エピソード7 【凍える季節】その二

 表通りの賑やかさとは違い、路地の奥に入り込んだ通りは狭くて、車などは通れない。

 このあたりは、都市開発の初期の頃に建てられたビル街で、事務所などが入るための華やかさのない区画だ。

 しかも、建物が老朽化していて、入居者が極端に減り、借り手のいない空きスペースの多い賃貸のオフィスビルが立ち並んでいる。

 そんなろくに整備もされていない通りを埋め尽くしてテント屋台が軒を連ねていた。

 そう、ここは、街住みの人たちのためのバザールなのだ。


「思ったより賑やか」

「前に裏市場に行ったときにちょっと通ったよね」

「うん、だけどあんまり見てなかったから」

「キュウ! キュウン」


 ディアナがきょろきょろと周囲を見渡して、戸惑ったように言った。

 実を言うと、街住みの人は、一般的な国民が思っているより多い。

 なにしろ郊外に家を持つより仕事がしやすいし、お金がかからないのだ。

 ほぼ無一文で逃げ込んできたような難民の人たちは、街に住む以外選択肢がないとも言える。

 国は難民を受け入れてはいるけれど、その保護や生活保障は行っていない。

 なかなかハードな状況だった。

 とは言え、そんな生活でも才覚のある人はそれなりに成功する。

 街住みからの立身出世話は枚挙に暇がないのだ。

 そういった話は、街住みの人たちが決して犯罪者ばかりではないということの証拠としてよく取り上げられる。


 だけど、それは光の当たった一握りの人の話だ。

 ほとんどの街住みの人たちは日雇い仕事をしながらその日その日を暮らしている。

 中等部時代に学校が荒れていたのも、そういう家庭で育ち、強いものが正義という認識を持つ生徒が多かったからだ。

 なにしろ学校は授業料は必要ないが、参考書やノートなどの文具類は全て自分たちで用意しなければならない。

 聖堂に捧げられる不用品は、需要と供給が追いついていない状態だった。

 そのため、学校内にも祭壇が設えられ、不用品の交換が推奨されていたが、常に順番待ちとなっていた有様だ。


 そんな環境だから、要領のいい生徒は金持ちの生徒におもねることで、個人的におすそ分けをもらったりするのが常態化し、生徒による投票で選ばれる生徒会は金持ちの生徒の独壇場だった。

 学校の自治は生徒会が行っているから、ルールは彼らが決める。

 それに反発する生徒は暴力に頼ることとなり、より強者の元へと集った。

 毎日のように争い事が起きていたのはそんな理由だ。


 そんな街住みの人たちだけど、彼らには暴力や貧困より恐れるものがある。

 それが石棺病だ。

 ある日突然、身体のどこかが石のようになり、それが少しずつ広がっていく。

 とても恐ろしい病気だ。

 都市環境で暮らす人間だけに発症するため、ある程度お金がある人は、仕事に不自由でも郊外に家を持って、そこで暮らしながら仕事のために街に出てくるのである。


「学生さん! うちのカバンはどうだい? 軍の備品を解体して作ったもんだから丈夫だよ!」


 事情としてはきびしい環境にある街住みの人なのだけど、このバザールとか見ていると、みんな活気がある。

 というか、軍の備品を解体して大丈夫なの?

 バザールで扱っているものは主に日用品だ。

 鍋とか食器とか、洋服とか、そして、そのほとんどがユーズド品である。

 本来は聖堂に捧げられるようなものを、買い取って売っているのだ。

 なんかたくましいよな。


「あの人、魔人族だから目立つはずだけど、いないね」


 白先輩を訪ね歩いても全く目処が立たず、ディアナは不思議そうにそう言った。


「まぁそんな簡単に見つかるとは思っていないけどね」


 僕たちはいわば余所者だ。

 バザールの人たちが正直に身内である街住みの白先輩の情報を僕たちに渡すとも思えない。


「キュー」


 ハルは人混みに浮かれているのか、僕の頭と肩、そしてディアナの頭と肩を、まるで枝から枝へと渡るリスかなにかのように行き交っている。

 すっごく目立つので、いろんな人に注目されてしまっていた。

 おかげで売り子の人にやたらと声をかけられて、なかなか先へと進めない。


「んん?」


 と、バザールの人混みのなかに、知った顔を見つけた。

 残念ながら白先輩ではない。

 カエル顔の小鬼ゴブリンのおじさんだ。


「あ、カエルさん」

「ホントだ」


 ふと、僕は思い出した。

 そう言えば白先輩、裏市場の関係者っぽかった。

 他にも魔人族の人がいたし、そのルートから調べられるかも?

 考えると同時に、僕はカエルさんに声をかけた。


「カエルさん!」

「ぎヨ!」


 カエルさんは変な声を出して飛び上がる。

 本当にカエルみたいだ。


「おうおうだれダ? 往来でその名前を大声で呼びやがる非常識な奴ハ」


 どうやら呼び止めたのは非常識だったらしい。


「ごめんなさい」

「ごめんなさい」


 ディアナは何もしていないのに一緒に謝った。


「かー! おめえラ、あのときの学生カップルカ、相変わらずいちゃいちゃしてんナ」


 相変わらずの訛の強いイントネーションでカエルさんがそうのたまうと、ディアナがもじもじし始めた。


「い、いちゃいちゃ……してる、かな?」

「おいおイ、やめてくれヨ? おっちゃんは独り身だからナ? 世界に絶望させないでくれヨ」

「え? 意味がわからないんですけど。まぁいいや、お久しぶりです」

「兄ちゃんももうちょっとこなれろヤ、なァ?」


 こなれるとはどういう意味だろう。

 まぁディアナとカップルに見られるのは嬉しいけど、まだ本当の意味では恋人同士とは言えないから、少し複雑な気分だ。


「あの、おじさん。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」


 カエルさんと呼んではいけないらしいので、おじさんと呼んだらなぜか睨まれた。


「俺はナ、こんなナリだがまだまだ若いんだゾ?」

「あ、じゃあお兄さん?」

「おウ、照れるゼ」


 照れるんだ。

 てかさっき自分でおっちゃんって言ってなかった?


「お兄さんは、魔人族の神薙白って人を知りませんか? ほら、あの裏市場に……」

「おいバカやめロ!」


 僕の言葉を途中で遮って、カエルさんが乱暴に胸ぐらを掴もうとした。

 その瞬間、ディアナの手が伸びて、気づいたらカエルさんが仰向けにひっくり返っていた。

 途端に周囲がシーンと静まり返る。


「……ディアナ」

「……だって」


 今現在小鬼族とは言え大人の男を踏みつけているにも関わらず、ディアナは僕の責めるような言葉にしおらしくシュンとなった。

 うん、すごく可愛い。

 とりあえず怒らないし、感謝しているから、その足をどかしてあげて。

 僕がそう言うと、ディアナはしぶしぶ足をカエルさんからどかした。


「ケェー! すげえナ、今、どうやったんダ? 全然なにされたかわかんなかったゾ」


 カエルさん、元気そうでなによりです。

 周囲の人たちも、ディアナのことはまだチラチラみているけど、元の仕事に戻る。


「お前ラほんと、迂闊なんだか強者なんだかわかんねえナ」


 カエルさんはヤレヤレといった風に肩をすくめると、僕たちを誘って、近くの屋台に向かう。


「あれ、おごり、ナ」


 それはちょっと値段が張る、肉にたっぷりの香辛料をまぶして焼いて売っている食べ物屋だった。

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