らしたらもう少し安くなるのではないだろうか?

 いや、その辺はこだわりの味なのかな?

 カエルさんも故郷の味って言ってたしね。

 ディアナは顔をしかめながらお肉を食べていた。

 どうやらディアナはこの強烈な香辛料は苦手のようだ。


「やっぱ、旦那に会って見るカ? どうも俺っち、頭を使うことは苦手でサァ」

「サンガさんですか。あの後のことも聞いてみたいです」

「ああ、あんときゃ世話になったナ、おかげでずいぶん助かったみたいだゼ。兄ちゃんたちは街の連中と同じように扱えって言われててサ」

「同じように、ですか?」

「ようするに身内って意味ヨ」

「それは嬉しいです」

「おおヨ」


 カエルさんが突き出して来た拳に拳を当てる。

 ディアナも同じようにすると、カエルさんが照れた。


「お、女の子と、こういう挨拶なかなかしねぇじゃン」

「かわいいからってディアナにちょっかい出したら絶交ですよ」

「いやいや、ガキに興味ねぇから!」

「子どもじゃない!」


 カエルさんの大慌ての否定に、今度はディアナが突っ込んだ。

 そう言えばカエルさんってどのくらいの年頃なのかな?

 見た目ではわかりにくいけど、言動からして、僕らよりもずっと大人なのはわかるけど。


「まぁともかくだナ。ごちそう様ダ」

「いえ、いろいろ教えてもらいましたし」

「なんなラこれから旦那に会うカ?」

「はい、お願いします」

「じゃ、ついてきナ」


 串などのゴミを串焼き屋さんの屋台に渡すと、おじさんがそれを炉にくべる。

 そして僕たちそれぞれにカリカリの小さな実を一個ずつくれた。

 こんな風にバザールでは屋台のゴミや食器を戻すとお小遣いをくれたり、おまけをくれたりする。

 これはバザールの伝統らしい。

 三人はそれぞれカリカリの実をかじりながらバザールの終わりまで進み、そこを曲がったところにある裏市場の入り口へと向かった。

 入り口の扉の前には椅子に座ったおじさんがいて、僕たちが扉をくぐるのをじっと見ている。


「あの人はどんな役目なんですか?」

「ああ、あれはどんな人間が出入りしたかだけを見る役割ダ。腰のとこが石化しちまってナ、他の仕事が出来なくなっちまったんダ」

「っ! そうだったんですか」


 見た目は普通そうなおじさんなのに、石棺病なんだ。


「大丈夫なの?」


 ディアナが心配そうに尋ねる。

 本当にディアナは優しいな。


「ああ、むしろ石棺病は何もしてないと悪化するらしいんだナ。本人に働いている意識が必要なんだト、旦那が言ってタ」

「へえ」


 山河さんは独自に石棺病をかなり解明しているようだ。

 本人も罹っているけど、そのせいというよりも、この街に住む人を守ろうとしているのだろう。

 基本的に巨人族は、同じ土地に住む人々や生き物から崇められるような立場であることが多いという。

 守護神のような役割を果たす気質ということなのかもしれない。


 以前例の騒ぎになった裏市場は、すっかり元通りになっていた。

 少し窮屈で、上のバザールとはまた違った熱気がある。

 人々の間を泳ぐように進んで、賭博場の入り口へと到着した。

 そこに立っていたのは、以前の、黄色と黒のまだら模様がきれいなお姉さんではなく、銀色の毛並みの美しい牙あるものだった。

 幼馴染のかっちゃんと同じ狼種だ。

 それにしても見事な毛並みだな。

 前回のお姉さんといい、ここに立てるのは毛並みの見事な人だけなのかもしれない。


「よオ」

「なんだカエル。おめぇ今日は表をぶらぶらして来るとか言ってたじゃねえか」


 口調はかなり乱暴なお兄さんだ。


「客だヨ、客、旦那に客を案内して来タ」

「……へえ。角なしに竜人か、珍しいつがいだな」

「えっ!」


 狼のお兄さんの言いように、ディアナが赤くなった。

 僕も思わずまごついてしまう。


「やめねぇカ、若いもんをからかうのハ!」

「へーへー」


 どうやら冗談だったようだ。

 ふう、びっくりした。

 ディアナはまだ真っ赤になって指をいじっている。

 照れたディアナも可愛いな。

 僕が思わずニヤけながらディアナを見ていると、カエルさんと狼のお兄さんが同じようにニヤニヤしながら僕達を見ていた。


「うーむ、やっぱり若いもんはこうでなくっちゃね。最近はスレた連中が多くていけねぇや」

「全くダ」


 ご、ごめんなさい。

 謝るので、そっち方面でいじるのはもうやめてください。

 僕は無駄に咳払いすると、ディアナの腕を取って先へと進んだのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る