エピソード6 【魔王の宴】その二

 その警報を訓練以外で聞いたのは誰もが初めてのことだった。

 寝ている人間でも飛び起きるようなベルの音が学園特区に響き渡る。

 丁度お昼時で、それぞれ食事や休憩、友人同士のゲームなどをのんきに楽しんでいた学生達は、一瞬火事でも起きたのかと空を見上げた。

 どこかの方向に煙か炎が見えるかと思ったのだ。

 しかしそれがすぐに無駄な行為であることを知る。

 それぞれの装着している情報端末リングが緊急着信を知らせるべく軽い振動と発光を繰り返していた。

 幾人かの、敏い者は警報のベルとの関連に思い至り、すぐにその着信した情報を開示する。


『学園周辺で武装した不審者が目撃されました。学生はただちに最寄りの屋内に避難してください。屋外は危険です』


 ―― ◇◇◇ ――


 その騒動が勃発したときには、僕たちは丁度学生向けに整備された小さな公園の一つに建てられた、歴史を学ぶための古民家のレプリカでお昼を摂っていたところだった。


 時期的に秋季も後半に入り、風も冷たくなって来ていたため、むき出しの野原などで食事をするのは厳しくなって来ていたからだ。

 特区内にいくつも存在するカフェや、オープンなラウンジなど学生が自由に利用出来る場所は、有料、無料ともにたくさんあったけど、ハルのために循環する神力を感じ取りやすい場所を探していて、ここを見つけたのである。

 この公園は歴史を学ぶために過去の集落を再現した一画で、管理している学校に確認したところ、破壊したりしなければ出入りや飲食は自由とのことだった。

 近代的な暖房などはないけれど、部屋の中央に石積みのストーブがあって、薪を持ち込んで使ったあとにきちんと掃除をするならそれも使えるということで、秋から冬のお昼ごはんのための場所として使うことにしたのである。


 そんな、学園特区のメイン区画から外れた場所にいた僕たちだったけれど、非常ベルの音はそこでもきちんと聞こえた。


「ピィ~、キュウウウウウ」


 非常ベルに合わせるようにハルが鳴き声を上げ、不安そうにウロウロする。

 大きな音にびっくりしたのだろう。

 と、指に嵌めているリングが発光と振動を始めた。

 

「緊急連絡だ!」


 まだ情報端末リングに慣れていないディアナに伝えながら、着信した内容を読む。

 どうやら学園特区内に武装した不審者が入り込んだらしい。


「大変!」

「待った!」


 ディアナが慌てて飛び出そうとするのを止めて、リングを更に操作する。

 まずチェックするのはニュースだ。

 リングからだと映像情報を展開できないので、文字情報を時系列で選択する。

 すると、この緊急事態の詳しい内容がわかってきた。

 学園特区の駅は、朝の通学時間を過ぎると学園特区直通の七番ボートの運行が極端に減り、利用者はまばらになる。

 そして昼の前後には特区外に食事に出かける学生のために便が再び増えるのだけど、この昼の便を利用してそいつらが学園特区に入り込んだらしい。

 彼らは駅でひと暴れすると、包囲される前に素早く特区内に入り込んだ。

 駅では対人よりも施設の破壊を主に行っていて、ボートのレールが破壊されたらしい。

 政府にはさっそく世界の種子の名前で、「偽りを学ぶための汚れた場所と人間を魔王復活の贄とする」という頭のおかしい犯行声明文が届けられたとのことだった。


 世界の種子というのは古くからある背信者と呼ばれる者たちの組織で、世界を弱肉強食のあるべき姿に戻すというのが彼らの主張である。

 テロや人身売買、民族弾圧など、いろいろな犯罪に絡んでいるとされる組織なのだ。

 もしかして今朝の怪しい演説をしていた人もその仲間だったのだろうか?


 僕は次に正式なニュースではなく、学生達の情報交換用の掲示板を覗いた。

 オープンなリアルタイムチャットは、内容が混乱していて状況が全く掴めなかったので、討論用のスレッド形式の伝言板を目撃情報で絞り込む。

 すると、いくつか気になる情報があった。

 重火器を建物に向かって発射している不審者がいること、魔法を使っている魔人らしき人間が不審者の中にいるらしいこと、学生がランチタイムに多く集まるオープンテラスに不審者が乱入してきたけど、すでに避難が始まっていたため学生たちは早々にカフェ内部に立てこもったらしいこと。

 今のところ死者はいないが怪我人は出ている模様。学校の警備システムが働いて、一部では警備隊との交戦も行われているとのことだった。


「不審者という規模じゃないな。かなりの人数がいるようだ。しかも戦闘慣れしている連中っぽい」


 ディアナの顔が怒りに染まり、その両目が赤みを帯びて輝いている。


「犯罪者はみんな滅びるべき。光の当たる場所に堂々と踏み込んで来たことを後悔させる」


 普段は黒みが強い羽が鮮やかに赤みを帯びていく。

 恐ろしいほどの魔力の奔流に、物理的な圧力を感じる。

 古民家の内部が細かく振動してミシミシという音を立てた。


「待った、ディアナ! 僕らが下手に動くと警備隊や治安部隊の邪魔になる。僕らはまだ学生だ。だから連中に対処するよりももっと大事なことを優先しよう」

「もっと大事なこと?」

「うん。逃げ遅れた学生の誘導だ。重火器や魔法を使う相手だと、校舎やカフェじゃ安心出来ない。図書館に誘導しよう」

「……図書館に?」

「あそこの壁は破壊出来ない。なかでも閲覧室は閉じこもってしまえば破壊出来る場所がない。いざというときの脱出路もあるし」

「あ、そうか」


 僕らは縁あって元王城だった図書館の秘密を知ったのだけど、あそこは一見壮麗で頑強そうには見えないけど、暴力的な行為に対してほぼ鉄壁と言える要塞のような建造物だ。

 今回のような事態に対処するのに最適と言っていいだろう。

 そもそもいざというときに民を避難させるための場所でもあったらしい。


「まずは全体の把握がしたい」

「私が飛べば」

「だめだ。空は絶対に警戒されている。飛んだら目立つ。展望の丘に行こう」

「あ、そうか」


 展望の丘は学園特区のデートスポットとして学生に人気の場所で、学園特区内が一望出来る高台の展望台になっている。

 エリア地図と望遠鏡もあるので、全体の把握には最適な場所だ。


 メインの事件情報によると、不審者連中は学生が多く集まるスポットを狙って襲撃しているようだった。

 ランチタイムで学生の多いカフェエリアが真っ先に狙われ、襲撃を受けていたところに警備隊が到着して交戦状態になったらしい。

 そのため、攻防も人の目もそこに集中しているのだけど、ポツポツと上がっている真偽のわからない目撃情報に、おかしなものがある。

 単独や二人組の不審者がいて、何やら遭遇した学生を拘束しているというのだ。

 捕まえた学生を魔法を使ってどこかに送っているという人もいれば、魔法で消されたという人もいる。

 銃撃戦のほうは僕たちの介入の余地はないけど、こちらのほうの動きが気になる。

 これってもしかして表で派手な動きをしておいて学生を誘拐しているんじゃないか?

 こっちの情報については、ディアナに話すと闇雲に飛び出して行きそうなので、とりあえず避難誘導のためという名目で動こうと思う。


 僕たちは学園特区にある山が集まる地域へと向かった。

 山と言っても小さなものばかりだけど、自然の循環を形作るには必須の場所でもある。

 山かげに隠れるようにディアナと共に飛んで、道をショートカットしながら展望の丘へと上がった。


「あれ?」


 そこには先客がいた。

 いや、もちろん避難場所としてここを選んだ人がいたとしてもおかしくはないのかもしれない。

 避難指示は屋内だったけど、たまたま山の公園にいたとかならこっちのほうが安全そうだしね。

 だから僕が驚いたのは、そこに人がいたからではなかった。

 そこにいたのが知り合いだったからだ。


「ハク先輩」


 呼ばれて振り向いたのは、白銀の髪にそこに埋もれるような白い角、背中には真っ白な皮膜の羽、唯一色のある薄いブルーの瞳という、誰に聞いても印象は白い人という、この国では珍しい魔人種の神薙白かむなぎはく先輩だった。

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